【万葉びとも目にした風景!? 明日香・藤原・平城・吉野】
奈良に生まれ大和路の風景や仏像、伝統行事を撮り続けた写真家・入江泰吉(1905~92年)。その入江の全作品を収蔵する奈良市写真美術館(奈良市高畑)で、いま「入江泰吉の万葉風景 よみがえる万葉のこころ」と題した写真展が開かれている。展示作品は明日香京編、藤原京編、平城京編、吉野離宮編の4つのコーナー合わせて約60点。入江が晩年に撮った「万葉の花」も同時に展示している。3月31日まで。
(㊧二上山暮色、㊨吉野喜佐谷)
展示作品の多くに万葉集の歌が添えられている。小川を背景に彼岸花が咲き乱れる「飛鳥川稲淵石橋」には「道の辺のいちしの花のいちしろく 人皆知りぬ我が恋妻は」(柿本人麻呂)。この「いちしの花」についてはイタドリ、エゴノキなど諸説があるそうだが、牧野富太郎博士の彼岸花説が有力という。
二上山に夕日が落ちる作品が10点近くある。「大津皇子の悲劇を孕むこの二上山をどうしても作品にしたかった、それには落日がもっともふさわしい情景と考えた」(入江の著作「大和しうるわし」)。入江が狙ったのはただ美しい夕焼けではなく、「大津皇子の怨念や幽暗に彩られた二上山の空」だった。これらの作品には大津皇子辞世の歌「ももづたふ磐余の池に鳴く鴨を 今日のみ見てや雲隠りなむ」や、姉・大伯皇女の「うつそみの人なる我や明日よりは 二上山を弟背と我が見む」などの歌が添えられている。
(㊧飛鳥川稲淵石橋、㊨早春の興福寺五重塔)
「吉野喜佐谷」は林立する杉の黒い幹とその奥で今や盛りと燃えるような紅葉の色の対比が印象的。この写真に添えられていたのは「み吉野の象山のまの木末(こぬれ)には ここだも騒く鳥の声かも」という山部赤人の歌。「早春の興福寺五重塔」には「青柳の糸の細しさ春風に 乱れぬい間に見せむ児もがも」(作者不詳)。「入江が愛した万葉の花」としてひめゆり、やまぶき、あじさい、かきつばた、かたかご(カタクリ)などの写真も展示されている。