鉄ちゃん爺やの 独り言

鉄ちゃん爺やは大阪に住んでますので
画像で隠れた関西の名所も紹介します。

この暑さでっさかい~   図書館へ逃げてきまっさ~♪

2013-07-20 19:34:32 | 日記
この時節、電気代の節約にも成りまっしゃろ。

お金も要らへんし、何時間居てても文句さえ言われまへんがな。

昔は学生はんが勉強する処でしたけど、今は年金生活者の溜まり場でっせ。

本を読みながら居眠りしてる方も、あっちこっちに見えまんな。

そりゃ~ クラーも効いてるし、最高の昼寝ができまっしゃろ。

(LIC はびきの) (我が町の 生活情報センター)


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我が町には図書館は6箇所おますんやけど、この建物の地下1階に
中央図書館がありまんねん、我が町では一番大きいんやそうですわ。

蔵書が12万冊と称するので、地方都市としては頑張ってるんと違いまっしゃろか。

玄関を入ったらこんな感じのフロアになってますんや。

(LIC はびきの 1階フロア)


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此処は~ 日曜日などはバザーや展示会などに使うホールでっせ。

ほな~ 階段を降りて図書館へ行きまひょ。

(我が町の 中央図書館)


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右側の本棚が児童用のコーナーでっさかいに低く作られてますんや。

左側が大人用で索引ごとに分けて書庫が30以上はおますかな。

こんなコーナーも有りまんねんで~

(ダルビッシュ有 文庫)


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大リーガーに成ったダルビッシュ有・投手は我が町の出身なんですわ。

日ハム時代から1勝するごとに10万円でっさかいに年間150万~180万円
我が町の子供たちの福祉に使って欲しいと毎年寄贈してくれはりまんねん。

その寄付金の一部を使って毎年ながら本を買い増しているんやそうでっせ。

ダルビッシュ球場という公式試合用の野球場も設計中だそうですわ。

わてが~ 今日来たのには訳がおますんや。

(鉄道手帳 西日本編) (2009年 東京書籍 発行)


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この本が借りたくて先週の土曜日に来ましたんやけど、見当たりまへんでした。

パソコンで検索してもらったら、登録されてまへんだって。

そんなことあれへんがな~  2~3回ここで見たんやから。

(鉄道手帳 東日本編) (2009年 東京書籍 発行)


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これ2冊でペアの本やさかいに、1冊だけ登録されてるちゅうのは変やと思いまっせ。

そんな訳で、他所の図書館からお借りするちゅうことになりましたんや。

その本を大阪府立図書館から拝借したからとのTELが昨日おましたんや。

(大阪府立 中之島図書館)


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此処からお借りしてきたようでんな。

大阪府ではお互いに保有してない本を図書館同士で貸し借りできるサービスを
無料でやってくれますんや。

おそらく鉄道ファンの誰かが無断で持ち出してしまって猫ババ
1冊だけが行方不明になってしまったんでっしゃろな。

同じ鉄道フアンとしては腹が立つ違法行為やと思いますんやけど。

図書館も棚卸で見つからないのでパソコンから消去してしまったんでしょうな。

それじゃ現在、わてがこの図書館で読んでる本を紹介しまひょ。

(ハプスブルグ帝国史) (1997年 刀木書房 発行)


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オーストリアの首都であるウイーンは我が町と友好親善都市としてお互いに
仲良くしている関係なんですよ。

お互いに歴史の有る古い都市だというのが始まった経緯のようでんな。

だから我が町の中央図書館にはオーストリア関係の蔵書が沢山おますんや。

ご存知の通りハプスブルグ家ちゅうのは中世から900年近くヨーロッパで
栄え第一次世界大戦の敗戦で滅亡した欧州の名家ですわな。

他に今日はこんな本と合わせて4冊だけ貸出しをしてもらいましたんや。

(王朝貴族の 病状診断)  (2006年 吉川弘文館 発行)


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この本は、わてが好きな日本歴史を読んでたら現在では使われない病名が
時々でてきますんや、それで一回読んでみようと思いましたんや。

ここ中央図書館は専門書から学術書や雑誌や文庫本まで揃えてますんで
学生さんにも人気の有る図書館なんですわ。

夕方になってきましたんで、そろそろ帰ることにしまひょ。

ほな~ 今日はこれで失礼しまっさ さいなら~










鉄ちゃん爺や    我が家の周辺を写してみました。

2013-06-07 20:51:33 | 日記
梅田新歩道橋を書き込む予定でしたんやけど、6月10日に

「ROHTOよろこビックリ梅田新歩道橋」としてスタートしまんねんて。

何んだか大阪らしい面白い名前をつけまっしゃろ。

そんな訳で14日に梅田へ出かけまっさかいに写し直してきまっさ。

大阪のロート製薬さんが年間610万円(ロートのゴロ合わせ?)で
大阪市から3年間の命名権を取得して使用することに決まりましたんや。

詳しいことは来週に書き込ませてもらいまひょ。

梅雨入りしたんやけど今週は雨が降りまへがな。

まあ~ 5月やというのに早いこと梅雨入り宣言を出したのが間違いでしたかな。


(我が家に迷い込んだ雨蛙ちゃんです)


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(我が家に咲いた紫陽花)


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(我が家の花菖蒲)


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雨は降りまへんけど花は梅雨らしいのが咲いてまっしゃろ。

ほな~  町内を散歩しまっせ。

(我が町内のメイン通り)


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我が家も含めてこの辺りは近鉄さんが昭和の30年代前半に宅地開発を
しはりましたんや。

室町時代のお城の跡ちゅう訳で「城山住宅」と呼ぶようになったそうですわ。

(公共施設循環バス停)


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この辺りは不動産が安い時代だったんで各々の敷地が約100坪ぐらいおますんや
そんな訳でほとんどが一戸建ての住宅になってまんな。

鉄ちゃん爺やより少し年配の方が多く住んでいるので子供さんの姿が見られまへん。

ただ、年配の方が亡くなって不動産が売りに出されると一区画が三つぐらいに
分割されて小さい家が増えてきた感じもしますんやけど。

(安閑天皇皇后 春日山田皇女御陵)(かすがやまだひめみこ)


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安閑天皇の御陵も在りまっけど、その皇后さんの御陵も200mぐらい離れた処に
どちらも我が「城山会」という町内会のエリア内になりますんや。

画像の参道は宮内庁の所有地で150mぐらい先に御陵が在るんですわ。

(安閑天皇皇后 春日山田皇女 高屋陵)(かすがやまだひめみこ)


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この春日山田皇女というお方は第24代仁賢天皇の娘さんで弟の第25代武烈天皇が
崩御されてお世継ぎが無くヤマト王朝が一旦断絶したと言われてますんや。

