昨日、UPテストの理事長の梅野先生とお話しする機会がありました。
その中で気をつけておかないといけないこと、その1つに「手段の目的化」という話がありました。
目的を果たすための「手段」だったものが、いつの間にか「目的」そのものになってしまっている。そういう状態を指す言葉で経営学などではよく出てくるこの言葉です。わかってはいても、改めて言われるとドキッとします。
例えば、「たくさんの人が楽しみ、交流し、新しい創造が生まれればいい」という目的で、ある人がイベントを開いたとします。それが年を重ね、規模が大きくなるにつれて「今年は去年より立派な会にする」とか「去年より多くの人を集める」となってきてしまう、そんな状態を指す言葉です。
確かに「人々が楽しみ、交流し、新しい創造が生まれる」には、ある程度の人が集まることが大切ですが、それがいつの間にか「人を集めること」が目的になってしまい、本来の目的をわすれてしまう、そんな時に使われる言葉だと思います。
これはイベントに限らず、会社でも、仕事でも、勉強でも、部活でもいえることだと思います。そして塾にも言えることだとも思います。「いい教育をして地域の学力向上に寄与しよう」という目的が、いつの間にか「今年は何人生徒が集まったか」にすりかわるような感じだと思います。
もちろんある程度いい教育をするには、人数によるメリットも考えなければならないですし、人を集めることは経営上、必要なことだとも思います。でもそれがいつの間にか「人数だけにこだわる(=人を集めることが目的)」になってしまって、本来、何のために塾を開いたのか、それを忘れてしまうような状態を指す言葉だと思います。
本来の目的がしっかりした集団は、理想のために柔軟な対応もできるかもしれませんが、本来の目的を失った集団は、やはり理想からかけ離れてギスギスしていくように思います。そうであってはならない、梅野先生はそうおっしゃいたかったのではないかと思います。
原点に戻る、原点に帰る、そうすることでもう一度塾を始めた目的を考えるようにする、そしてその目的に今の自分がやっていることが似つかわしいことなのかを考えよ、そういわれた気がして、私も改めて自分がここにいる「原点」を考えてみました。
恥ずかしながら見失っていたこともありました。恥ずかしながら忘れてしまっていたこともありました。でも、今回の話を機に、また新たな意気込みでスタートを切れた感じがします。
思えば、ディズニーでは「毎日が初演」という言葉を使って、このことを戒めています。
そして、最近になって学校改革が成功し進学校化に成功した学校は、実は原点に戻っただけなのかもしれません。
自分がここにいる「理由」、ときどき考えてみることは大切なことの1つのようです。