万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

政治力学とは何か-政治構造力学の薦め

2023年10月06日 11時18分56秒 | 統治制度論
 力とは、それが及ぶ対象に対して何らかの変化をもたらすものとして理解されています。たとえ外見的には変化が現れなくとも、圧力や温度が上がるなど、内部では力の作用によって何らかの目には見えない変化が起きているものなのです。このため、政治の世界でも、しばしば政治力学という言葉も使われています。

もっとも、政治力学という言葉が登場する時は、政治家同士の力関係が重要な決定要因となったり、有力政治家や団体等の発言が物を言うような場面が多数を占めます。例えば、法案の作成に際して、党内の有力幹部が自らの思惑や利害のために若手の意見をねじ伏せたり、ある業界において利権を有する政治家が口を挟むような場合、‘政治力学が働いたから仕方がない’といったような使われ方をします。また、政治家が関わらない純粋に民間の企業等にあっても、隠然たる影響力を有する内外の有力者からの圧力を、‘政治力学’として表現することも珍しくありません。何れにしましても、今日における政治力学という言葉の使われ方は、‘学’という文字によって惑わされがちですが、どこか密室的で不正なイメージが付きまとっているのです。

 こうした‘正式の手続きから逸脱した不当な力の行使’という政治力学のマイナスイメージの原因は、おそらく、その力がパーソナルな関係性において働いているからなのでしょう。正式な決定手続きにあって権限を有さない人物や団体等が、本来あるべき合理的な決定を歪めたり、妨げたりするからこそ、政治力学は忌み嫌われてしまうのです。‘○○議員には、△□でお世話になっている’、‘○△議員の言うことを聞いておけば損はない’、あるいは、‘△□議員は、頭の上がらない先輩である’といった、極めてパーソナルな関係が政治力学が働く経路なのです。言い換えますと、政治力学における力とは、正を不正に変化させてしまう作用として凡そ理解されているのです。

 かくして、政治力学という言葉は、時にして有力政治家にとりましては、自らの個人的な政治力を公式の職権を超えて行使し得る証でもありますので、いわば誇るべきことなのでしょうが、国民にとりましては、政治の公共性を損なう民主主義の阻害要因でしかありません。しかも、政治力学が日常用語となることで、政治における力はパーソナルな関係性といった狭い空間に閉じ込められてしまいがちとなります。こうした現状では、‘政治における正しい力の作用とは何か’といった根本的な問題も、影が薄くなってしまうのです。この風潮は、政治がイデオロギーと凡そ同一視されるようになった現代において、なおさら強まっているようにも思えます(共産主義が‘科学的’とは到底思えない・・・)。

 しかしながら、その一方で、政治における力の作用の研究は、現実の政治を改善する上でも有益なはずです。例えば、物理的な力の作用、すなわち、軍事の分野でも、力とその逆方向の抵抗力との関係は極めて重要です。国際社会における勢力均衡は、力のバランスに対する認識を欠いては成立しませんし、核の抑止力の問題も、突き詰めれば力のバランスの問題なのですから(この点、NPT体制は、力学的に見れば不均衡な構造である・・・)。物理的な意味において‘平和’が静止状態、すなわち、力の均衡を意味するならば、力学的なアプローチは欠かせないのです。

 そして、統治機構という構造物の設計に際しても、力学を避けて通ることはできないように思えます。そもそも、統治権力をその目的や機能に沿って複数の機関に分け、これらの機関に相互制御の作用を持たせるとする権力分立のメカニズムは、力の均衡に基づいています。政府や公的機関が国民から委託された公的職務や任務から逸脱したり、これらによる権力の濫用を未然に防ぐためには、制度設計において複雑に作用し合う権力のバランスを考慮しなければならないのです。漠然と権力と申しましても、決定権が最も重要な権限ではあるものの、提案、実行、制御、人事、評価などに関する権力も極めて重要な働きをします(2024年3月21日提案を加筆)。とりわけ制御の権力は、逸脱、濫用、暴走等を防ぐ抑止の役割を担い、悪政を防ぎ、かつ、統治機能を国民に安定的に提供するためには不可欠となりましょう。

 政治の分野に力学が必要となるとすれば、それは、パーソナルな関係に注目した一般的に用いられている‘政治力学’ではなく、より構造的なアプローチが望ましいように思えます。政治構造力学とでも表現すべきアプローチがあれば、今日の人類が抱えている様々な問題、即ち、権力の私物化、民主主義の形骸化、そして、独裁体制における人々の自由や権利の抑圧などの解決や未然防止に大いに貢献するのではないかと期待するのです。

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