ふだんのちゃわんは中止となったが、会場で配布を予定していた日替わりのチラシがある。以下は本日分。
ちゃわんが割れても
陶磁器は所謂「こわれもの」です。たぶん、多くの人は茶碗を割ってしまうと、そのまま廃棄するのではないでしょうか。しかし、陶磁器は補修を施すことができます。
例えば、東京国立博物館に「馬蝗絆」という銘の青磁茶碗があります。美しい形ですが、割れていて、それを鉄の鎹で継いであります。その鎹を蝗に見立ててこの銘が付けられたそうです。一度割れて継いでありますが、重要文化財です。継いだから重文なのか、継ぎがなければ国宝になったのか、私は知りませんが、割れた茶碗に鎹を打って補修する、それを後生大事に扱うということがこの国の美意識について何事かを語っているように思われます。
大阪の東洋陶磁美術館には志賀直哉から東大寺元管長・上司海雲師に贈られ、長らく東大寺塔頭の観音院に飾られていた白磁の壺があります。この壺は盗難に遭い、犯人が落として割ってしまいました。相談を受けた同館が破片一切を回収、修復したものです。修復は同館から専門の職人に依頼しました。修復の際に補修痕をわからないようにするか、敢えて補修痕を残すか選択できたそうです。同館は後者を選びました(注) 。それでも、この盗難の一件を知っていて、補修痕を探らないとそれとはわからないくらい見事に修復されています。補修痕をわからないようにすることもできるのに敢えて痕を残したのは何故でしょうか。
名古屋の名物に味噌煮込みうどんがあります。一人用の小さな土鍋で調理されてそのまま配膳されますが、この土鍋が針金でぐるぐる巻きにされているものに遭遇することがあります。食器として使われる陶磁器と違って、調理器具として使われる陶磁器は直火に晒されるので熱変化が大きく、しかも商売道具となると使用頻度も高くなります。家庭用の陶磁器とは比べ物にならない大きな負荷がかかりますから、針金の応援を仰ぐわけです。それを客に出し、客もそれを当然のことと受け容れます。
故意に割って継いだ茶碗というのもあります。三井記念美術館にある「須弥」という銘の井戸茶碗には「十文字」という別名があります。十字に断ち切って漆で継いだので継ぎ目が十文字になっている茶碗です。
割れても使う、割って使う、割れないようにして使う。使い方、使う姿勢も意識するしないにかかわらず使い手の自己表現です。
注:伊藤郁太郎(東洋陶磁美術館 初代館長)講演「李朝白磁の偏屈さを読む」2018年11月2日 日本民藝館