日本書紀によると応神天皇四世の孫を北陸・越の国(現在の福井県)から招き
春日山田皇女の姉さまである手白香皇女の入婿として皇位を嗣いだとされてます。

同時に継体天皇の長男も妹の春日山田皇女と結婚することになったようですわ。

この第26代継体天皇が歴史的には存在が確実と考えられている現在の
天皇家のルーツだと鉄ちゃん爺やは考えてますんや。

第27代安閑天皇は継体天皇がまだ越の国に居られた時に尾張の連・草香の娘との
間にお生まれになった長男で「勾大兄皇子」(まがりのおおえのみこ)と呼び
歴史上にこの後、よく出てくる大兄皇子(おおえのみこ)の初代のお方でっせ。

(安閑天皇皇后 春日山田皇女 高屋陵)


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古市古墳群には古代の天皇と伝えられている御陵が七つばかりおますんやけど
全てがお堀に囲まれていて近づくことは出来まへんのや。

この安閑天皇皇后 春日山田御陵だけはお堀がなくて入ろうと思えば墳丘に
登ることが可能でっせ(立ち入りは禁止になってます)。

10年ぐらい前に墳丘が崩れて復旧工事がされる前に鉄ちゃん爺やも
一度だけ内緒で墳丘に登ったことがおますんや。

目測で測ったら80m四方の敷地を持つ方墳だと思いますけど。


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こんな感じで安閑天皇皇后 春日山田御陵の周囲は民家で囲まれてますんや。

この時代にはまだ皇后という名称は決まってませんでしたので
正式には「大后」(おほきさき)と呼ぶのが正しいんでっせ。

このお方が歴史上に一度だけ登場したことがおますんや。

興味のない方はスルーしておくれやす。


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第27代安閑天皇そして同腹の弟である第28代宣化天皇が相次いで崩御されました。

春日山田皇后のお姉さまの子供である第29代欽明天皇が即位される前に
こんな話が日本書紀の欽明天皇即位前紀に書かれてまっせ。

「余 若年く識浅くして未だ政事に閑ず 山田大后は明らかに百揆に閑ひたまえり」

「請ふ 就てで決めよ」

(欽明天皇)余は年も若く未熟で知識も浅く政治に通じていない

山田大后はそれができる、よって天皇の位に就いて政治を行って欲しい。

「山田大后いわく、萬機の難きに婦女に安ぞ預かむ」と固守されたとか。

(山田大后)萬機に難しい政治なのに婦女子では務まらないですよ。

そんな訳で第29代欽明天皇は若いながら即位され約30年ちかくの間
天皇の位に就かれたと書かれていますね。

普通ならこんな身内のお話を日本書紀に書き込む必要はおまへんのやけど
書き込んであるということは大事な言い伝えだったんでしょか。

日本で初の女性天皇はこの欽明天皇の皇女である推古天皇なのはご存知でしょうが
春日山田皇女がひょっとしたら女性天皇初代になった可能性があったようですな。

当時の皇室財産は大后が管理すると同時に後継の天皇を決めるのにも
大きな発言力を持っていたようでんな。

この大后である春日山田皇女が皇室財産を握っていて、しかも前王朝の血統を
受け継ぐと同時に欽明天皇には叔母にあたる朝廷の実力者であったんでしょうね。

欽明天皇の母親にあたる手白香皇女(たしらかのひめみこ)はこの時には
既に死亡していたんでしょうか日本書紀には何も書かれていませんな。

ほな~ 今日はこれでお仕舞いにしまひょ。 さいなら~










鉄ちゃん爺や   うめだを  デジカメ散歩

2013-06-01 19:28:07 | 日記
グランフロント大阪に眼が向いてまっしゃろ。

鉄ちゃん爺やは一寸だけ表舞台から外れてみまひょ。

まずは~ 腹ごしらえでんな。

(大阪 竹葉亭)


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大阪には竹葉亭ちゅうのが三つおますんや、暖簾分けしたんでっしゃろな。

東京竹葉亭が一番古くて阪急の創業者小林一三はんが昭和の初期に東京から
招いたそうで現在はリーガーロイヤルホテルと兵庫県西宮市におます。

中之島竹葉亭は現在は心斎橋と御堂筋に残ってますが本店があった
中之島は閉鎖されて現在は更地になってまっせ。

わてが~ 入った大阪竹葉亭は北新地を本店に新阪急ホテルや阪神ホテル
それに大阪駅のサウスゲートビルにおますんや。

他にも阿倍野店や大阪中央市場内にも店を構えてはりまっせ。

わては、「鰻」だけは関西風より関東風が昔から好きなんや~

関西風はタレ付けて直接焼きまっから油濃くて「ひつこい味」でんねん。

ひつこい~ って関西弁で標準語では「しつこい」といいますんかな。

(鰻丼 竹) 


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関東風は白焼きにしてから一度蒸してそれから三度ぐらいタレ付けて焼くんでしたね。

だから脂肪分が飛んで、どちらかと言えば食べやすい味になりますのかな。

たった1切れしか鰻が入ってへんのに、これで1450円もしまんがな。

ホンマに鰻丼が高級料理になりましたな、昔はこの並で90円ぐらいでした
勿論、わてが中学生時分のお値段ではおますけど。

一昔前までは並の鰻丼でも700~800円台で食べられたんと違いまっか?

(グランフロント大阪 南館1階にて自分撮り)


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グランフロント大阪には初めて関西へ進出した店やら有名なブランド店などが
並んでますんやけど、あまりお客が入ってるようには見えまへんのやけど。

珍しいので、あちこちと見て回るだけで人が流れている感じ。


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(グランフロント大阪の北館から 新阪急ホテル方向を撮影)


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(グランフロント大阪 南館3階から通路を見下ろす)


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(グランフロント大阪  うめきた広場からJR大阪駅を撮影)


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(JR大阪駅2階から グランフロント大阪を撮影)


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前回のブログに同じ処から写した画像を載せてまっけど、あれは午前11時頃。

今回のは同じ場所からでっけど午後の2時前すごく混雑してきましたで。

それでは~ 人ごみを避けて大阪駅の南側へ廻って見まひょ。

(JR大阪駅 ノースゲートビル内  専門店街 ルクア)


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(JR大阪駅 ノースゲートビル内 JR三越・伊勢丹)


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この二つは昨年5月に完成したJR大阪駅と同時にオープンしたライバル同士ですわ。

この1年間は比較されてきましたんやけど、常に勝ち組が専門店のルクアで
負け組がJR三越・伊勢丹だということになってますんや。

JRがテコ入れしてますんやけどルクアには売上総額で勝てまへんんでしたな。

グランフロント大阪ができたので、ルクアは勝ち組に残れるかどうかが注目ですわ。

これからは新しいライバルが出現して激しい販売競争が始まるようでっせ。

(DIAMOR OSAKA) 


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大阪の梅田界隈は地下街で複雑に繋がってますんや。

ここDIAMOR OSAKAは西梅田でJR大阪駅とJR北新地駅を
地下街で結んで15年ぐらい前に完成したこれも専門店街ですわ。

ここがグランフロント大阪が出来て一番に影響がでるとか言われてますな。

人の流れが北向きに大きく変わってますんで大変でっしゃろ。

(JR北新地駅 改札口のモニュメント)


