第二次世界大戦後にあって米英を中心とする連合国との間で締結されたサンフランシスコ講和条約は、日本国が今日抱える領域に関する問題を平和裏に解決する可能性を秘めています。昨今、ICJは、紛争の解決について同裁判所への付託を定めた条約が存在する場合、単独提訴を認める事例が増加しているからです。サンフランシスコ講和条約は、紛争の解決をICJへの委託に求め、戦後の日本国の領域の範囲に関する条項を設けていますので、日本国政府による単独提訴の可能性が見えてきているのです。
それでは、最初に尖閣諸島問題について考えてみることとします。尖閣諸島問題の司法解決については、そもそも日本国側が‘領土問題はない’とする基本姿勢にあったことに加えて、たとえ日本国が中国との共同提訴を持ちかける、あるいは、単独提訴に踏み切ったとしても、何れにせよ中国の合意を得ることは難しいとされてきました。しかしながら、ICJに領有権に関する直接的な判断を求めることは困難であっても(もっとも、ICJが受理しないにせよ、訴えを起こすことはできる・・・)、上述したように、サンフランシスコ講和条約を踏み台とすることができます。日本国が、同条約に基づいて尖閣諸島の領有権を法的に確立しようとすれば、以下のような幾つかのアプローチがありそうです。
第一のアプローチは、第2条(b)の台湾並びに澎湖諸島の放棄に関する条文の解釈をめぐるものです。中国は、尖閣諸島の領有権を主張するに際して、同諸島を台湾の付属島嶼であると主張しております。日本国は、同条約によって台湾を放棄したのだから、これに付属する尖閣諸島も放棄したとする立場です。そこで、条約上の台湾の範囲に関する確認の訴えを起こせば、ICJは、1895年の無主地先占の法理による日本国編入や下関条約等を精査し、台湾の範囲を明確に示すこととなりましょう。
さらに、第2のアプローチとして、第3条に定めたアメリカの信託委任統治の対象地域を問うこともできます。信託統治とは、その名称が示すようにあくまでも‘信託統治’であり、日本国の領域の範囲とは関係がありません。統治権はアメリカに信託したとしても、日本国の領域を変更する法的な効果はないのです。このため、信託統治の終了は、‘領土の返還’ではありませんので、中国は、アメリカが尖閣諸島を日本国に返還したとして批判するのは、的外れなのです。そこで日本国政府は、サンフランシスコ講和条約の第3条が、戦後における尖閣諸島の帰属の変更を意味しないとする確認を、ICJに求めることができるのです。
そして、第3の‘保険的’なアプローチとしては、第2条における帰属先の空白を用いることです。第2条の各項は、日本国による領土権の放棄を定めてはいるのですが、放棄した後の当該地域の帰属先については何も語っていません。通常の講和条約では、領土割譲として敗戦国が放棄した領域の移譲先を明記するものですが、サンフランシスコ講和条約の第2条では、移譲先が記されていないため、法的には、帰属未定地域となるのです。このことは、たとえ仮に、中国が主張するように尖閣諸島が台湾の付属島嶼であったとする判決が出されたとしても、帰属未定地域であることを意味します。なお、この第三のアプローチは、尖閣諸島問題よりも台湾問題において有効な切り口であるかも知れません(中国には、台湾領有の法的根拠すらないことの確認・・・)。
以上に述べましたように、日本国政府は、サンフランシスコ講和条約を法源とするICJへの単独提訴によって、尖閣諸島問題の平和的解決の糸口を掴む可能性があります。もっとも、中国の出方につきましては、同条約の締約国ではありませんので応訴拒絶も予測されましょう。しかしながら、一端、裁判所で受理された以上、南シナ海問題における常設仲裁裁判所の判決や今般のウクライナ紛争に際しての暫定措置の決定のように、空席裁判の形で訴訟手続きが進み、判決に至ることでしょう。そして、同条訳第22条に基づく日本国の訴訟資格は、尖閣諸島周辺海域における中国の軍事的威圧行動の停止を求める、ICJに対する暫定措置要請の根拠ともなるのです(つづく)。