万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

日本国のアジア版NATO参加の大問題とは?-朝鮮戦争ファクター

2022年07月01日 10時09分51秒 | 国際政治
 日本国の岸田文雄首相がNATOの首脳会議に出席したことは、ウクライナ危機に端を発した西側陣営の強化という側面があります。NATOの会議であるため、第一義的にロシアが安全保障上の’敵国’として想定されていますが、ロシアと並んで脅威が共有されている国は、何と申しましても国際法秩序の破壊者としての中国です。否、中国の脅威に対する認識があるからこそ、日本、オーストラリア、ニュージーランド、並びに、韓国が、「アジア・太平洋パートナー国」として招かれたのでしょう。

 かくして対中ロ陣営の形成が急速に進展することとなったのですが、この流れの中で、アジア版NATOの構想が持ち上がっております。NATO首脳会議に顔を見せたアジア四カ国を中心として、中国包囲網としての多国間軍事同盟を結成しようとする試みです。大西洋地域のNATOと共に、太平洋地域においてアジア版NATOが出現すれば、ロシアと中国を東西から挟み撃ちにできますので、地政学的な視点からは極めて合理的な戦略となりましょう。シー・パワーがランド・パワーを抑え込み、ランド・パワーは、両面戦争を強いられる形となるからです。

 しかしながら、地政学上の合理性は、平和という観点からしますと、必ずしも’最適解’を導くわけではありません。むしろ、戦争を引き起こす要因となるリスクも高く、ここで一旦、地政学的な思考から離れてみる必要がありましょう。

 アジア版NATOの結成については、日本国は参加できないとする指摘があります。日本国については、憲法第9条の制約があり、他国のようには集団的自衛権を行使できないというものです。確かに、法的には集団的自衛権の行使には存立危機事態という条件が付されており、行使容認の幅は比較的狭く設定されています。しかしながら、その定義は、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態」となりますので、かなり抽象的な表現です。‘密接な関係にある他国’という表現では、もっともらしい理屈を付ければおよそ全ての国が対象となる可能性も否定はできないのです。

 このことから、憲法第9条は、決定的な制約とはならず、アジア版NATOが実現すれば、むしろ、北大西洋条約と同様に、’アジア・太平洋条約’によって集団的自衛権の発動条件や範囲を明確化、あるいは、限定化することとなりましょう。その一方で、アジア版NATOには、もう一つ、別の大問題があるように思えます。それは、韓国の存在です。

 韓国は、休戦中とはいえ、朝鮮戦争の当事国です。しかも、朝鮮戦争は、北朝鮮による侵略を理由として’国連軍’が結成されていますので、アメリカを筆頭に欧米諸国が軍隊を派遣しています。単なる二国間戦争の枠を越えた極めて複雑な様相を呈する戦争なのですが、仮に、韓国がアジア版NATOに加盟するとなりますと、日本国を含めた他の加盟国は、朝鮮戦争(第二次朝鮮戦争?)に参戦せざるを得なくなります。言い換えますと、北朝鮮が韓国、あるいは、アメリカを攻撃した途端、集団的自衛権が発動され、日本国も参戦する義務を負うこととなるのです。北朝鮮は、事実上の核保有国であり、かつ、長距離ミサイルの開発も進めています。

アメリカは、既に朝鮮戦争の当事国といってもよい状況にありますが、他の日本国、オーストラリア、ニュージーランド、並びに、東南アジア諸国等(加盟したとすれば…)は、朝鮮戦争に巻き込まれるということになりましょう。北朝鮮は、自国がロシア・中国陣営にあることを明言していますし、1961年に締結された中朝友好協力相互援助条約も未だに有効ですので、中国も同条約を根拠として参戦してくることでしょう。韓国の参加は、戦争当事国であるウクライナをNATOに加盟させるようなものなのです(仮に、ウクライナがNATO加盟すると、即、NATO対ロシアの戦争になるように、アジア版NATOと中ロ陣営との戦争となる)。

仮に、今日、既に三次元戦争が戦われているならば、アジア版NATOの結成も、第三次世界大戦への道を開くための導火線を敷くことを意味するかもしれません。二次元における中国の脅威に対抗する必要性は否定のしようもありませんが、アジア版NATOについては、世界大戦リスク含みの朝鮮戦争ファクターを無視してはならないと思うのです。

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