万国時事周覧

世界中で起こっている様々な出来事について、政治学および統治学を研究する学者の視点から、寸評を書いています。

核の供与を求めないゼレンスキー大統領の不思議-核ファクター問題

2023年01月30日 12時06分33秒 | 国際政治
 今般、アメリカ並びにドイツがウクライナに対する主力戦車の供与を決定した背景には、今春にも実施が予定されているロシア側による大規模な攻撃計画があるとされています。NATOからの軍事支援無くして自力での防衛は困難と悟ったゼレンスキー大統領が強く供与を求め、その要請に応えたのが、今般のNATO諸国による主力戦車供与という筋書きとなりましょう。主力戦車が投入されれば、ウクライナ側は、ロシア側の大攻勢に軍事力で対抗し得ると共に、クリミアを含むロシア軍によって占領されている地域を奪回できる可能性が飛躍的に高まるのですから、同決定は、‘鬼に金棒’のようなものなのです。

 メディアの報道も、NATO側が供与した主力戦車が登場すれば、侵略国家ロシアのプーチン大統領の野心は砕かれ、国際秩序が護られるというものです。確かに、NATOの圧倒的な軍事力によってロシア軍が押し返され、原状回復が実現するならば、NATO諸国による主力戦車供与の決定に対して疑問を呈する声は少なかったことでしょう。ドイツの平和主義的消極姿勢からNATOに対する積極的な参加姿勢への転換も評価されたかもしれません。しかしながら、メディアも政治家も、その多くが重大な問題を敢えて触れないようにしているように思えます。それは、核の問題です。

 今般の決定に際しては、人類滅亡までの「終末時計」の針が、残り90秒まで進められています。同変更は、核戦争の可能性が高まったことを、多くの人々が認識していることの現れでもあります。通常兵器のみの戦いであるならば、NATOの支援強化によるロシア必敗予測は説得力を持ちますが、核問題を隠した上での説明では国民に対して無責任と言えましょう。実際に戦闘がエスカレートした末に、追い詰められたロシアが核兵器を使用するリスクは存在するのですから。核戦争の可能性がある場合、NATO側による戦車の供与は必ずしも平和に資するものとは言い切れず、より深い洞察力と発想を要する重大事項となるはずなのです。仮に、人類を滅亡の危機に陥れる核戦争に発展すれば、ドイツの方向転換は、たとえそれが‘善意’であったとしても、核戦争の引き金を引いたという点において、ヒトラーと同列の評価となるかもしれません。

 政治家とメディアの‘知らないふり’は、NATOとロシアとの直接対決への道が世界権力によって既に敷かれているかとする疑いを抱かせるに十分なのですが、この疑問は、ゼレンスキー大統領の態度によってさらに深まります。何故ならば、同大統領は、今日、主力戦車では飽き足らず、長距離ミサイルや戦闘機の供与をもNATO側に求めていますが、核兵器についてだけは、決して供与を求めないからです。

 ロシアによる軍事介入については、ウクライナ側が「ブダベスト覚書」によって核を放棄しなければ防げたはずである、とする有力な見解があります。核には、軍事行動を抑える抑止力が備わっているからです。この論理に立脚すれば、ロシアとの間で戦争状態に至った時点で、ウクライナは、NPTから合法的に脱退し、攻撃・抑止の両面における必要性を根拠として核保有に踏み切れたはずです。

 また、今般の主力戦車供与についても、ドイツの「レオパルト2」にしてもアメリカの「エイブラムズ」にしても、兵器としての能力はロシア製の戦車を上回りますので、ロシアを敗戦の淵に追い詰めることも予測されましょう。となりますと、上述したように、ロシアが核使用に踏み切る確率は格段に上昇します(ウ側が勝てば勝つほどにロ側の核使用リスクが増してゆくという反比例現象が起きる・・・)。言い換えますと、ロシアからの核攻撃に備え、これを防ぐための抑止手段としても、現時点におけるウクライナの核兵器の保有には一定の効果が期待できるはずなのです。

もっともこの場合、ロシアは、同国の核戦略にも明記されていますように、ウクライナの核武装した場合には、核不拡散の責任を負う「核兵器国」の‘任務’の一環として、ウクライナに対する核兵器の使用を示唆するかもしれません。「中国ウクライナ友好協力条約」に基づき、中国が、ロシアが核兵器を使用することを抑えているとする説もありますが、中国には国際法の遵守は期待できず、ロシアが絶対に核を使用しないという保証は何処にもないのです。

 以上の核ファクターを考慮しますと、少なくとも、主力戦車投入は、戦争の激化により双方の犠牲が増え続け、かつ、戦場が拡大するのみで、結局は‘無駄’と言うことになりましょう(消耗戦が続けば各国の戦費負担も膨れ上がる・・・)。NATO側は、通常兵器による泥沼の戦いの末にロシア側からの核攻撃のリスクに直面しようが、ウクライナの核武装の動きに対してロシアが核でウクライナを威嚇しようが、同紛争の最終局面は、何れにしても、プーチン大統領が核のボタンを押すか押さないかに行き着くからです。

行き着く先が同じであれば、ウクライナの核武装をもってプーチン大統領に決断を迫るのも一つの選択肢となりましょう。否、キューバ危機のように、核戦争の瀬戸際に至ってこそ、和平への道が開かれる可能性があります。双方の共の共倒れ、否、人類の滅亡寸前の状況を自覚してこそ、自己保存の本能が働き、双方に妥協の余地も生まれるからです。ウクライナ兵の訓練が完了し、NATO諸国が提供する戦車が実戦に配備される前の段階であれば、最小の犠牲かつ戦場をNATO諸国に広げることなく和平交渉に持ち込むこともできるかもしれないのです(つづく)。

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