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「あいたかってん~ 首を長くして待ってます」

大阪人の遊び心で造られた銅像でっけど、どこか寂しげにみえますんやけど。

昼間でっけど有名なキタ新地を少しだけお見せしまひょ。


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(新地本通りから キタ新地の中心街を撮影)


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現役時代はなんどもキタの新地は接待などで通いましたんやけど
もう年金生活の、わてにはとてもじゃないけど自腹では行けない街でおます。

座っただけで○○万円ぐらいする高級クラブや高級な割烹が並んでますんや。

奥に見えているのが梅田界隈で一番背の高いハービス大阪ちゅうビルだっせ。

高さが約190mでこの辺りで許可がでる最大の高さなんですよ。

以前にもお話しましたけど航空機の着陸コースだから高さ制限が厳しいんですわ。

キタ新地は夜になるとこんなイメージに変わるんでっせ。

(新地本通り キタ新地の中心街)


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(大阪駅前第3ビル)


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この画像の中央がお江戸日本橋からやってきた国道1号線の終点になりまっせ。

梅田新道の交差点で大阪のメインストリート御堂筋はこの左側からスタートし
国道2号線はここが起点で奥の方へ向かって下関市まで続いてますんや。

この駅前第3ビルは大阪で宝くじの高額当選がでるので有名になってまんな。

ほな~ 今回はこれぐらいにしてお仕舞いにしまひょ。

次回は大阪市が入札で年間610万円で命名権を許可する賃貸契約した
梅田新歩道橋のお話をさせてもらいまっさ。




鉄ちゃん爺やの  グランフロント大阪  デジカメ散歩

2013-05-26 19:10:35 | 日記
今日5月26日でグランフロント大阪がオープンして1カ月になりましたで。

グランフロント大阪って それ何~  

関西以外のお方には馴染みがおまへんかな。


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何でもこの1カ月で来訪した人が700万人を軽く超えたんやそうでっせ。

あの東京スカイツリーでさえ1カ月経過で513万人でっさかい凄いでっしゃろ。

わても~ 開業してから初めて行ってきましたんや。

(グランフロント大阪 店舗のガイドブック)


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どうせ~ 人が多くて食事はでけへんやろと思ってましたんや。

でも、どんな感じなんか興味はおましたがな。

JR大阪駅を降りて2階へのエスカレーターから写したのがこの画像ですわ。


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JR大阪駅とグランフロント大阪は2階部分が歩道橋で繋がってまんねんで。

地上の1階部分より、この歩道橋を渡って入館する人が大半でっしゃろな。

ほんなら~ 南館から紹介しまひょ。


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入館したら直ぐに眼につくのがこのP社のセンターでんな。

ここがオープンする前は大阪の京橋近くにショルームとセンターがおましたんや。

高い賃料を払ってグランフロント大阪の一番手前の入口付近を獲得したようでんな。

わてが浴室をリフォームした時はここのに決めたこともあって
地下1階のショルームを覗かせてもらいましたんや。

でも写真撮影はお断りだそうでお見せすることができまへんがな。

来年の消費税引き上げもあってか商談室はリフォームを計画する方で
凄く賑わってましたで。

南館と北館の間を東西に大通りがおますんや。

(グランフロント大阪 南館前のオープンカフェ)


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一般の公道を半分だけ占有してオープンカフェを常設する許可が下りたんやそうな。

日本では東京の新宿に次いで二番目だそうで外国には沢山あるそうでっせ。

南館と北館の東西に四ヶ所あってケヤキ並木が日陰を作るようにしてますんや。

東西の大通りは歩行者は横断ができまへんので2階へ上がりまひょ。

(南館と北館を繋ぐ 専用歩道橋)


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グランフロント大阪は北館がメインにして造られたそうですわ。

産・学・官 の三者で作る最先端技術などを紹介する施設もおますんや。

(北館6階から ナレッジプラザを見下ろす)


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ここ6階には人気のお店がおますんや。

入れないのは覚悟してましたけどデジカメで撮影だけはしてみましたで。

(近畿大学水産研究所 直営の養殖魚料理の店)


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わての独断かもしれまへんけど、グランフロント大阪に出来たカフェや飲食店が
約90軒ぐらいおますんやけど、一番人気があり話題性もあるお店でっしゃろな。

和歌山県の串本で近畿大学が本マグロの養殖に成功したのはご存知でっか?

その本マグロを食べさせてくれる店ちゅうんで連日の大はやりやそうですわ。

お昼のランチなら2000円~3000円ぐらいで一寸だけ高いけど
本マグロの三点盛り(大トロ・中トロ・赤身)などヨダレがでそうでんがな。


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10時から入館開始で11時にお店がオープンでっけど午前中に完売だっせ。

いま行列に並んでいる方々はおそらく午後の2時ぐらいにお昼にありつけるのかしら。

噂には聞いてましたが凄い人気で鉄ちゃん爺やもビックリしましたわ。

お隣のお店も行列ができてまっせ。

(薬膳フレンチ 旬穀旬菜) (ロート製薬さんの直営だそうな)


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有名なフレンチの巨匠・三國シェフがプロデュースする家庭薬膳ランチだそうな。

わてはこんなのには縁がおまへんので知りまへんのやけど。

お店の隣にこんなのが栽培されてましたで。


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水耕栽培されてるんでっしゃろな、旬穀旬菜シティフアームちゅうんですって。

ここで栽培された野菜もお隣のお店で利用して提供するシステムでんな。

流石に製薬会社でっさかいにユニークなことを考え出したもんですわ。

(うめきたフロア  グランフロント大阪 北館6階)


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このフロアは深夜から午前4時まで営業するそうだっせ。

ビールやワインやお酒を注文してテイクアウト形式で料理を取り
周囲にあるテーブルで仲間と飲み明かす、そんな光景がみらるんでっしゃろな。

勿論でっけどお昼の時間でも利用はできますんや。

昼間もお目当ての飲食店に入れないんで、ここで飲み食いしている方も多いでっせ。

それじゃ~ 1階まで降りてみまひょかな。

(グランフロント大阪  北館1階 ナレッジプラザ)


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ここの広場で産・学・官の三者が創り出す最先端技術を体験したり
試作品に触れること等を考えて造られたのがナレッジキャピタルで
この日も地下1階では世界一の展示イベントが行われていましたで。

それじゃ北館の裏手へ廻ってみひょかな。

(ザ・ガーデン  グランフロント大阪 北側)


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約4000㎡の敷地に都会の喧騒を忘れさせるような緑地を創り出すとの
考えで人口的な水辺や樹木が植えられていますな。

5年もしたら大都会大阪とは考えられないようなお気に入りの場所と
なるのかもしれまへんで。

(グランフロント大阪  北館の屋外に在る水辺)


