万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

イスラエルの凄まじい自己破壊

2023年12月20日 13時36分03秒 | 国際政治
 イスラエルによるガザ地区に対する攻撃は、‘敵’に対する凄まじい破壊力を全世界に見せつけています。先日は、イスラエル軍が地下トンネルを破壊するために海水注入を開始したとの報道がありましたが、この‘水攻め’も現代人の視点からすれば、残酷極まりません。ハマス戦闘員の地上への追い出し作戦と説明されているものの、アメリカのバイデン大統領は、人質の身を案じて批判的な見解を示しているところからしますと、民間人を含め、地下トンネル内の人々が溺死することは想定内なのでしょう。否、海水注入が大量殺害の方法であるならば、この手法は、恰も害虫駆除のようであり、人を人とも思わない蛮行と言わざるを得ません。

 水攻め作戦にも見られるように、イスラエルの‘敵’に対する破壊は容赦ないのですが、その一方で、こうした非人道的な行為が、同時に、イスラエル、あるいは、ユダヤ人自身の自己破壊行為であるとする認識は薄いようです。そして、この自己破壊の結果が極めて広く多岐に亘り、かつ不可逆的に広がると言うことにも・・・。

 第一に挙げられる自己破壊とは、自らのイメージの破壊、即ち、ユダヤ人の被害者イメージです。この点については、多くの人々が既に指摘しており、その度を超した加害性は、イスラエルに対する批判の中心的な要素となっています。かつてユダヤ人は、ドイツのナチス政権自体における‘ホロコースト’をもって、自らを非寛容的な民族差別による犠牲者として位置づけてきました。しかも、組織的な民族浄化の標的ともなり、アウシュビッツに代表される強制収容所では、ガス室送りによって命を落とした夥しい数のユダヤ人がいたとされるのです。

 後にナチス政権が崩壊し、ドイツが第二次世界大戦の敗戦国となると、ユダヤ人は、‘ホロコースト’による被害を盾として、ユダヤ批判の封じ込めを開始します。その代表的な組織となるのがマルコポーロ事件で知られるサイモン・ヴィーゼンタール・センターなのですが、ユダヤ人はグローバルなネットワーク、並びに、潤沢な資金力を駆使して、ユダヤ人批判をタブーとする風潮を作り出すことに成功したのです。その努力は、今般のイスラエル・ハマス戦争にあっても初期の頃は功を奏し、イスラエルの国際法違反行為に対しても‘反ユダヤ主義’のレッテルルを貼ることで半ば封じることができました。

 ところが、同戦争の実像が、イスラエルによるパレスチナ人の民族浄化の様相を呈するに至ると、雲行きは怪しくなってきます。イスラエルに対するパレスチナ人に対する残虐行為は、まさに、ユダヤ人が受けてきた被害そのものではないか、とする批判が噴出することになったからです。言い換えますと、多くの人々が、イスラエル、あるいは、ユダヤ人を加害者側として認識するにいたったのです。そして、この認識は、如何なる非人道的な行為であっても被害者であるユダヤ人の行為は不問に付すという、これまでの‘ホロコースト・マジック’を解いてしまいました。全世界の政府のみならずマスメディア、学界、教育界などに投じてきた巨額の投資は水泡に帰し、自らが依存する‘被害者ポジション’を自らの手で破壊してしまったのです。懐疑論もある‘ホロコースト’の実態については、今後、事実の確認という検証を要しますが、今般のイスラエル・ハマス戦争におけるイスラエルの蛮行は、誰も否定ができない事実そのものなのです。

 しかも、さらに悪いことに、イスラエルは、‘被害者は被害を受ける側の気持ちを理解できるので、加害者になるはずはない’とする、性善説的な人類一般の期待をも裏切ってしまいました。‘他者の欲せざる事を為すなかれ’も人類普遍の道徳律でもあります。かくして、イスラエルは、被害者イメージのみならず、率先して異なる者への寛容や人権の尊重を提唱してきた道徳的な人々、というイメージをも失ってしまったのです。

 そして、もう一つ壊されたイメージがあるとすれば、ユダヤ人は、人類の最先端をゆく知的で洗練された人々であるとするイメージです。イスラエルはIT・AI大国でもあり、テクノロジーにあっても一歩先を行く国です。このため、『サピエンス全史』の著者である歴史学者のユヴァル・ノア・ハラリ氏などは、ユダヤ人をイメージして進化したホモ・ゼウスの概念を打ち出しています。ところが、今般のイスラエルの振る舞いを見る限り、進化どころか野蛮への退行としか言い様がありません。理性や高度な知性をもって平和な国や社会を構築するのではなく、逆に暴力をもって自らの野望を達成しようとしているのですから。

 ネタニヤフ首相は、敵の破壊が自らの破壊であることに気がついているのでしょうか。ユダヤ人を無批判な安全地帯に置いてきた被害者、リベラルな博愛主義者、超人的な知性を持つ人々というイメージは一度壊れますと、構築し直すことは極めて困難です。真にユダヤ人が賢ければ、自己破壊こそ恐れるべきなのではないかと思うのです。

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