【バイオリンの有希・ヤンケ、繊細・まろやかな名演】
大阪市の「ザ・シンフォニーホール」で20日、世界的指揮者の「炎のマエストロ」小林研一郎を迎えて、大阪フィルハーモニーの演奏会が開かれた。曲目はチャイコフスキーのバイオリン協奏曲と交響曲第4番。バイオリン独奏はドイツ在住で、ドイツ人の父と日本人の母を持つ注目の若手バイオリニスト、有希・マヌエラ・ヤンケ(1986年生まれ)。名器ストラディバリウスで期待通りの繊細かつ力強い演奏を披露した。
このバイオリン協奏曲が作曲されたのは1878年、第4番はその前年の77年。その時期はチャイコフスキーにとって1つの転機でもあった。モスクワ音楽院教授だった77年、37歳の彼は音楽院の元生徒(28歳)と結婚する。だが、わずか80日間で破綻。77年はその後13年間にわたって経済的に援助した富豪フォン・メック夫人の支援が始まった年でもあった。夫人とは一度も会わなかったが、音楽や文学などについて頻繁に文通し、手紙は双方合わせて千通を超えた。第4番は支援への感謝を込めて夫人に贈られた。バイオリン協奏曲は多額の資金援助で生活にゆとりができた翌年に完成した。
有希・ヤンケは26歳の若さだが、2004年パガニーニ国際コンクール最高位、07年チャイコフスキーコンクール3位、サラサーテ国際バイオリンコンクール優勝と実績は十分。昨夏から460年の伝統を誇るドイツの名門オーケストラ「ドレスデン・シュターツカペレ」初の女性コンサートマスターとして活躍している。使用しているバイオリンは日本音楽財団から2007年から貸与されているストラディバリウスの1736年製「ムンツ」。そのバイオリンが昨秋、日本での演奏旅行の帰途、ドイツの空港で押収され1億円を超える多額の関税を請求される騒ぎに巻き込まれた。その後、無償で返却されたが、その間どれほど不安だったことか。
華やかな濃紺のドレス姿で登場した有希・ヤンケはやや大柄の堂々たる体躯。体格では指揮者のコバケンを凌ぐ。第1楽章。哀愁に満ちた弱音の旋律をややゆっくりした速さで弾き始める。実にまろやかな音。1音1音大切にしている感じが伝わってくる。高音はどこまでも繊細。それでいて低音も下からどっしり支えているという重厚な響き。チャイコフスキーが当時の名バイオリニストに献呈しようとしたところ「演奏不能」と拒否された難曲を、有希・ヤンケは確かな技術で見事に弾きこなした。アンコール曲はイザイの無伴奏バイオリンソナタ第2番第1楽章。
第4番は第5番、第6番(悲愴)と並んで人気が高い交響曲。大阪フィルにとってもチャイコフスキーは故朝比奈隆以来、得意のレパートリーになっている。管楽器の力強い演奏で始まる第1楽章。憂いに満ちた第2楽章、弦のピッチカートが小気味よい第3楽章。爆発的なフォルテッシモの第4楽章。コバケンは情熱的な指揮で管・弦一体の響きを引き出した。本人の息づかいが会場まで伝わり、とても2年前に古希を迎えたとは思えない力演だった。演奏後5分間にわたって楽団員1人1人と握手し、名演を讃えていたのが印象的。さらに「2週間前、同じこの第4番をロンドンで録音したばかりだが、それに勝るとも劣らない演奏だった」と褒め称えた。アンコールはブラームスのハンガリー舞曲第5番だった。