万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

戦争という自由主義国の危機

2023年12月26日 15時40分16秒 | 国際政治
 戦争が人類にとりまして極めて危険な存在である理由は、戦闘や爆撃等による国民の多大なる犠牲や国土の破壊のみではありません。一端、戦争が始まる、あるいは、安全保障上の危機が到来しますと、国家体制を戦時体制という名の全体主義型に転換せざるを得なくなるところにあります。同転換は、全面的な移行とまでは言わないまでも、戦争当事国のみならず、同盟や通商等の関係を介して他の諸国においても自由主義経済を浸食し、じわじわと変質させてゆきます。‘蟻地獄’とも表現できるのですが、それでは、どのようなメカニズムで同変化は起きてくるのでしょうか。

 軍需の領域にあっては、国家のみが独占的な調達者です。しかも、その基本的な目的は自国の防衛や安全保障ですので、他の政策分野に優先し得る根拠を有しています。戦争並びに安全保障リスクが高ければ高いほど、優先度が上がってゆくのです。リスクが極限まで達して遂に開戦に至れば、国家存亡の危機として最優先事項として位置づけられ、如何なる犠牲やコストを払ってでも、あらゆる資源が他に先んじて軍事に投入されます。この政府による戦争に対する‘優先的資源配分’の側面は、戦争を欲する人々の存在をも説明します。戦争を介した政府と軍需産業との癒着は、両者が‘戦争利益共同体’となり得るからです。

 しかしながら、政府と軍需産業との一体化は(軍産複合体とも表現されている)、大多数の国民に不利益をもたらします。自国が戦争の当事国になれば、当然に自国の政府から徴兵されたり、敵国から爆撃を受ける可能性もありますし、統制経済の下にあって、国民の生活レベルが著しく低下するからです。もっとも、国民は、祖国防衛といった戦争の大義を前にしては、自発的に戦争に協力せざるを得ません。それでは、戦争当事国ではない国はどうでしょうか。

 経済面からしますと、他国の戦争は、非当事国にとりましては自国の兵器製造・輸出やサプライチェーンに含まれる関連企業、並びに、戦費調達に関わる金融事業者等のビジネスチャンスとなります(かつては、傭兵が戦争ビジネスの代表格であったが、今日では、若干、ワグネルなどが存在するに過ぎない・・・)。否、当事国ではありませんので、自国の軍隊や国民の犠牲を払わずして経済的な戦争利益のみを享受し得る好都合な立場にあるとも言えましょう。この点に注目すれば、アメリカが、とりわけ第二次世界大戦後は、他国の戦争に介入はしても当事国とはならない、あるいは、当事国となったとしても自国を戦場にしない理由が説明されるかも知れません。

 もっとも、戦争利益はアメリカに限ったことではなく、何れの国であっても軍事関連の企業は、戦争こそビジネスチャンスです。ビジネスチャンスと言うよりも、戦争や安全保障上のリスクが存在しませんと存続が危うくなる戦争依存企業とも言えましょう。そして、一般の非軍事部門の企業も、軍需が拡大するほど、軍事部門の生産にシフトするインセンティブが高まります。中小の部品等の供給企業も含めれば、軍需産業の裾野はさらに広がってゆきます。かくして、国内経済における軍需部門の比率は上昇するのですが、これは、自由主義経済の範囲が縮小し、多くの企業が内外の政府調達に依存する官主導型の経済への移行を意味します。そして、これらの軍事関連の企業も、‘戦争利益共同体’の一員として組み込まれるのです。

 戦争の数が増加し、規模も拡大するにつれ、経済に占める軍需部門の比率も上昇しますので、経済全体の戦争依存度も高くなります。今日でも、ウクライナ紛争によって日本企業も潤っているので、必ずしも否定的に考える必要はないとする見解も聞かれます(この見解に従えば、戦争待望論となる・・・)。しかしながら、ここで考えるべきは、戦争というものが殺戮と破壊を伴う以上、人類普遍の倫理に照らせばお金のために悪魔に魂を売るようなものであり、かつ、経済が戦争に依存する経済体制への移行は、自由主義経済をも損ねてしまうという現実です。

 戦争を欲する‘戦争利益共同体’がグローバルレベルで登場するのであり、日本国も、その一員となりつつある、否、既になっていたようにも思えます。そして、首尾良く戦争を起こすには、敵対関係にある両者を戦争に誘導する必要がありますので、‘作られた戦争論’も決して侮れないのです。戦争の時代に終止符を打つためには、まずは、自由で民主的な国家体制の変質を迫りつつ、戦争が人類の一部に過ぎない世界権力に利益と権力をもたらすメカニズムから脱出すべきではないかと思うのです。

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