万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

キューバ危機は本当に核戦争の危機であったのか?

2023年02月01日 13時09分07秒 | 国際政治
 今から凡そ60年前の1962年に、人類は、核戦争の危機に直面したとされています。その名はキューバ危機。核戦略において遅れをとっていたソ連邦が、劣勢挽回を機としてアメリカの目と鼻の先にあるキューバに中距離核兵器を配備しようとしたことが発端となって発生した事件です。結局、アメリカ側の海上封鎖によりソ連邦がミサイル配備を断念したため、核戦争へと転じる一歩手前で立ち止まった事件として知られるのですが、このキューバ危機、今日における核戦争の危機を考える上でも、大いに参考になりましょう。ウクライナを強力に支援するバイデン大統領も、ウクライナ危機をキューバ危機に擬えています。

 キューバ危機は、同危機を平和裏に収束させたとしてジョン・F. ケネディ大統領の名声を高め、その優れた決断力と政治的手腕が後世に語り継がれるきっかけとなった事件でもあります。しかしながら、純粋に核兵器の効果というものを考えた場合、キューバ危機は、本当に核戦争の危機であったのか、疑問がないわけではありません。何故ならば、キューバへの核配備が、その過程で偶発的な米ソ間の衝突が生じたとしても、配備自体が必ずしも核戦争に直結するわけではないからです。

 先に触れたように、キューバ危機は、核戦略においてアメリカの後塵を拝していたソ連邦の焦りが引き起こしたと説明されています。同危機に先立つ1961年には、アメリカは、NATO加盟国かつソ連邦と国境を接するトルコに対して核爆弾を搭載し得る準中距離弾道ミサイル(ジュピターMRBM中隊)を既に配備し、ソ連邦を東西から挟撃し得る体制を整えつつありました。こうした状況下にあって、ソ連邦のフルシチョフ書記長は、赤色革命により共産化したキューバに核兵器を配備することで起死回生を狙う一方で、キューバのカストロ首相も、ピッグス湾事件等で明らかとなったアメリカのCIAによる政権転覆計画や軍事侵攻を防ぐ必要性を認識していたのです。核の攻撃力を高めたいソ連邦と抑止力を獲得できるキューバの双方の思惑は一致し、かくして両国は、キューバに核ミサイルを配備するアナディル作戦を実行することとなったのです。

 国民が政治から排除されるどころか、その生来の権利も自由も抑圧されてしまう共産主義体制が悪しき国家体制であることは疑いようもないのですが、国際社会の行動規範に視点を移しますと、ここで、一つの疑問が呈されます。それは、アメリカには、ソ連のキューバへの核配備、否、キューバの核保有を認める選択肢もあったのではないか、というものです(アメリカの対キューバ軍事介入計画も、海上封鎖も違法の疑いが・・・)。上述したトルコをはじめとしたアメリカによるNATO諸国に対する核配備に際して、ソ連邦はこれを黙認しています。1979年の「NATOの二重決定」際しても、双方が中距離核ミサイルの配備を認めることで決着しています。「NATOの二重決定」とは、軍縮交渉を条件としつつも、1972年以降にソ連邦が東欧諸国に配備していたSS-20弾道ミサイルによる脅威に対抗するために、西ヨーロッパ地域にパーシングⅡ弾道ミサイルを配備するという合意です。双方とも、相手側の核配備を容認することで、結局は、核の均衡による平和を認めているのです。

 さて、キューバ危機に際して成立した米ソ間の合意は、ソ連邦がキューバから核ミサイルを撤去する代わりに、アメリカは、キューバへの軍事介入を控えるというものとなりました。実のところ、トルコからのミサイル撤去も合意内容に含まれていたそうなのですが、これについては実行されなかったようです(トルコには、今なお、核兵器が配備されており、同国は核の抑止力の恩恵を受けている・・・)。一先ずは、アメリカの合意遵守による自制がキューバの共産主義体制を今日まで存続させてきたこととなるのですが、‘キューバの体制維持’という側面からすれば、ソ連邦による核の抑止力の提供であれ、米ソ合意に基づくアメリカによる体制保障であれ、結果は同じであったことになります。

 それでは、米ソ間での取引が成立する一方で、当事国であるキューバは、どのような立場におかれたのでしょうか。カストロ首相にとりましては、アメリカによって自らが樹立した共産主義体制が保障されたに等しいのですから、歓迎すべき合意であったことでしょう(故カストロ首相は、世界屈指の大富豪でもあった・・・)。しかしながら、キューバ国民はどうでしょうか。結局は、窮屈で抑圧的な共産主義体制の檻に押し込められ、経済発展もままならず、植民地時代の流れを汲む砂糖プランテーションの地主が国家に代わったに過ぎませんでした(しかも、主要貿易相手国はソ連邦に・・・)。そして、何よりも、キューバは、1970年に発効したNPTの成立に先立って、たとえ自力開発であったとしても核武装が凡そ不可能となる状況に置かれることとなったのです。

 以後、軍事大国による核兵器独占体制に向けた動きが加速化してゆくのですが、以上に述べた経緯からしますと、キューバ危機は、超大国間にあっては成功例であっても、他の中小非核兵器諸国の国民にとりましては反省材料とすべき事件であったように思えます。冷静になって振り返ってみれば、不必要な危機であったかもしれず(米ソ超大国、あるいは、世界権力によるマッチ・ポンプの疑い・・・)、これは、ウクライナ危機や今後に予測される台湾有事にも言えることなのかもしれません。そもそも、ロシアによる軍事介入を察知した時点でウクライナがNPTを合法的に脱退し、核保有に踏み切っていれば、今般の核戦争の危機は起きなかったと推測されるのですから。

 このように考えますと、キューバ危機にウクライナ紛争を喩えるならば、現在のアメリカが当事のソ連邦の立場となり、米ロ関係は逆転します(ロシアは、ウクライナのNATO加盟による核配備を恐れていた・・・)。となりますと、当事のキューバとは異なり、現在のウクライナは既にロシアから軍事介入を受けているのですから、アメリカは核の非配備をロシアに対して約する必要はなく、また、何れの国もウクライナの核保有には反対はできないはずです。何れにしましても、目下、人類に求められているのは、通常兵器による戦闘をエスカレーションさせることなく、世界権力のシナリオの裏をかくような、より賢明な判断なのではないかと思うのです(つづく)。

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