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水の都大阪ですからグランフロント大阪の周囲は人口の水辺や池が作られていますよ。

子供が水遊びもできるような環境も考えているんでしょうな。

(うめぐるバス  グランフロント大阪TMOが運営しています)(定員35名)


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阪急梅田高速バス停を起点に時計と逆回りに10分間隔で運行されてまんな。

梅田阪急バス停~茶屋町~うめきた~西梅田~北新地~JR大阪駅~うめきた
~梅田阪急バス停  (1周 約30分)

大人1回(100円)子供1回(50円)で梅田界隈に12箇所のバス停を設けて
将来は無料にする計画なんだって。

梅田をぐるっと巡るという意味から「うめぐるバス」と名付けられたそうだっせ。

実際の運行は阪急バスさんに委託されているようでっけど。

(グランフロント大阪で 鉄ちゃん爺や 自分撮り)


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(グランフロント大阪 南館1階付近)


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(うめきた広場  ドイツのビール祭り)


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飲もうと思いましたんやけど、ビールとソーセイジで3000円じゃ高いですわ。

いくら本場ドイツのビールとソーセイジでも年金生活者でっから敬遠しまひょ。

(何処かの関西系 テレビ局の取材ですな)


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鉄ちゃん爺やも1分ぐらい撮影されましたんやけど、どうせこんな年寄りは
テレビに放映されることはおまへんわな。

どこのテレビ局かは尋ねまへんでしたわ。

それでは腹も減ったことやしどこかで昼食にしまひょかな。

ご飯を食べてから続編を貼り付けることにしまひょ。

ほな~ 今日はこれでお仕舞い  さいなら~

鉄ちゃん爺や    我が家にはこんな花が咲いてまっせ。

2013-05-17 21:47:53 | 日記
久しぶりに我が家の庭に咲く花を紹介しまひょ。

春から初夏の花が色々と咲いてまっせ。

(パンジーの寄せ植え)


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なんか~ 変なのが真ん中に混じってまんな。

アップしてみまひょ。


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これはパンジーじゃなくて四葉のクローバーだっせ。

植えた記憶はないと内の奥さんは言ってますけど。

パンジーの苗に四葉のクローバーの種が紛れ込んでいたんでっしゃろな。

2月頃に園芸の店で売ってましたけど高いから買いまへんでした。

(園芸の店で売っていた 四葉のクローバー)


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昔は四葉のクロバーって野原で探しても、なかなか見つかりまへんでしたな。

最近は園芸店で売ってるので有り難みがおまへんけど。

我が家では勝手に生えてきたからラッキーちゅう感じですわ。

(我が家の生垣)


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黒っぽい石は生駒石といいまんねんで、変成岩で7千万年~1億年前に
地下のマグマが花崗岩に侵入して冷えて出来たんやそうな。

大阪府と奈良県の境に在る生駒山で主に産出する岩でおます。

昭和の30年代には関西では生垣用の石として盛んに使われましたんや。

現在は地表に近い物が堀り尽くされてほとんど手に入らないそうでっせ。

重たい石で1トンリフトで持ち上げたらリフトのお尻が浮き上がりましたで。


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生駒石の間にサツキを埋め込んでおますんや、石が硬いのでサツキは40年ぐらい
昔に親父が植えたものでっけど大きさがあまり変わりまへんな。

昭和の30年代にはこんな生垣が流行で、ご近所でもあちこちにおましたんや。

最近は家を改築されたりして減っては来てまんな。

(我が家の門柱の側に造った  寄せ植えの花壇です)


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我が家の庭に咲いている花を並べてみまひょ。

まずはジャスミンから行きまひょか。


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次はガーべラでっしゃろな。


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こんどは八重のクレマチス & 単衣のクレマチス


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次の花は昨年から咲いてますんやけど名前が未だ分かりまへんのや。

どなたかご存知の方が居られたらコメントを頂けたら有難いんでっけど。


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次はバラでっけど育て方が下手で自慢できる花じゃおまへんねんけど。

確かにバラは虫も付くし育てるのには難しいとは聞いてますんや。

バラ 黄色 & ピンク


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これは園芸用の桜草だそうでっけど、今年はまだ咲いてまんな。

例年ならGWには萎れてしまうんでっけど。


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最後は西洋オダマキでっけど今は黄色のみ咲きましたんや。

西洋オダマキは四種類ぐらい咲かせますんやけど内の奥さんが好きな花でおます。


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ほな~ 今日はこれぐらいにしときまひょ  さいなら~


鉄ちゃん爺や    大阪市営地下鉄  初代を撮影

2013-05-11 17:25:32 | 日記
GW中に鉄ちゃん二世に誘われてお出かけでしたんや。

大阪市役所の玄関前に昭和8年(西暦1933年)に製造された
初代の地下鉄の車両がトレーラーで持ち込まれたんですわ。

その大阪市営地下鉄が開業80周年を迎えた記念行事なんだって。

御堂筋フェスタ2013まで展示されるようでんな。



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(大阪地下鉄 100型 地下鉄)


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鉄道に興味のない方はスルーしておくれやす~


(大阪市営地下鉄 100型の説明書き)


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この電車は1933年(昭和8年)に大阪に地下鉄が初めて走った際に
製造された10台の内で永久保存されている1台でおます。

普通なら101号車を残すんでっけど105号車が採用されたのは
戦前のまま白熱灯が車内に使われていたのが理由だそうでっせ。

昭和44年(1969年)に引退したんでっけど当時は既にほとんどの車両が
蛍光灯に付け替えられていたので珍しい電車だったそうな。

最後はひょっとしたら予備車で残されていたのと違いまっしゃろか。

左の隅に鉄ちゃん二世が得意の一眼レフで撮影中なのが見えてまっせ。


(大阪地下鉄 行き先表示板)


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当時、開通したのは梅田駅~心斎橋間のたった3.7kmしかおまへんでした。

それでも珍しいので大阪人は行列して乗りに行ったちゅう記録が残ってま。


(永久保存 100型 105号車の銘板)


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当時はこの電車を人間と牛に引っ張らせて梅田の工事現場から搬入したんやそうな。

今では考えられない80年前には牛が機械の代わりを勤めていたちゅう事ですわ。

現在は東京メトロに次ぐ8路線約130kmの営業キロ数を誇る
日本で一番大きい公営鉄道だっせ。

ただ初乗りが3kmまで200円と高いのでJRが利用できるなら
天王寺駅~梅田駅間は190円で地下鉄の270円よりも安いんでっせ。

大阪市営地下鉄は8路線のうち4路線が黒字をキープしてまんねん。

そんな訳で橋下市長はんは数年先に地下鉄を民営化にすると言ってはりまっせ。

初乗り運賃も10円か20円ほど値下げするとの話もおますんや。


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現在は地下鉄の黒字を赤字のバス路線の補填に回すという事をやってるんやそうな。

バス路線も民営化して採算の取れないバス路線は廃止するとか言われてますんや。

大阪市内でもバスしか走ってない周辺部が在ってどうするかモメてますな。


(大阪市の赤バス)


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この赤いバスは平成8年(1996年)路線バスが入れない地域に走らせた
赤バスで100円均一で大阪市内在住の70歳以上の方は無料でしたんや。

元々は区役所や病院・診療所などに行く高齢者を対象にしたサービスでした。

同一の区内のみを走る地域バスの事業ちゅう訳でしたかな。

わても良く見かけましたんやけど、ほとんど乗っている方がいまへんがな。

そんな訳で今年の3月末で一部(5路線?)を残して廃止されましたんや。

これなども橋下改革の一つでっしゃろな.

