万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

RCEPは不平等条約では?

2021年05月05日 12時42分25秒 | 国際政治

非公開、即ち、秘密裡での交渉を経て、国会での然したる議論もなく、国民から隠れるかのように批准手続きが進んでしまったRCEP協定。メディアでは、年内にも発効の見通しと報じられていますが、米中対立の最中にあっての対中接近を危惧する声が聞かれます。そして、その内容を見ましても、中国にアドバンテージを与える不平等条約を疑うのです。

 

 政府をはじめメディアも、中国並びに韓国に対して無関税品目の大幅拡大を勝ち取ったかのように報じています。数字だけを見れば、中国の市場開放率は8%から86%へと飛躍的に上昇し、韓国にあっても19%から92%に大幅に拡大されています。日本国政府としては、国民に’勝利’を印象付けようとしているようなのですが、このイメージ戦略、かの大本営発表に近い危うさが漂っております。何故ならば、協定の内容をみますと、疑問に満ちているからです。

 

 先ずもって怪しいのは、関税率の日中比較が示されていない点です。例えば、自動車部品分野にあって、日本国政府は、中国から87%の品目における関税撤廃を勝ち取ったとアピールしています。対象となるのは、電気自動車用の重要部品では、モーター、リチウムイオン蓄電池の電極・素材等であり、ガソリン車用の重要部品では、エンジン部品、カムシャフト、エンジン用ポンプ等などなそうです。同関税撤廃に対しては、日本国の自動車部品業界からは早歓迎の声が上がっており(もっとも、即時撤廃はエンジンポンプの一部のみ…)、対中輸出の拡大が期待されているのですが、それでは、日本国政府は、これらの対象品目にあってどれ程の関税をかけているのでしょうか。

 

 日本国は、おそらく工業製品についてはWTOベースでの関税率を無差別に中国に対しても適用していることでしょうから、無税、あるいは、極めて低率の関税をかけていると考えられます。実際に、日本国は、輸入電池についてはリチウム電池でも無税です(因みに、2013年のデータですが、中国のリチウム電池に対する輸入関税率は12%…)。RCEPにあって、中国は、現在6%の関税率にある電気自動車用リチウムイオン蓄電池の電極・素材の一部について、16年をかけての関税撤廃に合意しましたが、このことは、むしろ、16年という期間であれ、中国に対して特恵的な関税率を認めたことになりかねません。そして、16年もの年月があれば、中国企業は、各種自動車部品についても内製化を達成し、日本国に対しても輸出攻勢をかけてくることでしょう。あるいは、この頃には、日本国内では、既に自動車の生産拠点は消えているのかもしれません…。

 

 一事が万事であり、自動車部品の他にも、家庭用冷蔵庫、エアコン、洗濯機、オーブン・電子レンジなどの家電製品を見ますと、むしろ、中国がこれまで10~15%の関税をかけてきたことに驚かされます。これらの製品も、全部、あるいは、部分的に11年目に関税が撤廃されるそうですが、日本のメーカーが次々と中国企業に買収され、安価な中国製家電が日本市場でシェアを広げてきた現状を見ますと、ここでも、中国は、11年間のアドバンテージを獲得したことになりましょう。

 

 RCEPは、アジアにあって中国をメンバーとする広域的な自由貿易圏とするイメージが植え付けられてきましたが、その実態は、中国が有利となる不平等条約であるのかもしれません。しかも、中国は、RCEPを利用して、極めて巧妙に電気自動車などの先端分野にあって自国の産業を保護・育成しようとしているようにも思えるのです。合意された関税撤廃が実現する16年後には、不利な競争条件に置かれた日本国の産業は衰退する一方で、有利なポジションを得た中国は、中華経済圏の足場固めを済ませているかもしれません。このように考えますと、日本国は、対中関係の見直しを急ぐオーストラリアと共に、RCEPからの離脱も検討すべきではないかと思うのです。


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