万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

ファクトチェックも‘デマ’になり得る

2023年09月11日 10時37分11秒 | 国際政治
 今月9月8日、日本ファクトチェックセンターは、「「関東大震災、朝鮮人が毒を入れようとしたのはデマではなく事実」は誤り」とする判定を公表しています。100年前の9月1日に発生した関東大震災に伴って発生した朝鮮人虐殺は、当時の日本人の多くが、同大震災に際して朝鮮半島出身の人々が暴動や犯罪に走ったとする情報を信じたことに依るとされています。

 先日公開された「福田村事件」を含め、同情報は流言飛語の類いであり、‘デマ’と決めつけられております。しかしながら、全く事実無根であったのか、と言う点については疑問が呈されてきました。事実であれば、‘朝鮮人虐殺事件’にあって日本人側の正当防衛の側面が強まりますし、虚偽であれば、デマ情報がもたらした民族差別的虐殺の側面が色濃くなります。

 日本ファクトチェックセンターは、朝鮮人虐殺事件そのものに関するファクトチェックのみならず、その原因となった情報の真偽の判定を試みたのでしょう。その結果は、と申しますと、上述したように「朝鮮人が毒を入れようとたのはデマではなく事実」という主張は‘誤り’というものでした。しかしながら、この判定、どこか回りくどく、人々をミスリードする誤魔化しがあるように思えます。何故ならば、「井戸に毒を入れた」は‘デマ’とされる情報のごく一部に過ぎず、部分否定をもって全否定を印象づけているからです。言い換えますと、「井戸に毒を入れる」という行為以外の犯罪はあり得ることとなるのですが、‘毒物容疑’に限っては、同センターは、嘘を吐いていないことにはなります。

 同判定に関して、日本ファクトチェックセンターは、大震災発生から1ヶ月以上を経過した後の1923年10月20日における司法省の発表を根拠としています。同省は、‘凶悪な事件で起訴されたものはいない’と述べているからです。しかしながら、同時に、「一部不逞鮮人の輩があって幾多の犯罪を敢行し、その事実宣伝せらるるに至った結果、変災に因る人心不安の折から恐怖と興奮の極、往々にして無辜の鮮人、又は内地人を不逞鮮人と誤って自衛の意を以て危害を加えた事犯を生じた」としており、組織的な暴動(凶悪な犯罪)はなかったとしつつも、一部の犯罪についてはその存在を認めているのです。

 このため、日本ファクトチェックセンターとは逆に、右派、あるいは、日本側からすれば、司法省の見解は朝鮮半島出身の人々による犯罪の実在性を認めた証言ともされてきました。この点からしますと、小規模であれ犯罪があったとすれば、同センターは、「「関東大震災、朝鮮人が毒を入れようとしたのはデマではなく事実」は誤り」ではなく、「「関東大震災、朝鮮人が犯罪を行なったのはデマではなく事実」は事実」とも表現できたはずです。尾びれ背びれが付いているにせよ、歴史的な事実としては存在していたのですから。

 たとえ朝鮮独立運動並びに社会共産主義運動と結びついた大規模な革命的な暴動ではなくとも、災害時における犯罪は、一般の日本人にとりましては脅威であり、警戒すべき事柄であったはずです。昔から火事場泥棒という言葉もあるように、火事や地震などの災害時にあっては治安が乱れるのが常です。未曾有の被害をもたらした関東大震災にあっての人々の言い知れぬ恐怖心は、想像に難くありません。ごく一部の人々の犯罪であっても、それがもたらす心理的影響が予想を超えて広がることもあるのです(群集心理・・・)。

 そして、ここに日本ファクトチェックセンターの問題も見えてきます。何故ならば、ファクトチェックによる判定もまた、人々に過剰な感情的な反応を引き起こす一種の‘デマ’となり得るからです。そもそも、同センターが100年前の出来事についてわずか1週間足らずの調査で真偽を判定できるはずもありません。歴史家でさえ、一生をかけても事実に行き着かないことも稀ではないのですから。十分なチェック時間も労力もかけていない点において、その判定が信じるに足りないことは明白です。しかも、関東大震災時における真偽の問題は、長年に亘って論争的なテーマでもありました。こうしたセンシティブな問題に対して、安直、かつ、主観的に‘朝鮮人犯罪は一切なかった’とする印象を与えるような判定を行ないますと、逆方向での誇張や拡大解釈となりかねないのです。

 この結果、同判定に対する過剰な反応が招き、韓国や北朝鮮、並びに、日本国内の朝鮮半島出身の人々が、日本人に対して怒りを新たにするかもしれません。終戦前後における蛮行は棚に上げて、自らの被害者としての意識が強まり、日本人に対する敵愾心や復讐心を燃やすかもしれないのです。あるいは、逆に、アンフェアな日本ファクトチェックセンター、並びに、朝鮮半島の人々に対する一般の日本人の不信感や反感が募るかもしれません。ここにも、100年前と同様に、情報がマイナスの‘群集心理’を引き起こすリスクが潜んでいると言えましょう。

 全知全能でもなく、また、情報伝播の危険性を熟知していればこそ、ファクトチェックセンターは、判定に際して双方の感情的な反応をも考慮したより公平で慎重な姿勢が必要であったように思えます。今般の問題のみならず、偏った作為的なファクトチェックは‘デマ’ともなり得ますし、感情を煽りかねないからです。調査や証拠等の不足、または解釈の相違により真偽の判定が困難なケースについては結論をペンディングする、あるいは、後日の公平で中立的な調査結果に委ねたほうが、余程正直で誠実な態度ではないかと思うのです(つづく)。

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