大阪市役所の裏側へ廻ってみまひょ。


(大阪府立 中之島図書館) (国の重要文化財)


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立派な建物でっしゃろ。

明治37年(1904年)に住友家から寄贈を受けて完成した図書館で
ネオバロック建築ちゅんやそうで国の重要文化財に指定されてますんや。

大阪には住友家から寄贈を受けた建物や庭園が数多くおますのが特徴でんな。

大阪の大空襲にも焼けずに残った貴重な建物だっせ。

一般書に学術書と共に大阪の古文書など約50万冊が保管されてまんねんで。

この図書館も大阪府と大阪市の統合で廃止するとの計画だっせ。

廃止して、その後に利用する方法がまだ未定でおますけど。

ほな~ 今日はこれで失礼させてもらいまひょ さいなら~








鉄ちゃん爺や    花博記念公園を訪ねて

2013-05-07 20:08:53 | 日記
大阪の鶴見緑地で「国際花と緑の博覧会」が開催されたのは
1990年(平成2年)のことでおました。

わても~ ぎりぎりの40代でまだ若かったんでっせ。

最近は鶴見緑地を花博記念公園と呼ぶようでんな。

(花博記念公園 専用のマンホールの蓋)


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ここは大阪市の鶴見区と守口市の境目になりまんねん。

そやけど、守口市の地域も含めて昔から鶴見緑地と呼んでましたんや。

120ヘクタールもある大きな都市公園だっせ、本家本元の「万博公園」に
面積では負けまっけど大阪市内では一番大きな緑地公園でっしゃろな。

GWに息子の車で久しぶりに行ってきましたんですわ。

(花博記念公園  中央通りの並木)


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この木はメタセコイヤでんな、春の新緑も綺麗でっけど
秋に黄葉すると一段と引き立つように思いまんな。

花博記念公園の真ん中に大きな池がおますんや。

(花博記念公園の 大池)


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花博をやっていた頃は樹木も少なくてパビリオンだけが目立ちましたんやけど
流石に20年も過ぎると木が大きくなって公園らしくなりましたわ。

此処は大阪府の四大緑地の一つになってますんや。

(お転婆の 孫娘でおます)


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喧嘩相手のお兄ちゃんが今回はサッカーの試合で帰ってこなかったので
大人しくしていますが小学校の5年生なんですわ。

ふっくらとしてDNAは内の奥さん似かもしれまへんな。

内の奥さんと並んで写したらこんな感じでしたわ。


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平成2年の花博が終了した後に参加国から寄贈された庭が幾つか残ってますんや。

でも橋下ちゃんの経費節減方針かもしれまへんが手入れが行き届いてまへんな。

ネパールの庭園などは危険なので立ち入り禁止もおまっせ。

(韓国庭園の入口 大興門)


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これは在日の方が再生したから割と綺麗に残ってまんな。

内部を覗いたらこんな感じでしたわ。


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こちらは日本庭園だっせ、そんなに大きくはおまへんけど。

(花博記念公園に在る 日本庭園)


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内の奥さんが好きなバラ園の方へいってみまひょ。

でも~ まだ少しだけ早すぎて、あまり咲いてまへんでしたわ。

(花博記念公園の バラ園)


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ここ鶴見緑地にはオランダから設計図を取り寄せた本格的な風車がおますんや。

この風車は花博の開催される10年ぐらい前から出来てましたな。

鶴見緑地の撮影ポイントとして昔から有名でしたんや。

(花博記念公園の 風車の丘)


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現在は夏に向かうんでサルビヤが一面に植えられてましたで。

春はチューリップ 秋はコスモスと四季によって花が変わるそうですわ。

鶴見緑地といったらこの風景がパンフレットにも載ってまっせ。


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(園内を走る 電気自動車)


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お年寄りと身体障害者の方は無料で乗せてもらえるそうですわ。

園内を約30分で一周してくれるようでんな。


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(鉄ちゃん二世 & 内の奥さんです)


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長男は一眼レフで撮り鉄を趣味にしてまんねん、小学生の頃には
国鉄であちこち連れて歩いたんで、鉄ちゃん二世になったようですわ。

この後で、大阪市役所前に展示されている大阪市営地下鉄の初代の電車を
二人で写しに行きましたんや。

久しぶりに親子の鉄ちゃんにプラス孫娘まで真似てカメラで撮影会でしたで。

(プラタナスの並木道を 親子三代)


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(花博記念公園の 展望台)


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この展望台は花博の開催に合わせて造られた物でしたかな。

現在は立ち入り禁止になってて入れまへんわ。

(花博記念公園 中央駐車場より撮影)


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次回は大阪市役所前に展示されている初代の地下鉄を紹介しまひょ。

ほな~  これで失礼しまっさ  さいなら~

鉄ちゃん爺や    祝! グランフロント大阪 オープン

2013-04-27 15:21:51 | 日記
4月26日にグランフロント大阪がオープンしましたで。

「大阪最後の一等地」に出来た複合ビル群の名称がグランフロント大阪ですわ。

何でも初日だけで32万人の方が押しかけたちゅうことでんがな。

オープン一週間前の画像でっけど観てくれはりまっか。


(グランフロント大阪 タワーA)


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JR大阪駅の北側に四棟の超高層ビルが並んでますんや。

このタワーAが一番高いそうで約185mとか言われてまんな。

わてが、訪れた時はオープン前の準備に大忙しの状態でしたわ。

(グランフロント大阪 PR用の幟)


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(グランフロント大阪 タワBー南側入口)


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(グランフロント大阪  タワAー・タワーB 前の大通り)


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この大通りには東西に「ケヤキ並木」が、南北には大阪市のシンボル「銀杏」が
植え込まれてますんや。


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ここは公道になってますんや、大阪府の道路だと思いまっけど。

特例により建物寄りにオープンカフェが、常設で四店舗出来るそうですわ。

なんでも東京の新宿駅東口近くに有るんやそうな、ここが二箇所目なんだって。

画像の右端に椅子と机が置かれているのが見えてまっしゃろ。

4月26日の初日は午後の3時頃に夕立があって風も強くなり
オープンカフェからお客が逃げ出す騒ぎもおましたそうな。

欧米では良く見かける風景だそうでっけど日本ではまだ少ないそうでんな。

ほな~ 今度は南北の通りを歩いてみまひょ。

(グランフロント大阪 北口広場)(うめきた広場)


