マンチェスター大学の寮友であった人が8月31日に亡くなったとの知らせをご親族からいただいた。留学後にお会いしたのは初回の結婚披露宴の時が最後だったので、22年近く前のことになる。その間は半年に一回程度、メールやはがきが往来する程度の付き合いだったが、ここ数年はそうした通信の度にこのブログを読んでいる旨が書かれていた。寮の食堂で毎朝食事を共にしていた時期は1年足らずだったが、寮の食事が無い週末はよく一緒にダウンタウンの中華街にも出かけたりした。浮世絵がお好きで、たまにロンドンに出かける用があると、日本美術の専門店で画や版木などを買っていたのを思い出した。氏の帰国後数年は年賀状が版画だった。もともと研究者だったのだが、国立の医科大学に勤務されていて、年齢を重ねるに連れて研究以外の仕事も増えたようだった。その雑用が苦痛だというようなことも聞いた記憶がある。何かと多忙になった所為か、そのうち普通の印刷の年賀状になってしまったのは少し寂しい気がした。2009年には奥様を病気で亡くし、気落ちしているのがメールの文面にもはっきりと見て取れた。その後は御自身の体調も崩れ、2011年に定年を迎えたことも関係しているのか、2012年の年賀状には「もうだめかもしれない」と弱気なことが書かれていた。それでも、いつか再会しようと言い合っていたのだが、とうとう再会を果たすことができなくなってしまった。最後に言葉を交わしたのは、私の2回目の結婚にお祝いの言葉を頂いたときだ。これでまたひとつ、私のアドレスブックには主のいないメルアドが残されることになった。ご冥福をお祈りする。