熊本熊的日常

日常生活についての雑記

ナポリタンスパゲティ

2011年01月11日 | Weblog
陶芸教室からの帰り、昼食を何にしようかと迷いながら巣鴨に戻り、なんとなく先日訪れたカレーワールドへ向かって歩いていた。しかし、日曜はFINDでランチ・カレーを食べ、月曜は自分で作ったシーフード・カレーを食べ、というようにカレーが続いているので、今日もカレーでよいものかどうか迷っていた。カレーワールドの前に来たとき、その向かいに「スパゲティ&コーヒー らくだ」という看板の出ている小さな喫茶店風の店が目に入った。今日はこちらへ入ってみることにした。

店構えは、一見したところ、昔ながらの小さな喫茶店だ。戸を開けて中に入る。入口近くの席はどれも先客がいたので、その傍らを通り抜けて奥へ進む。すると、視界が開ける。2階までの吹き抜けの空間があり、大きめの窓から外光が差し込んでいる。中央に大きなカウンターが曲線を描いており、向かって右端に2階への階段がある。カウンターの奥、2階席の直下がキッチンのようだ。床もカウンターもテーブルも椅子も、ちょうどよい具合に年季が入っている。椅子はウィンザーチェアで、それが店内に調和しているかのように見える全体の雰囲気である。

「スパゲティ&コーヒー」というくらいなので、メニューのなかから迷わずスパゲティのナポリタンを注文する。昼食時はランチサービスとして、小さなサラダとスープとコーヒーがセットで付いてくる。

近頃はナポリタンスパゲティというものをあまり目にすることが無くなったが、私が子供の頃は喫茶店の食事メニューには必ずといっていいほどナポリタンスパゲティとミートソーススパゲティがあったし、日常の食材にも「ナポリタンの素」とか「ミートソース」というようなものはあった。今でも商品としてはあるのだろうが、かつてほどの存在感は無いように思う。10年ほど前だったろうか、出張でカリフォルニアのサニーベールという町に出かけたとき、町のレストランで“Spaghetti Neapolitan”というのをたまたま見つけたので注文してみたら、具材の入っていないトマトソースだけがかかったパスタが目の前に現れた。玉葱、ピーマン、ソーセージをケチャップベースのソースに仕立て、それにうどんのように茹でたパスタを絡める、あの「ナポリタン」は戦後、横浜のホテルニューグランドで総料理長を務めていた入江茂忠氏が考案した、日本の料理なのだそうだ。

それで「らくだ」のナポリタンだが、メニューには「ナポリタン(トマトソース)」と「ナポリタン(ケチャップ)」の2種類がある。トマトソースがメニューの先頭だったので、そちらを注文したが、今、こうしてそのときのことを文章に起こしてみると、ケチャップのほうを頼むべきだったかなと多少の後悔の念が無いでもない。注文したトマトソースのナポリタンは見るからに「トマトソース」だった。「トマトソース」以外の名前を決然として拒否するかのような「トマトソース」だ。パスタはうどん茹でではなく、かといってアルデンテでもない、よく家庭料理に出てきそうなものだ。たぶん、私が自分でナポリタンスパゲティを作ろうと思って作っても同じものを作るだろう。そういう料理だ。それは美味しいとかなんとかいうようなことではなく、口にしてほっとするようなものだ。

食後のコーヒーがまた良かった。たまたま抽出するところを目にすることができたのだが、大きなネルの袋にコーヒーの粉をどっさり入れて、おおきなポットで湯を注ぐのである。昔の喫茶店にはよくあった風景だ。これもまた美味しい云々の話ではない。これはこれで良いのだ。

かつての職場の同僚でワイン通の人がいた。一緒に飲みにいくと、傍にいてはらはらするほどああでもないこうでもないと細かいことを店の人に言って、最終的にソムリエや店のマネージャーまで引っ張り出してしまうような人だった。その彼が、ワイングラスをくるくる廻しながら、こんなことを言っていたのを思い出した。
「いまでこそ、こんな小うるさいこと言って飲んでるけどね、初めて飲んだワインは「赤玉」だったんだよ。今じゃ飲めないけど、あのときは心底旨いと思ったんだよね。」

街角の小さなドアを抜けて、日本がまだ元気だった頃の世界に戻ったような、冬の日の午後だった。

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