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まだ~ 関係者以外は立ち入りができまへんでしたんや。

此処はJR大阪駅との通路を利用してイベントなど催す広場になるようですわ。

(グランフロント大阪 うめきた広場から JR大阪駅を撮影)


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ここを「うめきた広場」と名前を付けたそうで、お祭りやイベントで
グランフロント大阪を盛り上げるちゅう考えのようでんな。

正面に見えるのがJR大阪駅のノースゲートビルで左側に少しだけ見えてるのが
グランフロント大阪のタワーAでっせ。

(うめきた広場)


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グランフロント大阪の超高層ビルの周囲は人口の川や池が造られてますんや。

水都大阪をイメージして「せせらぎの道」と呼ぶそうでっせ。

水辺と緑の樹木を、あちこちに設置し散歩するだけでも
グランフロント大阪の雰囲気を満喫できるような仕組みになってまんな。

反対側を眺めたら前々回に紹介した旧梅田貨物駅跡でっせ。

(旧梅田貨物駅 コンテナーヤード上屋)


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(旧梅田貨物駅 通用門) (立ち入り禁止のようでんな)


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(旧梅田貨物駅 車扱いホーム上屋)


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3月に訪れた時は構内へ入れましたけど、今は立ち入り禁止になってますわ。

もう大型エンジンリフトが残っているだけで取り壊しが始まるんでしょうな。

右端に見えているのがグランフロント大阪の超高層ビル群だっせ。

(旧 大阪鉄道倉庫の廃屋) (1967年竣工)


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1967年(昭和42年)に完成した頃は既にトラック輸送が大半に成ってましたが
北海道から新聞巻取紙や乳製品などを中心にJRグループの営業倉庫会社として
そこそこ貨物列車を利用する荷主も多かったんでっせ。

特に大阪の新聞社は、ほとんどが梅田貨物駅の周辺にあるので最後まで
新聞の巻取紙はここの1階ホームから各社へ毎日送られていたんですわ。

3月15日で梅田貨物駅は閉鎖されて今は本社が百済貨物ターミナルへ移管され
吹田貨物駅と二ヶ所で取り扱いが始まっているはずでんな。

この旧大阪鉄道倉庫も、まもなく取り壊しに入るんでしょうな。

昔は、わての勤めていた会社もここの株主さん22社の1つでしたんや。

おそらく次に訪れたら旧梅田貨物駅は取り壊されているはずなので
JR大阪駅ノースゲートビル10階へ登って写しておきまひょ。

(JR大阪駅 3階から 旧コンテナヤードを撮影)


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(JR大阪駅 ノースゲートビル10階から撮影)


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反対側に眼を移すとグランフロント大阪の商業施設に当たる低層部と同じ高さでんな。

低層部の屋上にも、やはり緑の庭園が設けられていますがな。

(グランフロント大阪 タワーA低層部屋上)


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(JR大阪駅 ノースゲートビル7階から撮影)


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右側に見えるのがJR大阪駅の2階とグランフロント大阪2階を繋ぐ
連絡歩道橋ですわ。

雨の日でも濡れずにグランフロント大阪へ行けるようにしてますんや。

(JR大阪駅北口 1階の路上から撮影)


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昔は、梅田の場外馬券売り場に通ずる道路で、わても何度か歩きましたわ。

その頃は梅田の繁華街なのに場違いの予想屋とか居酒屋や食堂が並んだ
女・子供が怖くて歩けないような雰囲気の通りでしたんや。

それが大阪一の地価が高い繁華街に生まれ変わったんですがな。

(グランフロント大阪 タワーA 北側1階入口)


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今回はオープン前の画像ばっかりでご免だっせ。

GW明けまでは人出も多いと思いまんねん。

その内にナレッジキャピタルと呼ばれる「官・民・学」が三者共同で行う
最先端技術や試作品を公開するタワーCも興味がおますんや。

世界のビール50種が飲めるコーナーなど味見をしたいもんですな。

近畿大学が和歌山の串本で養殖に成功させた本マグロを食べさせてくれる直営店も
お昼のランチなら、わてでも食べられるお値段やそうだっせ。

5月~6月中に行ってきますんで、その時にはまた画像を貼り付けまっさ。

ほな~ 今日はこれで、さいなら~





鉄ちゃん爺や    梅田北ヤードを訪ねて

2013-04-18 19:34:35 | 日記
JR大阪駅の裏側に大きな貨物駅がおましたんや。

過去形で書いたのは今年3月31日で廃止となったからでっせ。

正式にはJR梅田貨物駅と言いますんやけど「梅田北ヤード」とも呼んでましたかな。


(梅田北ヤード 新3号ホーム)

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このドーム式のホームが出来たんが1960年(昭和35年)でしたんや。

完成した頃は超近代的なホームで、雨の時でも作業ができて貨物も濡れない
現在なら当たり前のことでっけど。

当時は雨が強く降れば作業が出来ないし貨物の雨濡れが起きることもしばしば
貨物駅なんて大都市の大阪や東京でもこんな感じでしたんだっせ。

このドーム天井、当時はもう少し長かったような記憶がおますんや
現在はコンテナの取り扱いが主なんで一部を撤去したんかもしれまへんな。

(梅田北ヤード 車扱い到着ホーム)

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鉄ちゃん爺やが独身時代にはこんな感じで貨物駅のホームには
色んな貨物が到着したり発送されるまでの仮置きなど
場所取りに困るぐらいの状態が普通でしたんや。

大阪の経済を支えるターミナル基地として凄い活気のある貨物駅でおました。

今じゃ車扱いの貨物がほとんど無くなってホームも、なんだか寂しげに見えますな。

当時は常時3千人ぐらいの方がこの貨物駅で働いておられたんでっせ。

取り扱いの貨物も年間で363万トン(1961年度)もおましたんや
最近では年間で120万トン前後だったように聞きましたけど。

それも1日平均でコンテナ列車が26本に車扱い貨物列車が2本
昔と比べたらのんびりとした風景に見えるのは年寄りの僻みでっしゃろかしら。

鉄ちゃん爺やが独身時代にここ梅田貨物駅と取引していた頃が鉄道貨物のピークで
トラック輸送が急激に増えてくる夜明け前でおました。

1965年(昭和40年)にはトラック輸送が鉄道輸送を上回ってしまいましたな。

近づいてホームの貨物を確認してみまひょ。

(日本製紙グループ 大昭和板紙 製造品)

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連量24 X 18連数 = 432kg  1パレットの重量でっせ。

