チャコちゃん先生のつれづれ日記

きものエッセイスト 中谷比佐子の私的日記

お別れの会

2023年06月18日 08時21分32秒 | 日記

声楽の師匠が亡くなり、お別れの会に出席

「師匠との思い出を語る」お役目だったのに、なんと諸事情がおこり、挙句の果てにこの駅からタクシーでといわれていたタクシー乗り場に出てみると長蛇の列。前の方に

「どれくらい待ってらっしゃるのですか?」と聞いたら30分だと

こりゃあ大変!とばかりどうしたらいいかとしばし考え、その場所の近くに行くバスはないかとバスの運転手さんに問う

あった

バス乗り場に行ったら今まさにバスは動こうとしていたので飛び乗る

近くの駅まで行ってさらに道を尋ねようと思いスマホを開くと、出席者の知人からメール、そうか彼女も出席していたのだ

「始まりました今どこですか?」

かくかくしかじかとメールを打つ、なんとありがたいスマホ

彼女のほうが若いのでどのバス停で降りたらいいかを突き止めてメールが来た、そこで降りる。照り付ける太陽が強い日影が全くなくじりじり

 

彼女も初めての町なので歩いて迎えに来るとは言ってもなかなか見当がつかないらしい。奇跡的にタクシーを拾ったのでその場所動かないで待っててほしいというメールが来る

待てど暮らせど来ない。タクシーの運転手さんもその地は初めてだったらしい。やっと拾ってもらい会場に駆けつける

チャ子ちゃん先生がお話しする寸前につき、何事もなかったかのように後ろのほうからしずしずと歩み進み、話し終える

 

この無様なことはいったい何だったのだろうと思い返す

帰りに件の彼女を誘いお茶をしていた時、これは神仕組みであったと思った

お互いに表面は普通にしていたけど、私の行動で彼女を傷つけたことがあった、それを私は面と向かってお詫びをしていなかった

そのお詫びのチャンスをもらったのだと思い、古い話だけどあのときはーーーと

和気あいあいと会話も弾み、改めて今日お会いできたことに感謝

これも師匠のお引き合わせだと静かにお礼を言う

 

起きることすべてに無駄がない。丁寧に生きていこうと改めて思う日であった

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下町の商店街

2023年06月17日 09時46分40秒 | 日記

最近チャ子ちゃん先生は下町の商店街を歩くのが趣味になっている

特に台東区が面白い

この地域は歴史と文化があり、生き方の軸がある

小さな買い物をしてそこの店主と話し込む

90年前の祭り写真が飾っている手焼きせんべいやさん

「お店90年ですか?」

せんべいを袋に入れながら店主は

「いえ明治の初めと聞いているので100年にはなるでしょう。この写真は曽祖父が神輿担いでいると時の写真ですよ」

「鳥越ですか?あの長ーい神輿」

「そうですそうです」

店主の年齢は70代か、ここで一気に話が盛り上がってくる

せんべいを焼く職人さんも出てきて話にくわわり、かみさんがお茶を入れる

「まあお掛けなさいよ」と手焼きせんべいが出てくる。パリッと音を響かせると三人ともにうれしそうな顔

購入金額を上回るサービスだ

 

この町には今はやりの何とか何とかコーヒー店などない、もちろんスーパーやコンビニもない

 

昔ながらの喫茶店、近くの人たちのたまり場だ、入っていくと一斉に視線が来る。着物を着た女が一人不思議なんだろう

「こんにちは」

ニコニコ笑って大きな声でご挨拶すると、打ち解けた空気が流れる

壁のそばにギターとコンボが置いてある

「ミュージック喫茶ですね」

「そうだよ」

と言っておじさんたちが立ち上がって、60年代のジャズが流れる

「リクエストいいですか?」

同じ世代と判り盛り上がる、帰りしなレジに行くと

「お客さんの分は頂いている」とニコニコ顔で白髪の店主

「うわーごちそうさまです」「いいよいいよ叉おいで」

 

