喜久家プロジェクト

日本一細長い半島、四国最西端「佐田岬半島」。 国内外からのボランティアとともに郷づくり「喜久家(きくや)プロジェクト」。

すてきな親 ~親は、木の上に立ち、見守る~

2011-10-18 | ブログ
 先日15日(土)の愛媛県ソフトテニス連盟南予中学生大会で感動的なできごとがあった。
会場を歩いていると、誰か後ろから呼び止める声が聞こえた。
ふり返ると、見覚えのある女性。
 そして頭を下げられ、次のようなことを言われた。

「3年前、この大会での試合が娘を成長させてくれました。
対戦した三崎中学校の阿達さんと堀本さんには感謝しています。
娘は今、済美高校でソフトテニスをがんばっています。
あのときの経験が大きかったです。
お礼が言いたくて、声をかけさせてもらいました。
ありがとうございました。」


 思いおこすと、ちょうど3年前のこの大会で、県大会出場をかけた試合。
三崎中学校の阿達・堀本組は、宇和島城南中学校の友松・奥田組と対戦。
 友松・奥田組は、南予ではトップレベルの有名なペア。
もちろんこの試合も勝ち進み、頂点へと近づいていく考えであっただろう。
ところが、三崎中学校の阿達・堀本組は、ミスが少なく、
ねばり強く戦った。
 ねばり負けで、しだいにミスがではじめた友松・奥田組。
結果は、阿達・堀本組の勝利。
友松・奥田組にとっては、信じられない負けだったことだろう。

 ところが、阿達・堀本組は、三崎中学校の文化祭が、
県大会と重なり、出場権を辞退した。
したがって代わりに先ほど負けた友松・奥田組が県大会に出場したのだ。

 彼女たちにとって、信じられない負けを経験し、
代わりに出場した県大会で手応えを感じた。
そして高校への進学は、ソフトテニスの名門済美高校と聖カタリナ高校へと進んだ。
今や2人ともチームで主力として活躍していることだろう。

 そんな娘の成長の大きなきっかけとなった3年前の大会。
お母さんはそのことに対して、真摯な態度で感謝の言葉を述べられたのだ。
 何というすばらしい親だろう。

 三崎中学校の子どもたちは、先日の個人戦で悔しい負け方をした。
終わりのミーティングで先ほどの話をした。
すると子どもたちの顔がとても生き生きとしてきた。
前向きな顔に変わっていった。

 悔しさも喜びも両方あるのが人生。
 それに出会った時に、どんな考え方ができるか。

 佐田岬の子どもたちも前向きに生きていこうとしている。
未来は明るい。

                    岬人

ソフトテニス連盟中学生南予大会 個人戦をふり返って

2011-10-17 | ブログ
 一昨日の団体戦に引きつづき、昨日は個人戦が行われた。
「失敗は、成功への道しるべ」の考え方を心にとめ、
常に前向きに進もうとしている。
 失敗は、次の成功への大きなヒントを示してくれている。
 朝、子どもたちの気持ちは充実していた。

 やらなければならない小さなことを積み上げていく大切さを話した。
個人戦では、出場時間がそれぞれ違うので、コンディションづくりは
子どもたち自身がしっかりとしていかなければならない。
 試合に備えどんな過ごし方をするのかが大きなカギ。

 体を冷やさず服を着る、ウォーミングアップはプレーをイメージしながら、
ペアとの得点パターンの確認、水分と栄養補給など
子どもたちはしっかりと意識し、自分たちでできていた。

 迎えた初戦。どのペアもいい動きができていた。
唯一1年生ペアの阿達・松下組は、シード組と対戦し負けはしたものの
おもいきったプレーがよく見られた。
これからの成長につながる試合だった。
 他の2年生3ペアは、すべて初戦突破。

 続く2回戦、梶原・宇都宮組の健闘が光った。
気持ちの面でも引くことなく、ボールの走りもよかった。
ねばり強いプレーで追い上げた。
負けこそしたものの、手ごたえを感じたと思う。