寸法が80 X 55  80X110を、L版と呼びますんでその半裁品でおます。

普通は鉄道コンテナのままで印刷会社や倉庫へ運ぶのが通常のケースなんやけど
コンテナが搬入できないような納入先やさかいに一度ホームへ降ろしたのかしら。

それとも最終便なので、ご祝儀を兼ねて車扱いで発送してきたのかもしれないね。

わてが取り扱っていた頃はジェットスターと呼ぶコーティングした板紙やと思いま。

おそらく静岡県富士市の吉永工場から出荷されてきたた商品でっしゃろな。

(梅田北ヤード  到着線ホーム)

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鉄ちゃん爺やがこの画像を撮影したのは3月16日の夕方でおます。

3月15日の深夜23時57分に「9093レ」札幌貨物ターミナル行きの
コンテナ列車が多くの関係者と撮り鉄ちゃん等に見送られて
ここ梅田貨物駅から最終列車が出発して行ったそうですわ。

138年間に渡って大阪市内で最大の取り扱い高を誇った梅田貨物駅は
役目を終えて静けさを取り戻したのが、この画像ちゅうことになりまんな。。

(梅田北ヤード コンテナ取り扱いホーム)

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(液体コンテナ)

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東京の汐留貨物駅なんかはもう15年ぐらい前に再開発されてまっしゃろ。

ここも東側の三分の一だけが3年前からグランフロント大阪と称して
超高層ビルが四棟ほど建てられて今月の4月18日に完成したそうですわ。

実は残る14ヘクタールの梅田貨物駅も吹田市と摂津市にまたがる旧吹田操車場跡に
移設する計画がずいぶん昔からおました。

そやけんど吹田市の反対運動で新貨物駅が造れない状態になりましたんや。

周辺の環境が悪くなるとの理由だったそうな。

長年に渡りもめた結果、百済貨物ターミナルと吹田貨物ターミナルに
貨物を按分して、やっと交渉が成立したそうでっせ。

だから先月の3月16日から吹田貨物ターミナルは動き出したようですわ。

百済貨物ターミナルは従来から稼働してまんので
梅田貨物駅から振り分けられるコンテナ貨物の取り扱い分が増えることになりまんな。

(日本貨物鉄道 & 日本通運梅田支店 現業事務所)

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ずいぶん前から梅田貨物駅は廃止されることが決まってましたんで
現業事務所は補修もされずに昭和40年代のままでんがな。

鉄ちゃん爺やが若い頃は国鉄の梅田貨物駅では日通さんには逆らえまへんでした
何せ貨車からホームに商品を降ろす作業は通運業者しかできまへんのや。

泣く子も黙る「梅田日通」さんなんて嫌味を言ったもんですわ。

意地悪されたらホームに商品が降りまへん、貨車は操作場と梅田貨物駅の間を
何回も往復させられて荷物が降りないことも、しばしばおましたんや。

昔は通運業者が人夫を手配して貨車から荷物を肩に担いでホームへ
降ろしたりしてましたんでっせ。

ホークリフトなんか数台しか置いてないので使わせてもらえまへんのや。

今は鉄道コンテナでっさかいに当日か翌日には届けてもらえて助かりまっけど。

昔は横持ちといってトラックを回して受け荷主が貨物駅のホームから引き取るような
仕組みが多かったんですわ、だから通運業者は威張ってましたんや。

(梅田貨物駅 通用門)

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この閉鎖された梅田貨物駅跡はまもなく建物の取り壊しが始まるそうでっせ。

更地にして国鉄清算事業団が保有しているので売却されるそうでんな。

「大阪に残る最後の一等地」と言われるこの梅田貨物駅跡はまだ再開発の
腹案も出来ていないようでっせ。

緑地化する計画もおますんやけど何せ1平方メーター当たり500万円を
超えるとの噂でっさかいに如何になりますことやら。

14ヘクタールちゅうことは7千億円以上の価値がおますがな。

この貨物駅の東側には4月26日オープンのグランフロント大阪がおますんや。

昔は梅田貨物駅の1番ホームと2番ホームが在った約7ヘクタールの跡地でっせ。

この辺りを公募で「うめきた」ちゅう名前で呼ぶことに決めたんやそうな。


(完成まぢかの グランフロント大阪)

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4月26日にオープンしたら新しい梅田の人気スポットになること確実でんな。

画像の一番手前の超高層ビルがAブロックと呼び38階建ての高さ179m。

先般の公示価格の発表でいきなり1平方メーター当たり847万円でしたがな。

7年間も梅田駅南側の第一生命ビル前が大阪で一番高い土地だったんでっけど
軽く追い抜いて大阪で一番高い土地にランクインしたそうですわ。

昨年までは貨物駅跡ちゅうわけで調査外のために値段が無いに等しかったんでっせ。

それにしても「大阪に残る最後の一等地」のお値段にはびっくりしましたがな。

画像の手前から2番目と少し奥にへっこんだ3番目の超高層ビルを
両方合わせてBブロックと呼びまんねんて。

AブロックとBブロックの低層部に店舗が266店入り、噂では
一部に早朝の4時まで飲める居酒屋コーナーもできるんやそうでっせ。

詳しくは後日にしまっけど「産・官・学」三者で最先端技術の研究や企画開発をして
試作品を公開するような大掛かりなプロジェクトのフロアもできるそうですわ。

一番奥4番目のビルは超高層マンションで「グランフロントオーナーズタワー」と
言い255戸の高級マンションで既に完売しているんだって。

最高価格が4億1千万円で1億円以上の分譲価格の部屋が63戸あるそうでっせ。

まもなくグランフロント大阪が完成しますんで、今週中にでも
オープン前の姿をデジカメで写してこょうと思いまんねん。

周辺を撮影できたら大阪の新名所「うめきた」をご紹介しまひょ。

ほな~ 今日はこれで失礼させてまらいまっせ  さいなら~


鉄ちゃん爺や    明石市 ・ 子午線の街を訪ねて

2013-03-28 20:39:32 | 日記
魚の棚(うおんたな)の商店街を後にして1kmほど歩いてみまひょかな。

魚の棚を東へ抜けると明石銀座という大通りにでますんや。


(明石銀座)


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画像の奥の方へ行くと300mぐらいで明石港になりまんねんで。

昔は「たこフェリー」と呼ばれる船が淡路島北端・岩屋港とここ明石港を
結んでましたんや約30分チョイでしたかな。

明石海峡大橋が開通して数年前に惜しまれながら廃業に追い込まれましたんや。

わては反対に国道2号線の方へ行きまっせ。


(国道2号線 明石駅前付近)


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明石市は「子午線の街」と称してますんや、日本標準時の元になる東経135度の
子午線が通過しているのはご存知でっしゃろ。

子午線とは天空の真北を「子」(ね)とし、地平線の真南を「午」(うま)を結ぶ
経度を昔の十二支を使って表した物でっせ。

だから子午線自体は世界中に数え切れないぐらいある訳でんな。

1884年(明治17年)に国際子午線会議が行われイギリスのグリニッジ天文台を
経度「0度」として東へ180度、西へ180度の経度が決まりましたんや。

フランスはパリの天文台を経度「0度」にするように強く要求したが
結局はイギリスのグリニッジ天文台が勝利した訳ですわ。

だから明石市が東経135度の子午線に決まったのは偶然のような話でんな。

もしパリの天文台が経度「0度」に決まっていたら富山市か豊橋市が
「子午線の街」になる処だった事になりますんや。


(明石市の消火栓)


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明石海峡大橋は神戸市の垂水区と淡路島の淡路市を結んでいるはず
明石市が消火栓の図柄として勝手に使っても良いのかしら?

