昨年の2022年6月、民間の人権団体であるアムネスティ・インターナショナルが、ロシア軍がハルキウでクラスター爆弾を使用したとする調査報告書を発表しました。クラスター爆弾とは、多数の小型弾や地雷を搭載した大型爆弾であり、これを使用しますと、広範囲に亘って殺傷・破壊効果が及びます。建物に対する破壊力は低いものの、絨毯爆撃と同様の殺傷力を有するため、投下された場合には多数の民間人の被害も予測されるのです。このため、国際社会は非人道的兵器かつ復興の阻害要因として同兵器の規制・禁止の方向へと向かい、2010年8月には「クラスター爆弾禁止条約(オスロ条約)」も発効しました。
オスロ条約では、クラスター爆弾について、その使用、開発、製造、取得、貯蔵、保持、並びに移譲の何れの行為が禁止されています。日本国も発効に先立って加盟のための批准手続きを終えたのですが、全世界の諸国が同条約に参加しているわけではありません。同爆弾を使用したとされるロシアを始め、アメリカ、中国、イスラエル、サウジアラビア、イラン韓国、北朝鮮といった諸国は署名さえしていないのです。2023年4月の段階で111カ国が参加してはいるものの、紛争当事国であるウクライナも非署名国の一国です。
かくしてオスロ条約とは、他害行為の相互的禁止という法の一般原則にも叶った内容、即ち、一般国際法としての性質を有しながらも、不参加国には法的拘束力が及ばず、国際社会全体から見れば適用の一般性に欠けております。こうした不完全な状況下では、ロシアによるクラスター爆弾の使用も、アメリカによる同爆弾のウクライナへの提供も、一先ずは国際法上の違法行為とはなりません。上述した今般のウクライナによるアメリカ供与のクラスター爆弾の使用についても、問題視しない声も少なくないのです。ロシアが使用した以上、それがアメリカの提供したものであれ、ウクライナが使用することには何らの法的な問題はないとして・・・。しかも。何れの参加国とも、オスロ条約の加盟国ではないからです。しかしながら、たとえ法的な違法性を問えないとしても、ウクライナ側によるクラスター爆弾の使用は、今後の紛争に影響を与える可能性はありましょう。
第一の懸念は、ウクライナ紛争の激化です。この見解については、アメリカからの供与を受ける以前から、ウクライナ側もクラスター爆弾を使用していたとする反論もあります(旧ソ連製のクラスター爆弾?)。仮に、既に両国とも同爆弾を使用しているとすれば、アメリカによる新たな供与が戦局を変えるほどの影響はないという主張です。しかしながら、仮にこの指摘が正しいとすれば、アメリカからの供与はウクライナ側のクラスター爆弾の在庫が底を突いた結果であり、今後は、際限なく同爆弾が紛争地に投下され続けることを意味します。つまり、紛争の長期化を招くおそれがあるのです。ウクライナにとりましては、自国領に両国が投下したクラスター爆弾の雨が降りそそぐことになりますので、広域的な破壊により復興はさらに難しくなることでしょう(日本国に対する復興支援要求額も上昇する・・・)。
また、ロシアに対する刺激となることは、当然に予測されます。仮にメディアが報じるように、プリゴジンの反乱によってプーチン大統領が‘手負いの虎’の状態にあるとしますと、ウクライナ側によるアメリカ製のクラスター爆弾の使用は、体制引き締めに利用されるかもしれないからです。国民に対して危機感並びに敵愾心を煽り、より攻撃的な行動に及ぶかもしれません。核兵器の使用を仄めかしているのも、その兆しとしても解されます。
何れにしても、アメリカによるクラスター爆弾の提供は、紛争の行方にマイナス方向への影響を与える可能性が高いのですが(世界権力は紛争の長期化と拡大を望んでいる・・・)、その一方で、プラス、即ち、紛争の終結の方向に働く可能性がゼロというわけではないように思えます。もちろん、クラスター爆弾のウクライナへの供与が同国の反転攻勢を勢いづかせ、ロシア軍を紛争以前の国境線の外に押しだし、クリミアをも奪回するとする楽観的な予測もありましょう(武力による平和・・・)。同攻撃を機にウクライナ側が完全なる勝利を得て紛争を終わらせるというシナリオもないわけではありませんが、この状態に至る過程にあって双方共に甚大なる被害が生じるのは必至です。もっとも、このシナリオの先には、敗戦を何としても回避したいロシアによる核兵器の使用もあり得ますので、結局は、プラス効果はマイナス効果に転じてしまうかもしれません。
それでは、今般のアメリカ供与のクラスター爆弾の使用にあって、紛争を鎮静化に向かわせるプラス効果は皆無なのでしょうか。仮に存在するとすれば、ウクライナの核武装に根拠を与える効果かもしれません。ウクライナは、ロシアのクラスター爆弾の使用をもって自らの使用を正当化しています。ロシアとウクライナ、並びに、アメリカは何れもオスロ条約の非加盟国ではあるものの、NPTには、国家存亡の危機に際しては同条約を脱退する権利を認めています。先述したように、ロシアは、紛争を終結させるための‘最終手段’として核兵器の使用を示唆しているのですから、ウクライナは、ロシアによる核の威嚇を根拠として同条約から脱退できるはずなのです。
ただし、アメリカが核兵器をウクライナに提供できるのか、という問題については、議論を要することとなりましょう。しかしながら、2022年5月にアメリカにあってウクライナに対する「武器貸与法」が成立した時点で、集団的自衛権に関する法文は設けられていないものの、ウクライナとは準同盟関係にあるとする解釈も成り立ちます。ロシアは、ベラルーシに対して核兵器を配備しましたが、この点を考慮しても、アメリカによる核兵器の供与の可能性も完全には否定できなくなりましょう。何れにしましても、ウクライナ紛争を早期に終結させるためには、世界権力が目指す方向とは違う道、即ち、抑止力を活用した和平へと至る道を見出す必要があるのではないかと思うのです。