 あとの2組は、県大会への出場権ベスト16をかけ戦った。
平尾・中井組は、松柏中学校と対戦。
自分たちの圧倒的なペースで3-0と王手をかけた。
しかしあと1ゲームが遠かった。
 相手のねばりもすごかったが、先ほどまでのボールが走らなくなってきた。
1ゲームとられ、2ゲーム、そしてついに3-3のファイナルまでもつれこんだ。
前向きな表情や声で立ち向かおうとする2人。
リードされながらも、ねばり強く追い上げる。
最後は、しっかりと打った平尾のボールがバックアウト。
ゲームセット。

 ベンチに引き上げてきた2人は、泣き出したいその悔しさを懸命にこらえていた。
どんな言葉をかけてあげればいいか。
ついついできていなかったことを言葉で攻めがちになる。
でも2人は、くじけそうになりながらも一生懸命に自分自身とも闘った。

「悔しかったな。」
の言葉に、2人はこらえていた涙があふれ出した。
すてきな涙だなと思った。
 そして同じ涙を優勝候補の中島・大岩組も流した。

 指導者や親は、子どもたち自身が自分の人生をうつむことなく、
前向きに生きていける考え方を気づかせてあげることが大きな役目だと思う。
 帰りのバスを待つ時間。
先ほど平尾・中井が負けた松柏中学校のペアの試合をチーム全員で大きな声を出して応援した。
子どもって本当にすばらしい。
三崎中学校のこの子たちは、本当にすてきだと思った。

 太陽が沈み、暗くなった道を帰るバスの中、
子どもたちは、すやすやと吐息をたてて眠っていた。

                  岬人

 




 

ソフトテニス連盟中学生南予大会 個人戦

2011-10-16 | ブログ
 今朝も夜が明けきらない6時前にソフトテニス大会のために家を出た。
空にはまだ月が残っていながらも、東の空が明るくなり始めていた。
 昨日に続き、朝早くから妻には朝食や弁当を作ってもらい、心から感謝している。

 おそらく子どもたちの家庭でも同じように家族の支えがあったことだろう。
これが大切だと思う。
このことがわかり、感謝できる子どもになってほしい。

 今日は、個人戦。
頂点をめざし、がんばっていきたいと思う。

                   岬人

ソフトテニス連盟中学生南予大会

2011-10-15 | ブログ
 今日、宇和島市津島町でソフトテニス中学生南予大会が開かれた。

 三崎出発が、まだうす暗い朝6時過ぎ。
おそらく参加チームの中で最も遠いだろう。
やはり日本一細長い佐田岬半島の先端だ。

 2週間前、八西新人総体で自分たちの力が出せないままとても悔しい思いをした。
「失敗は、成功への道しるべ」
それを意識し、マイナスをプラスへ変えていくことを心がけた。

 初戦、対宇和島城北中学校 2-1で勝利。
続いて県大会への出場権をかけて、強豪大洲市肱東中学校に2-0。
 ここでは、第1試合で梶原・宇都宮組が格上の相手をファイナルゲームでくだすという
金星をあげた。
 こうなれば中島・中井組のプレーはさらにさえわたった。 

 こうしてベスト8にコマを進めた。
県大会は、学校行事のため出場できず、辞退したが子どもたちにとっては大きな自信となった。

 そしてベスト4をかけて西予市三瓶中学校と対戦。
1-1にもつれ、調子を上げてきた平尾・大岩にたくされた。
平尾のサーブに対して大岩の目の覚めるようなボレーでの得点もあった。
そんな良い流れもありながら、なかなか大きな波をつくれず、結果負けてしまった。

 自信につながる勝利と、悔しさの残る負け。
これらをすべて次への成長へとつなげていく。
ミーティングでは、このようにまとめ明日の個人戦に立ち向かう。

            岬人(はなんちゅう)

