週末に次女のピアノの発表会がありました。
6月の発表会のときは、クラブで突き指をしたため参加申込みをしなかったので、ちょうど1年ぶりの晴れ舞台。
曲目は6月に弾く予定だったハチャトゥリアンの「ワルツ・カプリース」。
6月に比べれば規模が小さく、観客も少ないのですが、次女にすればそんなことは関係なく、人前で弾くというだけで胃が痛くなるわけです。
昼食もあまり食べれず、直前に「あっ、メロディ忘れた
!」なんて言うし、こっちまではらはらして胃が痛くなりそう・・・。
本人の緊張をほぐさなきゃいけないのに、私まで緊張してどうすんの~
幼稚園の頃から毎年出ている発表会。
小さい頃は何も意識していなかったのでしょうが、小学校の頃から場慣れするどころか毎年緊張感は増すばかり。
ひとりでステージに上がって鍵盤に向かうわけですから、親としても何もしてやることはできず、ただ客席から祈るのみ。
自分の番が近づいていよいよ楽屋へ向かうとき、ひとり重圧(?)を背負いながらも彼女の世界へ入っていこうとする後姿に、私の手元から遠ざかっていくような、私だけ置き去りにされたみたいな、そんな一抹の淋しさのようなものをふと感じてしまいます。
直前までお腹が痛いだの、指が動かへんだの、さんざん親を心配させておいて、いざ人前に出たら堂々と弾くわけですから、まあたいした度胸です。
ノミの心臓の私には、とてもそんな芸当はできません
途中間違って、一瞬指が止まったのでヒヤッとしましたが、その後間違いを引きずることなく弾き終えました。あ~、やれやれ

私も一応小学校4年生までピアノを習っていました。
私が習っていた先生は足が悪く、発表会も自宅のレッスン室に隣の和室を開け放しただけの会場でした。
他の生徒さんが弾いている間、正座をして待ちます。
正座が苦手だった私はだんだん足がしびれてきて、やっと自分の番になって立ち上がろうとしたとき、足の感覚がなくて、なんとその場にどてっ・・・
発表会の思い出といえば、そんなことくらいしか覚えていません
友達の通っていたピアノ教室では、教会のホールで発表会をするというのが(椅子に坐れるというだけで)羨ましかったなあ・・・。
6月の発表会のときは、クラブで突き指をしたため参加申込みをしなかったので、ちょうど1年ぶりの晴れ舞台。
曲目は6月に弾く予定だったハチャトゥリアンの「ワルツ・カプリース」。
6月に比べれば規模が小さく、観客も少ないのですが、次女にすればそんなことは関係なく、人前で弾くというだけで胃が痛くなるわけです。
昼食もあまり食べれず、直前に「あっ、メロディ忘れた

本人の緊張をほぐさなきゃいけないのに、私まで緊張してどうすんの~

幼稚園の頃から毎年出ている発表会。
小さい頃は何も意識していなかったのでしょうが、小学校の頃から場慣れするどころか毎年緊張感は増すばかり。
ひとりでステージに上がって鍵盤に向かうわけですから、親としても何もしてやることはできず、ただ客席から祈るのみ。
自分の番が近づいていよいよ楽屋へ向かうとき、ひとり重圧(?)を背負いながらも彼女の世界へ入っていこうとする後姿に、私の手元から遠ざかっていくような、私だけ置き去りにされたみたいな、そんな一抹の淋しさのようなものをふと感じてしまいます。
直前までお腹が痛いだの、指が動かへんだの、さんざん親を心配させておいて、いざ人前に出たら堂々と弾くわけですから、まあたいした度胸です。
ノミの心臓の私には、とてもそんな芸当はできません

途中間違って、一瞬指が止まったのでヒヤッとしましたが、その後間違いを引きずることなく弾き終えました。あ~、やれやれ


私も一応小学校4年生までピアノを習っていました。
私が習っていた先生は足が悪く、発表会も自宅のレッスン室に隣の和室を開け放しただけの会場でした。
他の生徒さんが弾いている間、正座をして待ちます。
正座が苦手だった私はだんだん足がしびれてきて、やっと自分の番になって立ち上がろうとしたとき、足の感覚がなくて、なんとその場にどてっ・・・

発表会の思い出といえば、そんなことくらいしか覚えていません

友達の通っていたピアノ教室では、教会のホールで発表会をするというのが(椅子に坐れるというだけで)羨ましかったなあ・・・。