人形焼きのお店に寄る、品だめして手ニその品を持つと同時くらいに店の奥から女主

「こちらが本店ですか?」

「イイエ人形町が本店ですよ」

「初めて見るお菓子がありますねおいしそう」

「味見してみますか?」

 

花屋で季節の花を求め

八百屋で新鮮な野菜を購入

豆腐屋でとーふ

どっさり重くなった荷物なのだが3000円以下の出費

心の充実感のほうが重いな 大江戸線あればこその小さな旅

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めでたく終わった

2023年06月14日 09時05分58秒 | 日記

出版社に昨夜20時最後の原稿を送ってホッとしてる

しかし後回ししていた雑用の山に襲われていて、こちらはサクサクサクとはいかない

一人会社になったので事務的なこともすべて自分でやる(当たり前)

会社を閉めようと調査したら閉めるにあたっての手続きやお金の入用にびっくり

時間もなくお金もないということはもう少し、会社経営をしなさいということなのだろう

まだまだ取材で感じたこと、身に着けたこと、先輩たちの思いそういうものをつないでいくお役目があるということ?

そこから学ぶべきことがまだまだ山積しているのかもしれない

大金持って悠々自適で遊んで暮らすということを望んでいたが、そのための勉強が足りなかったと今更悔やむ

不勉強の結果だと諦めて粛々続けるしかない

 

今日はチャコちゅうぶの日

先週は全く画面が閉じていてその原因がわからずウロウロしてしまったが、それも浅はかな知識が災いしたようだ

今宵は大丈夫だと思う

こういう失敗を繰り返して少しずつ並みになっていくのだろうが、並みになる前に相手はもっと高度になっていって追いつくことはできない

 

今宵は新しく取材した人々の生き方考え方暮らしぶりを紹介したいと思う

軸をしっかり持った人々に会えること

これが取材のだいご味だ

自らを省みて、自分の軸を整える、やはり「人」にじかにあい、その人たちの人間力から学ぶことのほうが得ることが多い

知る、識るの違いは大きい

 

20時お待ちしています

 

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自分との約束

2023年06月13日 10時56分47秒 | 日記

ああーー11日にはすべての原稿を書き上げると自分に約束していた

「続・きものという農業」だ

なのになのにうろうろして食べることに集中したり、早寝遅起きしてちっともはかどらない

前の本は5日で書き上げたんだぞ!

5日から書き始め一週間後には涼やかに終わっていましょうね、と自分自身とお約束

ああそれなのにーー

 

事程左様に自分との約束を守れない人だ

人との約束は絶対に守る。それは相手に迷惑をかけるから

でもよくよく考えると自分との約束がこの世では一番大切なことではないかと思う

それができない人はどこか意志薄弱だ、安易のほうに偏っていく

「ま・いいか明日がある」

もしその明日がないとしたら、今やることをきちんとしなければいけない

 

姪の明日はなかった

明日着る洋服にアイロンをかけて鴨居につるしていたそうだ

睡眠中に亡くなった、そう明日があると信じていただろうに

姉もそうだ

「ちょっと横になる」と言ってそのまま逝ってしまった

次の日にお稽古に来る人は驚愕して、しばらく口もきけなかったそうだ

 

肉親二人に、明日はない、そう教えてもらいながらもやはりぐずぐずうろうろしている自分がいる

変に凝ったお料理をしてみたり

いきなり夏の長襦袢のすべてに半襟をつけてみたり

早寝だけは義務付けているのでその実行たるや素晴らしい

 

こう書いてくると基本的にルーズな性格なのだなあと納得

 

締め切りのある生活を何十年もやってきて、その締め切りに向けて自分を織り込んでいくのはプロの技

締め切りも自分で決めているくせに、それを平気で破るようになってしまった

「絶対しません」「必ずする」この自分との約束守られていてこそ、「人としての基本がある」ということになるのだろうなあ

さあ

今日で終わらせよう!なんちゃって

 