石鎚山への歌  ~歌人 田中章義 氏~

2011-10-14 | ブログ
ものづくり生命文明シンポジウム in 松山
新しい「幸福のかたち」をさぐるべくパネルディスカッションが始まった。

 静岡市の歌人、田中章義さんがとてもすてきな詩を紹介したい。
西日本最高峰、愛媛県の霊峰石鎚山を歌った「石鎚山への歌」。
この石鎚山をふるさと三崎地域の伽藍山(がらんやま)に置きかえてみたいと思う。



『 「伽藍山への歌」
 星も創りたまえる神々の創り給える山ありて
大地に二つとあらざれば 水をたたえて 森ゆたか
朝に太陽 夜に月 天(そら)に星々 地には花

 伽藍山(やま)にあまたのいのちあり 伽藍山(やま)に豊かな希望あり
春夏秋冬めぐれるも恵みならんや いつの世も
時代も人も移ろえど 変わらぬものは
豊かなる自然の中にこめられた御親(みおや)のまごころなりぬらん

 父母ありて 祖父母ありて
父に父母、祖父母にあり 母に父母、祖父母あり
祖父母にさらなる祖父母あり
つながりおらぬいのちなし ご先祖様なきいのちなし

 世界にあまたの国あれど
和をば尊ぶ国ありて 自然を尊ぶ民ありて
天地(あめつち)の願い いざ知らん 天地の心 学ばんや
宇宙よりも広きものあらば それはまごころかもしれず
一人に一つの「こころ」をさずけ 天地(あめつち)われらに何願う

 伽藍山から語らんや
山への想い 風の詩歌(うた) 天地(あめつち)の祈り この伽藍山(やま)から
父なり 母なり 祖父母なり 生物種(いのち)を讃えた御社(おやしろ)なり
虫の声(ね)響き 鳥響み(とよみ) 花々咲きて 木々繁り
水をたたえて 風ひかり 土に憩いて 日を拝(おが)む

 姿は見えても 見えねども 伽藍山(やま)は伽藍山(やま)なり 変わらざる
晴れても雨でも曇りても 伽藍山(やま)は伽藍山(やま)なり 変わらざる
マグマの色は人の血と同じ色なり この伽藍山(やま)も
血肉を持ちて 生きており
この天地(あめつち)に 伽藍山(やま)も生きており

 朝焼けに照らされている伽藍山 にんげんのみの祖(おや)にはあらず 』

 ふるさと平礒の尾根に上がると、伽藍山が正面にそびえている。
伽藍山は、昔も今も変わらず、伽藍山なのだ。

 そんな気づきをさせてくれた田中さんの歌。
背筋がスーッと伸びた。

                       岬人(はなんちゅう)

地球版・奥の細道

2011-10-14 | ブログ
 ものづくり生命文明シンポジウム in 松山
新しい「幸福のかたち」をさぐるべくパネルディスカッションが始まった。

 ここでもすばらしい出会いがあった。
 静岡市の歌人、田中章義さん。
大学1年生のときに第36回角川短歌賞を受賞。
「地球版・奥の細道」づくりをめざし、世界を旅しながら、
ルポルタージュ、紀行文、絵本などさまざまなジャンルをも執筆されている。
 
 とてもおだやかな包みこまれるような雰囲気を持たれている。
しかし、松尾芭蕉を慕い、世界を旅して回られるような方なので、
強い信念があると思われる。

 懇親会でも気さくに話をしていただき、その魅力にひかれた。
 



ものづくり生命文明シンポジウム in 松山市

2011-10-14 | ブログ
 10月8日(土)におもしろいシンポジウムが開かれた。
「幸福のかたち」を語り合うもの。
今までのような幸福ではなく。

 NPO法人ものづくり生命文明機構はそれを模索している集団。
 エネルギーと地下資源の大量消費にたよりきっている現代文明は、
限界に達している。
「確かな未来は懐かしい過去にある」をキーワードに、
日本が縄文以来培ってきた文明の精神、「ものづくり」の心と技が、
21世紀の人類が生き残るために貢献すると考えている集団。
「資源生産性」「場所文化」「精神欲」
といった考え方の大切さを訴えている。



