ブログの記事を書こうと思ったのはいつ以来だろうか。忙しさを理由に記事を書かなくなって久しい。そんな中、久しぶりに瀬尾まいこさんの作品を読み、その感想を書いておきたくなった。
『そして、バトンは渡された』を手に取ったのは6月の半ば過ぎ。たまたま入った書店で「そういえば…」と彼女の新刊を探してみて手に取った。『春、戻る』を読んで以来だから4年以上も開いていた。まあ、その間僕もいろいろあったからと思いながら、会計を済ませ逸る気持ちとともに家に帰ったのを覚えている。けれども、その後慌ただしい日々が続き本を開くこともできずにいた。そんなこんなで3カ月が過ぎようとしていた先週末、ようやく読み始めた。
「バトン」という言葉に、彼女の『あと少し、もう少し』を思い出し、今回もそういう部活を描く作品なのかなと思ったけど、帯には「血の繋がらない親の間をリレーされ、四回も名字が変わった森宮優子、十七歳。だが、彼女はいつも愛されていた。」とあり、その思いはすぐに消えた。そして、すぐにこの作品の世界に惹きこまれた。
彼女の作品には、ちょっと常識から外れた、とても魅力的な人物が登場する。この作品では、二番目の母親である梨花と、三番目の父親の森宮がそんな人物にあたるだろうか。二人だけでなく、登場人物はみな魅力的なのは、食事のシーンの描写と共に瀬尾まいこ作品の特徴だと思う。
さて、優子の視点で語られる物語の中で、僕はその森宮という男に思い入れを感じながらページを辿っていた。それは、僕も結婚には向かないけど、どこかで子育てに関わりたいと思っているからだ。50を迎えた僕にはもうそれも叶わぬ夢となりつつある。そんな中で、優子を育む森宮の気持ちが、全てではないけど僕の心に流れてくるような感じがした。
梨花と森宮の思いが語られるシーンには涙が止まらなかった。彼女の作品には毎回泣かされるのをわかっていながら、そのシーンも含め今回も電車の中で読み終えた。まあ、それは僕にとって一つのお約束になっている。
僕にバトンが回ってくることはもうないだろうとは思いつつ、その日が来ても大丈夫なように、少しずつ体を鍛えておこうか。
その前に、読んでいなかった『きみが夏を走らせる』と『ファミリーデイズ』の2作を読みたい。
そうそう、「常識」なんかに囚われず、何が大切かを常に考えて進んでいきたい。