kikoがスタート

2005年8月にスタートしました。
私が観た(見た)、感じた、覚書き、気になることを書いてます。(^^ゞ

京都・北野天満宮「2019年 史跡お土居の青みどり」

2019年07月15日 | 健康ハイキング・歴史クラブ・教養講座
境内に残る豊臣秀吉が築いた御土居一帯は、「もみじ苑」と呼ばれ
例年秋に公開され、紅葉名所として知られているお土居ですが


2015年より初夏にも公開されるようになり
約250本もの「青もみじ」が織り成すみずみずしい風景は格別です。
5月に下見をして、公開最終日前日の6月29日土曜日に行ってきました。)


かつて紙漉き場であった紙屋川と


外敵の侵入と川の氾濫から町を堤防として築かれた土塁跡です。

紙屋川にかかる朱塗りの太鼓橋「鶯橋」

応仁の乱で荒廃した京都に秀吉がしたのは
戦乱で荒廃した京都を改造することでした。

1591年「文禄・慶長の役」で朝鮮との戦いを始める1年前
甥の秀次に関白職を譲って聚楽第を明け渡し2ヶ月から長くても
4ヶ月のスピ-ドで(土塁と堀が1日に150mずつ完成)
京都の町を囲む22.5㎞に及ぶ土居堀を構築しました。


御土居は豊臣秀吉が造った頃には「土居堀」と呼ばれていましたが
江戸時代になると土塁特に、竹林の方に注目が集まる様になり
「御土居」と呼ばれるようになりました。

現存するものから推測すると堀の幅は約3.6~18mで
深さは約1.5~4mとみられ、土塁基底部の幅は約9~30m
頂上部の幅は約5m、高さは約5mの台形状です。

「採取後に 迎えてくれた 残り梅」(^^ゞ

神域で育った梅は天神さまのご神徳が宿ると言われ
6月上旬から中旬頃に約1週間にわたって梅の実の採取を行い
採取した梅は樽に塩漬けされ、新年の祝膳に用いられます。
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