 

 

 

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少年との豊かな時間

2023年06月10日 09時06分08秒 | 日記

昨日は電車の中でちびった鉛筆を手に一生懸命数字を書き直している小学生に出会った

最近はみんなスマホを持っている子供が多い中でびっくりして凝視した

その数字の修正がすむと今度は国語のノートを取り出し、文章を書き始める

大江戸線、光が丘行きの列車内

チャ子ちゃん先生は麻布十番から乗ったのだけどその時もう少年はカバンをひっくろ返し、フアイルを下敷きにしてノートを広げていたので、かなり前から乗っていたのだろう

濃紺のハイソックスは上に赤の編み込みがあり、白い半そでのシャツ、グレイの半ズボン、黒い靴、そして白い帽子をかぶっている

足元にはパンパンに膨らんだ黒い手提げ、ブルーのビニール袋その中には上着が入っているらしい

それにどういうわけか全く同じデザインの傘二本

黒地白の縁取りに親のセンスが見える

 

時々顔を挙げて鼻の穴に指を入れている、その指をなめる、きっと彼の癖なのだろう

斜め前の席に座った私と視線が合い、びっくりした顔で目を見開く、こちらがほほ笑むと安心した顔でまた作業に励む

よくよく見ると

鉛筆はUNi、消しゴムはMONO 三菱とトンボ、文具のブランド品鉛筆は5センチにも満たないほど使い込んでいる

少年の親の顔が見える

いいものを与え最後まで使い切るようなしつけ、昔の親がそうだった!

 

そのうち電車に揺られて立てかけていた傘の一本が床に落ちる

文字を書くことに集中している少年は気が付かない、ふと顔を上げたので指さして傘の現状を知らせる

小さなお辞儀をして、二本の傘をランドセルのひもにかけて落ちないように安定させ、私の顔を見る

オーケーと指を丸めて知らせると二っと笑う

「綴り方」の宿題なのだろうか、懸命に文章を書いては消したりしている

そして時々気になるのか私の顔を見る

その都度チャ子ちゃん先生はニコッと笑う

 

澄んだ目でじっと私を見て安心した顔でまた励む

私の降りる駅が近づき停車したのでそばに行き「えらいわねえ、ばいばい」というと恥ずかしげに笑った

 

スマホばかりしか触らな少年たちを見続けていたのでとても新鮮で、その少年のおかげで豊かな気分になった

ありがとう

 

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梅さんはすごいね

2023年06月09日 07時23分29秒 | 日記

梅のシーズン

梅は花よし,実よし、青もよし、熟してよし、落ちてよし

梅の花は五枚だから五臓にとって良きかな、ということかなんて勝手に思う

一昔前の主婦は忙しかった

大体家の庭には一本の梅の木があり、まずは青梅を取って「梅エキス」を作る

大きい青梅を陶器のすりこぎですりおろす。これは大体子供の仕事(よくやらされた)すっても、すってもなかなか液はたまらない。途中で飽きて遊びに行ってしまう。そうすると誰かが変わりをやる(戦前の家庭には行儀見習いを兼ねた女中さんがいた家が多かった)

其の液は土鍋でぐつぐつチョコレート色になるまで煮る。それだけの話。

食べ過ぎた、風邪ひいた、熱が出たみんなこの梅エキスで治ってしまう。今考えると酵素なんだよな、だから免疫が上がる

ちょっと調子が悪いとか、旅行に行くときの携帯薬

 

程よく赤く熟した梅は「梅干し」になる

大きな樽の中に井戸の水を入れて梅を泳がせている。色がおいしそうなので目を盗んで食べる。青い梅は毒だが熟れた梅は大丈夫

青梅を食べて疫痢になり、危うく命を落とすところだった思い出も梅とともにある

木桶を持ち出し水気を取った梅をつける、木蓋をしてその上に重石を載せてしばしそのまま、液が上がると梅雨の晴れ間にざるに挙げて乾かす、そのころ裏の畑に赤紫蘇がいい感じで出番を待つ。それを井戸水で洗いすり鉢に入れ、塩をいれて手でもむと、手が真っ赤、一回目の液は捨てて、次は丁寧にもむとさらに美しい赤紫の色の液が出る