 何やら分かったようで、分からないような、
そんなあいまいな思い。
でもそこには足を向かわせた大きな魅力があった。 
 それは、双海町の若松進一さんに誘われたということと、
「森は海の恋人」運動で有名な宮城県気仙沼市の畠山重篤さんのお話を聞けるという
とても大きな魅力。

 昼下がりの午後、私にとって数々のすばらしい出会いが始まった。


 
 

平成22年度気仙沼市立階上(はしかみ)中学校卒業式の答辞に涙

2011-10-11 | ブログ
 平成22年度の文部科学白書の冒頭に、東日本大震災にあった気仙沼市立階上中学校の卒業式での答辞の全文が掲載された事がNHKのニュースで流された。
この中学生の答辞の内容が全国で話題を呼び、
感動を与えた多くの国民から様々な反応が出ている。
 私もユーチューブで見たが、涙が止まらなかった。
昨日は、3.11の東北大津波からちょうど7ヶ月。
少しずつ意識がうすれていく現実のなか、思い出していきたい。
忘れてはいけないことだと思う。
 さっそく、三崎中学校全クラスで社会科の時間等で子どもたちにもみせた。
同じ世代の仲間としていろいろなことを感じたことだろう。

 以下に、答辞の全文を載せる。

 『答辞
今日は未曽有の大震災の傷も癒えないさなか
私たちのために卒業式を挙行していただきありがとうございます。

 ちょうど10日前の3月12日。春を思わせる暖かな日でした。
私たちは、そのキラキラ光る日差しの中を希望に胸を膨らませ、
通いなれたこの学舎を57名揃って巣立つはずでした。

 前日の11日。一足早く渡された、思い出のたくさん詰まったアルバムを開き、
10数時間後の卒業式に思い出を馳せた友もいたことでしょう。
「東日本大震災」と名づけれる転変地異が起こるとも知らずに・・・・・
 階上中学校といえば「防災教育」といわれ、内外から高く評価され、
十分な訓練もしていた私たちでした。
しかし、自然の猛威の前には、人間の力はあまりにも無力で、
私たちから大切なものを容赦なく奪っていきました。
天が与えた試練というには、むごすぎるものでした。
つらくて、悔しくてたまりません。

 時計の針は14時46分を指したままです。でも、時は確実に流れています。
生かされた者として顔を上げ、常に思いやりの心を持ち、強く、正しく、たくましく生きていかなければなりません。
命の重さを知るには、大きすぎる代償でした。

 しかし、苦境にあっても、天を恨まず、運命に耐え、助け合っていきていくこが、
これからの私たちの使命です。

 私たちは今、それぞれの新しい人生の一歩を踏み出します。
どこにいても、何をしていようとも、この地で、仲間と共有した時を忘れず、宝物として生きていきます。

 後輩の皆さん、階上中学校で過ごす「あたりまえ」に思える日々や友達が、いかに貴重なものかを考え、いとおしんで過ごして下さい。

 先生方、親身のご指導、ありがとうございました。
先生方が、いかに私たちを思ってくださっていたか、今になってよく分かります。
地域の皆さん、これまで様々なご支援をいただき、ありがとうございました。
これからもよろしくお願いいたします。

 お父さん、お母さん、家族の皆さん、これから私たちが歩んでいく姿を見守っていてください。
必ず、よき社会人になります。

 私は、この階上中学校の生徒でいられたことを誇りに思います。
最後に、本当に、本当に、ありがとうございました。

                    平成23年3月22日
                    第64回卒業生代表 梶原裕太 』

 何度読んでも涙が出る。
そして大きな拍手をおくりたい。
「自分もがんばろう!」
そんな力がわいてくる言葉だ。

http://videotopics.yahoo.co.jp/videolist/official/news_business/p929006bf79c9fa854178e6c4e9c8ba7b

