ロシアによる軍事介入を受ける以前から、ウクライナは、巨額の対外債務を抱え、資金繰りに苦しむ国でした。’ウクライナ危機’とは、かつてはこの財政危機を意味していたのですが、今では、国際紛争にその席を譲っています。ところが、今般、スイスにおいて開かれたウクライナ復興国際会議では、今後、二つの’ウクライナ危機’が合流してしまう可能性を示しています。同会議に出席したウクライナのデニス・シュミハリ首相によれば、同国の復興には100兆円を超える資金を要するそうです。
同国際会議では、「ルガノ宣言」が採択されており、復興の中心的な推進国をウクライナに定めています。この宣言によれば、復興資金も当事国であるウクライナが負担すべきということになるのですが、戦争被害に対する賠償金の問題は、本来、ウクライナとロシアとの間において締結される講和会議、並びに、講和条約の締結を以って解決されるべき問題です(もっとも、ロシアは、’戦争’であることを認めていませんが…)。ウクライナが戦勝国となれば、同国は、ウクライナ側が受けた被害額に応じた賠償金をロシアから得ることとなります。その一方で、ウクライナが敗戦国となったとしても、賠償請求権を放棄しない限り、国際法にあっては対ロ請求権は認められています。
もっとも、後者の場合には、ロシア側が賠償金の支払い要求に応じる可能性は極めて低く、ウクライナ復興資金は、重くウクライナの肩にかかってきます。しかも、既にデフォルト寸前の状況にありましたので、ウクライナが自力で100兆円もの資金を自国の歳入から拠出できるはずもありません。となりますと、海外からの資金調達を当てにするしかないのですが、ウクライナ財政の危機的な現状を見れば、同国への融資には、各国政府も民間金融機関も二の足を踏むことでしょう。国債の発行という調達手段もありますが、高利回りの外貨建てのウクライナ債を発行しようものなら、即、デフォルト宣言となりかねません。
こうしたウクライナの厳しい財政事情からしますと、ハイリスクを承知で官民の海外金融機関から融資を受けるか、各国政府からの’災害復興支援’に類する形で無償供与に期待するしかなくなります(早期に同国がEUに加盟できれば、EU予算から拠出されるかもしれない…)。前者については、既に欧州評議会銀行が2800億円規模のウクライナ復興債を発行する一方で、日本国のJICAも「平和構築債」の名称で200億円分のウクライナ支援債を発行する旨を公表しています。JICAの説明によれば、ウクライナ政府に対する有償資金協力事業に充てるとしていますが(地方自治体の購入も見込んでいるとのこと…)、こうした政府系の金融機関による債権発行は、ウクライナ債発行リスクの肩代わりとして理解されるかもしれません。
復興支援債の発行が相次ぐ一方で、ウクライナに対して多額の融資を行ってきた金融機関は、悲観的な見通しを示しています。例えば、現時点にあってウクライナへの融資が21億ユーロにも上っている欧州復興開発銀行のチーフエコノミストは、「ウクライナ経済は、停戦が実現しなければ、今年20%のマイナス成長になる見通し」と述べています。言い換えますと、ウクライナへの貸し付けが焦げ付いたり、ウクライナ関連の債権が不良債権化し、同行の財務状況が悪化することを懸念しているのです。プーチン大統領は、ウクライナ危機の長期化を示唆しており、戦争が長引けば長引くほど、復興の見通しがつかず、復興資金も膨れ上がることでしょう(投資リスクの上昇…)。
金融機関の動きはかくも‘ちぐはぐ’で不自然なのですが、少なくとも、「ルガノ宣言」にあって復興資金の使途に関する透明性が明記されたのも、同資金が、過去の債務返済に充てられる事態を予測していたからなのでしょう。このままでは、‘ババ抜き’になってしまうからです。ウクライナ復興債の行方も危ういのですが、ウクライナのシュミハリ首相は、こうした不安を払拭するかのように、ある提案を行っています。それは、復興資金は、ロシア政府、プーチン大統領、並びに同国の新興財閥(オリガルヒ)からの没収財産で賄うべきというものです。
親ウクライナ諸国の政府は、対ロ制裁措置として、既に自国内のロシア資産の凍結を行っています。推計によればロシアの全海外凍結資産は、「3000億~5000億ドル」ともされており、必要とされる復興資金の半分ほどは賄える計算となります。日銀も、ロシアから預かっている円建ての4から5兆円の資産を凍結しました。しかしながら、仮にこの案を各国政府が実行した場合、一体、何が起きるのでしょうか。
現状でさえ、ロシアは、大統領令によってサハリン2における日本国の権益を接収しようとしています。プーチン大統領やラブロフ外相等の個人資産、あるいは、民間財閥の資産のみならず、日本国政府がロシアの円建て外貨準備を没収し、それを全額外貨に換金してウクライナに提供したとなりますと、ロシアに対して、対日攻撃の口実を与えることにもなりかねません。同リスクは、ロシア資産の凍結を実施した他の西側諸国にも共通しており、第三次世界大戦を引き起こしかねないのです。ウクライナ復興支援問題は一筋縄ではゆかず、あらゆる側面を考慮しつつ、慎重にも慎重を期すべき大問題であると思うのです。