カメを出しその中に干した梅を入れ紫蘇の液を入れて混ぜる、そのままにして梅雨が明けたらざるに入れ梅の日光浴、つまり天日干し。その時一つ減り二つヘリというように誰かが通りすがりにひょいと口に入れていく、何回か繰り返すと梅はいい色に変身、日の丸弁当の主役

落ちた梅は松の葉っぱや楓の葉,榊の葉を拾ってきて梅をす巻き状態にして燻す、水をかけては燻すを繰り返すと真っ黒の梅になる。これがまた胃腸の薬

 

こんな事手間暇かけて家族の健康を守っていたのが一昔前のお母さん

自然と向き合うから自然の恵みをいただけるのね

 

 

 

 

 

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デジタルは融通が利かない

2023年06月08日 10時01分37秒 | 日記

さくやの「チャコちゅうぶ」配信ができなかった

チャ子ちゃん先生のところでは配信中と出るのだが、お相手の画面には映らない

不思議なもので指摘される前、なんだか変だな壁に向かってしゃべっているようだ、と感じた

とパソコン周りのことを教えていただいてるNさんから、スマホに「画面が出ませんよ」という連絡

 

お忙しいのにできるだけリアルタイムで見てくださっている

「やはり」

電源を落としてやり替える、ダメ

もう一度さらにしてやり替える ダメ

5回ぐらいやり替えている間に30分経過

「今日はやめましょう」

原因がわからないので続けていても仕方がない、アーカイブ用に収録しようかと思ったけど、不思議なもので誰も向こうにいない。ということがわかると「熱」がわかない

そこがプロでない証拠

 

5回目のやり直しの時ふと目についた文字がある

「限定」

この文字を消したら皆さんに見えるのかな?と思ったけど変に消すのも恐ろしくてスルーした

実はそれが原因だったのだ

よく理解できないけど「シルク伝道師養成講座」の配信にむけてÑさんが「限定」を設定してくださっていたのだということが後でわかる

 

機械は設定されたことに忠実なのだなあと感心する

というわけで原因がわかりやれやれ

 

その時「限定」という文字がピカピカして目に入ったということは、解決方法をちゃんと神様教えてくださったのにねえ

それを無視していたということ

困っているときはこういしていつも助けてくれる、ここに気が付くかどうかが人間の器量だ

まだまだ修行が足らん

楽しみに待っていてくださった方たちには心からお詫びいたします

 

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値上がりが続く

2023年06月07日 09時21分33秒 | 日記

昨日運送屋のお兄さんが値上げリストの紙を持ってきた

「近いところは足で届けたほうがいいねえ」

「交通費も上がったから往復考えたらやっぱり宅急便ですね」

「そうよね、バスの運賃もタクシーもみんな軒並み値上がりね、ところでお給料は上がったの?」

「いやいや据え置きですよ」

「雨の日も、風の日も、暑い日も、寒い日も本当にご苦労様と思うわ、ありがとう」

 

特に食料品の値上がりが続くので、身近な人々は料理に頭を使うようになり、昔のお母さんたちの知恵が役立ってきた

どんな切れ端でも刻んでみそ汁の中に入れたり、塩漬けして保存したり、そうするとどうせなら味噌も自分で作ろう、塩も自分で作ってみよう、と動き出す。今塩づくりも静かなブーム。手塩に掛けるとはよく言ったもので、手間暇かけた塩づくりにいろんな方がかかわっていて,出来上がりをいただくとこれまたおいしい。

 

繭を塩漬けにするのでいろんな塩を試した志村さん、その都度塩講釈を聞かされたが、日本も一時は専売特許性になっていて、お米やさんで売っていた時代がある。そして個人では作ってはいけないことになっていたが、政府公認の塩はケミカルだった。大量生産できるから安価だ