MATURI 祭りの魅力 ~平成23年二名津の秋祭り~

2011-10-11 | ふるさと


 平成23年10月9日。
 娘たちが、二名津の秋祭りに四つ太鼓をたたかせてもらった。
それは娘たちにとってはもちろん、多くの人たちにとってもうれしいことだった。

 写真は、照れながらも孫娘たちと一緒に写真を撮った父だ。
「じいちゃん、一緒に写真撮ろう。」
という孫娘たちの誘いにどれほどうれしかったことか。

 もともとあまり人前にでるような父ではないのだが、
孫娘たちの晴れ姿を見に来たのだ。
そんな3人の様子を見られることが、私にとっても何よりもうれしいことだ。


 そのようなうれしい気持ちをこめて、
二名津、田村菓子舗の三代目にお礼のメールをしたら、
さらにうれしい返信があったので紹介したい。

『私は今年の祭りの練習はさまざまな予定で数えるほどしか参加できませんでした。
毎日、指導していた村○先輩や山○先輩達には頭がさがります。
みんなそれぞれが自分の役割を認識しチームとして動いていたような気がします。

 若い衆ががんばって唐獅子の頭をふってくれて、
私もそろそろ中堅やと思ってたら先輩にまだ下から数えた方が近い、
まだまだ若手といわれつつ、後輩が増えた喜びをかみしめていました。

 またの区長さん、副区長さんの心遣い、役員さんたち、ごんべクラブとの連携もうまくいってました。
 増○会長かとの打合わせから、段取りまでそれぞれに役割を与え、
あまり目立たず下から支えていました。
さすがでした。

 なにより、岬人さんのように四つ太鼓かついでくれる人たちがあってこそ祭りがなりたちます。
ありがとうございます。

 祭りを通して子ども達と距離感がずっと近くなり嬉しく思っています。
我々も学ぶもの、もらうものたくさんあります。
 昨日はひーちゃんに大丈夫よと慰めてもらったし(笑) 
優しい子ですねо(ж>▽<)y ☆

 岬人さんのお子さん二人はうちの姉のことがお気に入りみたいで、
みんなで最後に会長さんにお願いがありますと声をかけていました。
「もっちゃん、一緒に旅行にいこう。」
と大合唱してたのはほほえましかったですよ。
こちらこそ、楽しい時間をありがとうございました。

 子供は地域の大切な宝ですね~(=⌒▽⌒=) 』




 祭りには他の地域行事にはない魅力がある。
 子どもも大人もそれぞれが役割をになっていて、
地域みんなで作りあげていくものだ。
 これこそ、地域づくりの原点。

 今日は、四つ太鼓をかついだ肩や背中が痛い。
でもうれしい痛み。


            岬人(はなんちゅう)

秋祭り 四つ太鼓の娘

2011-10-10 | ふるさと
秋祭り 四つ太鼓の娘


秋祭りやシンポジウムへの参加により、
しばらくブログがお休みだった。

 書きたいことはたくさんあり、
そういった面では、充実した時間を過ごしている。

 昨日は、二名津の秋祭り。
 2月まで15年間も住んでいたこともあり、
参加やお手伝いをさせてもらっている。

 息子も過去に唐獅子を踊らせてもらい、
娘たちも2回目の四つ太鼓をたたかせてもらった。
本来なら男の子が乗るものだが、子どもの数が減り数年前から女の子が乗っている。
 変わってみれば、それもまたいいもので、
男の子に比べ愛らしいと評判だ。

