『風味絶佳』
山田 詠美
去年、本の雑誌『ダ・ヴィンチ』で今月のプラチナ本として紹介されてから、ずっと気になっていた本です。
山田詠美氏の小説は若い頃2~3冊読んだきりだったのですが、数年前に『放課後の音符』を薦められて読んでみました。以前読んだときのイメージと違うなあ、となんとなく感じていたのですが、この本も絶賛されていて(なんたってプラチナ本ですから)、そのせいか図書館でもなかなか見かけることができませんでした。
実を言うと、短編小説というものがあまり得意ではありません。本を読むのに、得意、不得意というのも変な話ですが。短編小説だから、と気楽に手にとって病院の待ち時間にでも読もうものなら大失敗、ということもしばしばあります。
長編なら途中で気を抜いても(時々うとうとしてしまう)なんとか読めますが、一瞬の情景を切り取ったような短編小説ではそうはいきません。えっ、これで終わっちゃうの???どういうこと???的なことがよく起こりうるわけです。内容がつかみきれず、置いてけぼりをくらったような苦い後味だけが残って・・・
で、この本は六つの短編小説からなっています。
どれも共通するのは登場人物がいわゆる肉体労働者、であること。そう、文字通り身体を使って仕事をする人たちです。鳶職人、ゴミを収集する作業員、引越し作業員、などなど。誰もがプロとして誇りを持って仕事をしています。そんな彼らと彼らに関わる女性たちとの濃密な関係。
(・・・と書いていて、そういえば最近そういった類の小説を読んでなかったなあと気がつきました。どちらかというとさっぱり系ばかり)
“濃密な”、といっても“こってり”ではなく、読み始めると文章や表現の巧さに惹きこまれてしまいす(“憐みに肉体が加わると恋になる。”なんてうまいでしょ。)一気に読むのがもったいなくて、ひとつ読んでは本を閉じ、時間をあけてまたひとつ、というように読んでいきました。
主人公たちにしかわからないような不思議な世界。それでも、この頭ばかりが先走る今の時代に、彼らはきちんと身体を使って働き、身体を使って誰かを愛している(いや、別に変な意味じゃなくて)、というような印象を受けました。
私が好きな作品は「夕餉」。ゴミを収集する作業員に惹かれた人妻が、(お金持ちらしい)家を出て彼と暮らし始め、彼のためにレストランのシェフ顔負けの料理をつくって待っている話です。凝った料理をつくる描写の合間に少しずつふたりの関係がわかってくるという筋書きや、お金持ちの人妻とゴミ収集作業員という意外性、おいしそうな料理の描写など、うまいなあ、と感心しながら読みました。
どの話も趣向がこらしてあって、どれひとつ同じようなのはなくて、短編小説ならでは、のおもしろさでした。
ところで、この表紙に写っているのは何だと思いますか?
答えは森永のキャラメル。『風味絶佳』のタイトルもそこからきてるんですって。