今は安かろう悪かろうの時代

悪いアミノ酸が地下で石油になり、その石油が私たちの生活を一気に変えてしまった

 

値上がりの中で「モノを大切に」という心が生まれることは素晴らしい

休耕田を使えば私たちは食料に困らなくなってくる

自分の身は自分で守るしかない時代だもの

 

モノの値上がりの中で本当に必要なものが何かを考えることもいいのかもしれないなあと思う

さて本日は「チャ子チューブ」20時にお待ちしています

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無粋という言葉

2023年06月06日 10時52分56秒 | 日記

一時期前は「無粋なやっちゃなあ」と長老にきりすてられることがあった

「一を聞いて十を知る」

「察しなさい」

「場を読もう」

「関守石」

「止め石」

「躙り口の隙間は準備完了」

「心遣い」

「形を整える」

「見て覚える」

「背中でものをいう」

「ボロを着ても心は錦」清潔であることが求められる

「むき出しにしない」包装過多という弊害もあるが

仰々しくアナウンスしなくても人は察して次の行動に移る。それが一昔前の日本人の姿

美しいお辞儀、歩き方とか立ち姿など「形だけ」を練習しなくても、茶席に座ればおのずとその極意が学べる、それが日本人の文化の学び方

 

後ろににじって下がっていく、相手に背を見せない、武士は後ろから切り捨てることを恥とした。堂々とわが名を名乗り勝負を挑む

神殿での作法も最後まで背を向けない

日本人にとって「卑怯」という言葉はもっとも忌み嫌われる。それと同時に「無粋」というレッテルを張られたら恥ずかしくて面を上げて歩けない。

今でも現金を封筒に入れて渡す日本人、しかも新札を入れる心遣い

祝儀袋ではなくおしゃれな封筒が文具店ではたくさん売られている。ポチ袋の存在も愉快

 

IQが高いことより、礼節をわきまえた人のほうを尊敬してきた

高学歴の出身者がもてはやされるようになって、無粋な人が増えてきたように思う。そして日本人の行儀が悪くなった

そんなことを考えたのは、昨日ユーチューブで上野の双子のパンダ、れいれいの後ろににじり歩きの姿を見ていて思いついた。敵に対して後ろ歩きをするのかと思ったけど、普通でもこういう歩き方をする動物がいるのかと驚いた

 

「無粋」から「粋」に転じる行動をとりたいものだ、それこそが本来の日本人

 

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改めて絹のすごさ

2023年06月05日 08時29分28秒 | 日記

「シルク伝道師養成講座」第二期生の講義が昨日から始まった

11人の方が受けてくださっている

五回だからすべてを話し終えることはできない

しかし「とんでもない繊維」であることがわかり、その繊維のおかげで日本の近代国家が誕生できたということを理解してほしい

しかし

その近代国家を作った時点で、日本がどのように変わっていったかも合わせて知ってほしい

そういう講義であもある

 

きものを突き詰めていくと

日本の歴史の裏表がわかってくる。蚕という文字を天の虫と書いた先人たち、家その昔はもっと複雑な文字であった。

「蠶」

この文字何を言わんとしているのか、もともとの文字。卵が無数にできるという意味もあるようだし、先へ先へと連れて行ってくれる変態の虫でもある、古語になっているのでわかる方は教えてほしい

今の字は「飼う虫」ということから「カイコ」と呼ばれるようになったらしいので、「養蚕」という技術ができた奈良時代からかもしれない。それにしてもなじみの古い虫ではある

 

このカイコ一つが日本の文化や経済果ては人の生き方にまで及ぶ知恵を私たちに授けてくれる

こういう話を進めていくのが「シルク伝道師養成講座」

蚕は毎日学びの道を見せてくれるので、毎回新しいことをお半死できることもうれしい。それは私自身の学びにもなる

 

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