 娘たちの乗った四つ太鼓を父親の私もかついだ。
重たい、とにかく重たい。
他の人と肩の高さが合わないため、かなりの重さがのっかかる。

 上では、娘たちが
「それ、がんばれ」
といわんばかりにリズムよく、元気よく太鼓をたたく。

 とてもすてきな思い出ができた。

 小さな小さな秋祭りだが、
地域が一つとなって盛り上げようとする雰囲気がある。
それがとてもあたたかい。

 祭りは、地域に住むすべての人に役割があり、
これが地域づくりの原点だと感じる。

              岬人036

石垣の郷 平礒

2011-10-10 | ブログ


 わが家の玄関を出たところの石垣。
この風景が気に入っている。

 
逆から見た風景。
わが家の玄関が見える。


 2分ほどゆっくりと歩くと、
江戸時代の組頭の屋敷にたどり着く。
今は、浅野義重さんと私の亡きばあちゃんの妹、末子おばちゃんが住んでいる。
伊方町の文化財に指定されている。


組頭の屋敷下をまっすぐに歩く。
1分ほど歩くと、私のお気に入りの石垣がある。

 
ここで二つの道に分かれる。
まるで石垣の迷路に迷いこんだような郷。

 先人たちがすべて切り出し、積み上げたものだ。
石垣に守られ、先人たちに守られているような気がしてくる。

 さらに見たい方は、右上のフォトアルバムをクリックしてもらうと、
さざまな石垣を見ることができる。

 どうぞ、ごゆっくり。


             岬人036



秋祭り

2011-10-06 | ブログ
 明日は、三崎地域の宵祭り。
そして明後日、日曜日が祭り。

 2月まで住んでいた二名津地区も同じ。
娘たち2人は今年も二名津の四つ太鼓をたたかせてもらえることになっている。
幸せなことだ。
地域の人に喜びを届けることができる。

 私は、娘たちの乗っている四つ太鼓を下からかつぐことになりそうだ。
それもまたよし。
娘たちの重さを感じながら、伝統の重さも感じたいと思う。



 写真は、家の横の野菜畑。
ナスがまだなっている。

                岬人036

平礒の秋祭り

2011-10-06 | ブログ


 昨日の朝、幟が立っていた。
朝早くから、当番の人たちが立ててくれたものだろう。

 10月5日は、平礒の秋祭り。
今は、三崎地域で統一して10月9日にしているが、
平礒では、昔ながらの5日に幟を立てている。

 昔は、お神楽をしたりもっとにぎやかだったが、
人口の減少とともににぎやかさはなくなり、
今は幟だけとなっている。
 それでも、幟を見ると何か心の奥がはずむ感じがする。

 平礒の秋祭りといえば、
静かなこの光景があたりまえとなっているが、
それもまたいいものだ。

 幟旗の風に吹かれる「バタバタ」という音と
幟ざおが「ギー、ギー」ときしむ音が響いていた。



                岬人036

手作り野菜を食す

2011-10-05 | ブログ


 田舎の我が家の隣には、小さな畑がある。
夏には、そこでできたスイカを食べたり、
朝通りがかりにトマトをちぎって食べたりもした。
無農薬で安全な食。

 食は、腹を満たせばいいという考え方から、
命をつなぐという考え方に変わってきている気がする。
 自分で野菜を作り、そしてそれをその場で食べられるということは
どれほどすばらしいことだろう。

 

 そんな生活を小さな幸せと感じ、楽しんでいる。 

四国最西端の中学校新人総体⑥ ~三崎中学校の健闘~

2011-10-05 | ブログ
 今年度の新人戦はどの部活動を健闘した。

 そんな中県大会出場を果たしたのは、
息子が所属している男子バレー部が準優勝。
 
 男子卓球部個人戦では、吉森俊君が圧倒的な強さで1位。

 そして女子ソフトテニス部個人戦で、中島・大岩組が1位。

 個人戦で優勝した選手たちは、八幡浜・西宇和郡の選手たちの目標となる。

 今から約100年前。
飛行機の製作に成功し、人類で初めて空を飛んだライト兄弟が次のような言葉を残している。

「見事に飛びはしましたが、別に感激も興奮もしませんでした。
これなら飛ぶだろうと思っていたら、そのとおり飛んだ。
それだけの話なんです。」

 努力に裏づけされた自信が成功を引き寄せる。