まあ~ 明石海峡と名前が付いているから細かい話しはやめておきまひょ。

中央に描かれているのが明石市立・天文科学館で明石市のシンボル的な存在で
この高い塔の下を東経135度が通って居ますんや。


(明石市立 天文科学館)   (兵庫県明石市人丸町)


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この天文科学館は1960年(昭和35年)に完成しましたんやけど
あの阪神淡路大震災で大きな被害が出て3年ぐらい休んでましたんや。

画像に見えている時計も震災の5時46分で停まってしまったそうですわ。

服部セイコーさんの寄贈で新しいのが取り付けられたようでんな。

明石海峡大橋はまだ工事中だったようでっけど設計図では全長3910mだったのが
完成した時には全長3911mになったそうで海峡が1mだけ広がったようでっせ。

震源地にも近かったので天文科学館に大きな被害が出たのも納得しますな。


(明石天文科学館の プラネタリウム)


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このプラネタリウムは現在の処、現役では日本で最古参の機械なんだって。

阪神淡路大震災の際もこのプラネタリウムだけが奇跡的に助かったそうですわ。

カール・ツアイス・イエナ社という東ドイツ製のプラネタリウムの機械で
1960年(昭和35年)の開館当時から稼働しているんだって。

そう言えば~ 東ドイツなんて国が昔はおましたな。

プラネタリウムを日本語に直せば「天象儀」なんて無粋な名前になるんだね。


(明石市立・天文科学館 15階展望台にて)


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鉄ちゃん爺やは高度恐怖症ではおまへんので直ぐに展望台へ上がりましたで。

画像の右手遠くに見えているのが須磨の鉢伏山でっせ。

昨年の4月頃にわてのブログで紹介しましたかな。

360度の展望が望めますんで少しだけ貼り付けてみまひょ。


(明石海峡大橋 神戸垂水側)


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画像の手前は明石市でっけど明石海峡大橋の辺はもう神戸市垂水区ですわ。

この橋は2008年(平成10年)に完成した日本で一番長いブリッジですな。


(明石海峡大橋の 中央部分)  (全長3911m)


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(明石海峡大橋の 淡路島側)


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(淡路島と 明石海峡を望む) (対岸は 兵庫県淡路市ですよ)


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もう少し右へカメラを向けたら小豆島が見えてまんねんけど、黄砂で霞んでますわ。

肉眼では薄らと見えてますんやけど鉄ちゃん爺やのデジカメでは無理でんな。

今度は北の方へ廻ってみまひょ。


(明石市立・天文科学館 15階展望台にて)


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同じ位置から下を眺めたら柿本神社が見えてますな。


(明石市  柿本神社)


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昔は明石城の内に在ったそうでっけど明治維新の際にこちらへ移されたようでんな。

そう言えば、明石城の本丸の隅に「人丸塚」ちゅうのがおましたわ。


(明石城内の 人丸塚)


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柿本人麻呂さんは「柿本人丸」とも呼ばれたそうでここ明石市にも
明石海峡や須磨浦を詠んだ和歌が残されてますんや。

あちこちにお墓や人丸塚がおますんやけどここ明石城にもおましたそうな。

和歌では有名な方なんですが良くわからない実在の人物ではありますね。

この神社も含めて天文科学館辺り一帯は明石市人丸町と呼ぶそうですわ。


(明石市立・天文科学館 3階展示室)


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1888年(明治21年)までは日本には東京時間とか大阪時間などが使われていて
交通機関が発達すると非常に不便になったようでんな。

それで東経135度を日本の標準時子午線として「中央標準時」と
名付けたとHPにも書かれてますわ。

1896年(明治29年)1月1日から日本全国でこの標準時を
使うことを勅令で定めたそうでんな。

実は当時は台湾も日本領土だったので台湾と宮古島や石垣島には別の
「西部標準時」というのが存在したようでっせ。

1937年(昭和12年)に「西部標準時」は廃止となったけど
「中央標準時」という名前はそのまま、今も勅令として残っているそうですわ。

(世界各地の 現在時刻)


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(明石市立・天文科学館正門にて 自分撮りで撮影)


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(源平の古戦場 旧跡 馬塚)


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乗ってきた馬を戦いで傷ついたのかここへ埋めたということでしょうな。

この辺りは平家方が戦いに敗れて海へ逃れた道だと書かれてましたわ。


(両馬川の旧跡  説明板) 


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一の谷で源平が戦った後に平家方の武将はここまで逃れてきて
明石の浦から船に逃れようとしたんですな。

鉄ちゃん爺やは須磨の古戦場から直接に前の海へ逃れたんやと考えてましたがな。

そうすると約10kmぐらい西へ落ち延びたということになりますかな。

それでは山陽電鉄の人丸前駅へ向かいまひょ。


(山陽電鉄 人丸前駅)(ひとまるまええき)


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(姫路行の特急電車が通過)


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この駅は日本標準時子午線が通過する珍しい駅なんですよ。

東経135度の子午線は日本海の京丹後市から豊岡市や西脇市を通って
明石市から淡路島をかすめて和歌山市の友ヶ島で太平洋に抜けていますんや。

ただ12市町村を通るこの子午線もほとんどが山間部や交通の便の悪い処を
通過してますんで、この山陽電鉄の人丸前駅が名所に成ってまっせ。

この人丸前駅の名前も柿本人麻呂さんから貰った地名ですな。


(東経135度子午線  人丸前駅ホーム)


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(東経135度子午線を通過する JRの快速電車)


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この人丸前駅の南100mぐらいの所には「子午線郵便局」が出来たそうですわ。

他にも国道2号線には「子午線交番」も有るとかは帰ってから知りましたがな。

さすがに「子午線の街」と名乗るだけあって色々とやってはりまんな。


(JR明石駅発行のきっぷ)  (大阪駅まで890円でした)


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(JR明石駅 新快速ホームから 明石城を望む)


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最後に蛇足になりまっけどGPSで測量した東経135度は約120mほど
西へズレているそうで、これを「地理学経度」と呼ぶそうだっせ。

今までお話した東経135度の子午線は「天文学経度」と呼ぶんだって。

確かに地図で調べたら東経135度は少しだけ西へズレてますな。

両方共に間違っている訳ではおまへんので念のため。

明石市のデジカメ散歩はこれでお仕舞いにさせて貰いまっさ。

ほな~  今日はこれで、さいなら~