あしたはきっといい日

楽しかったこと、気になったことをつれづれに書いていきます。

I am Abe.

2015-02-03 21:35:14 | 立ち止まる
湯川遥菜氏に続き、後藤健二さんもイスラム国により殺害された。

その報に接したのは日曜日の朝、宿泊先でテレビをつけた時だった。
実はその前夜になかなか寝付けなくて、持参していた 内藤正典氏の『イスラム戦争 中東崩壊と欧米の敗北』という、今話題の本を読んでいた。

彼らがイスラム国に捕らえられてからの経過について徐々に明らかになるにつれ、これは「自己責任」などではなく政府が様々な失策を重ねたことにより追い詰められたのだということがおぼろげに見えてきた。そして、この本を読んでいて、それまでに見えてきたことの輪郭がはっきりとした気がした。
一方で、もしかしたら後藤さん解放に向けて立て直しが出来るのではないかという一縷の望みを持った。しかし、目覚めるとともにその望みは消えた。

イスラム国が彼らの命を奪ったことは決して許されることではない。そして、イスラム国によるこの殺人は、イスラム国の拡大には悪い影響を及ぼすだろうし、そう願う。それは、いわゆる有志連合による攻撃が強まることによるものではなく、一般の人々に対しての影響が大きいと思う。

一方で、2人の日本人がイスラム国に捕らえられて以降の日本政府の動きについても追及されなければならない。政府自身もその意向を示しているが、影響は日本に止まらないので全てを明らかにすることは難しいだろう。それでも、いくつかの点については明確にされるべきだと思う。

中でも僕が知りたいのは、
①交渉の仲介役をトルコに依頼した経緯はあったか。
②「テロには屈しない」と言う場合の「テロ」をどのように定義しているのか。
③日本にとって、イスラム国と戦う国々に対する支援を表明する緊急性はあったのか。
④アメリカやイスラエルによる軍事行動はテロではないのか。でないとしたら、どのように正当化されるのか。
という4つの点だ。

今日の国会質問をニュースで視たり読んだりすると、野党の質問はどうも歯切れが悪い。「評価する」とかおべっかはいいから、質問内容を研ぎ澄ましてこれら4つの点を含め政府の考えを明らかにしてほしい。

さて、先日の報道ステーションの中で古賀茂明氏が「日本人は今、『 I am not Abe 』というカードを掲げる必要があると思う」という発言をされていた。たまたま僕もリアルタイムで視ていたけど、非常にしっくりする言葉だった。けれども、その言葉が免罪符になりはしないだろうか。

先の選挙で僕自身は自民党にも公明党にも投票していないけど、投票をしなかったという選択も含め、われわれがこの「安倍内閣」という怪しい政体の継続を承認した。それなのに、この政権がもたらした犠牲を前に『 I am not Abe 』と言うのは都合が良すぎるのではないだろうか。

僕は今、誰もが『 I am Abe 』という言葉を自分自身に向けてみる必要があると思う。彼の政策に諸手を挙げて賛成する人もいるだろうが、大半の人は「代わりがいない」という消極的支持をしているのではないだろうか。そして、原発再稼働や米軍普天間飛行場の辺野古移設強行などに加え、今回のイスラム国による凶行に繋がっている。そうした毒を体の中に入れてしまった状態をどうするのか、それは僕ら一人ひとりに突きつけられた課題だ。

だから、自分の中にある「Abe」という毒と向き合い、もがき苦しみながらも自分なりの答えを出したい。
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