鉄ちゃん爺やの 独り言

鉄ちゃん爺やは大阪に住んでますので
画像で隠れた関西の名所も紹介します。

鉄ちゃん爺や    沖縄の旅  最終編

2014-05-25 14:40:16 | 旅行
少し長くなりましたんで沖縄の旅も
今回をラストとさせて頂きまひょ。

最終編は纏まりのないブログになりまっけど
ご容赦のほど宜しくね~♪

(ホテル日航アリビラ正門)


photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット

(バイキング式の朝食)


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ホテルを出発して観光バスの窓から見える景色は
こんな、さとうきび畑が続きますんや。

収穫は秋から4月初めまでだとのことで
ほとんどが緑の葉っぱ、ばっかりしかおまへんわ。

(沖縄の さとうきび畑)


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15分しか走ってないのに早くも到着でんな。

この辺りでは有名な黒糖を作る工場なんだって。

観光用にさとうきび 残してくれてまっせ。

(沖縄黒糖 玄関先の さとうきび)


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町工場のような小さい設備でっけど入りまひょ

さとうきび 鉄ちゃん爺やも幼い頃に畑で
噛んで、しがんで甘かったのを覚えてまんな~

(さとうきび 圧搾機)


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機械の下の方にドロドロした白い液体が見えてますやろ。

これが黒糖を作る元になる溶液のようでんな。

(さとうきびの 搾りかす)


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これはさとうきびの搾った後でっけど
牛や豚などの家畜の飼料になるんだって。

お隣にハムの工場が並んでまっから、近くで豚や牛を
飼育しているんでっしゃろな。

うまく考えてますわ、どちらが本業なのかしら?

(黒糖を作る工程)


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源液を煮詰めてから遠心分離機で取り出し
純度の高い溶液にするんでっしゃろな。


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攪拌機でかき混ぜた後は隣の部屋へ
ここから先は、企業秘密ではっきり見えまへんでした。

(沖縄名産 黒糖)


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わての娘から沖縄の黒糖を買ってきてと
内の奥さん頼まれたとかで5個ばかり売上に協力。

料理にも黒糖を使うんでんな。

わては黒糖酒しか興味が湧きまへんでしたけど。

(沖縄 黒糖酒 アルコール度数50%) (お値段 約3500円)


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黒糖酒はさとうきびから造られるラム酒なんだって。

宅急便で1本だけ送ってもらいましたんや。

この日は大阪へ戻る飛行機が午後の2時過ぎ。

だから一般国道で那覇市へ戻り国際通りで
時間つぶしと言うことになりましたんや。

(国道58号線) (沖縄県読谷村にて)


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国道58号線は沖縄本島の北の端から那覇市までの
メイン道路なんですが、意外な事実を発見。

この国道58号線は起点が鹿児島市内なんだって。

日本で一番長い国道(総延長857km)だけど
海の距離が600kmも含まれているんですわ。

陸上の距離は256kmしかおまへんけどな。

鹿児島市内から種子島や奄美大島を経由して
沖縄本島を縦断し那覇市の昭和橋が終点なんだって。

ちなみに陸上だけの国道日本一は東京日本橋から
青森市内まで北上する国道4号線(総延長743km)

(嘉手納基地を 通過中) (国道58号線)


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元々は沖縄を走る国道58号線はアメリカ軍が作った
軍用のハイウエー1号線なんだって。

沖縄が日本に返還された時に例外的に国道58号線
という、ふた桁の名称を付けられたようでっせ。

嘉手納基地は在日アメリカ軍の最大の飛行場でんな。

ここ嘉手納基地から那覇市内までは片側3車線で
元は有事にアメリカ軍が滑走路にも使う為だったとか。

沖縄の若者は「ゴーパチ」とも呼んでるようでんな。

(嘉手納基地)


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嘉手納基地には病院からショピングセンターに映画館や
民間のあらゆる施設が基地内に揃っているんだって。

車はアメリカから持ち込んだナンバーはEが付けれれ
日本で買った車輛にはYナンバーが付いてまっせ。

軽の車輛は確かAナンバーが付いてましたかな。

ここ嘉手納やお隣の北谷(ちゃたん)では日本の車以外に
アメリカ軍が使用する車も多く見られるようでんな。


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恩納村で何度も嘉手納基地から東シナ海へ
離陸するアメリカ軍の戦闘機に遭遇しましたで。

キーン~ と言う金属製の嫌な爆音が響いて
デジカメを構えたら、もう通り過ぎてまんがな。

音速ぐらいで飛行する戦闘機だから当然ですわ。

(アメリカ軍の 戦闘機を撮影)


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デジカメでっから、こんな小さくしか写せまへんな。

嘉手納基地付近でデジカメを準備してましたけど
一機も離陸するところは見れませんでしたわ。

(沖縄の お墓) (亀甲墓と呼ぶんだって)


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これは二日目に泊まったシティホテルの側で撮影。

本土ならお墓は町外れかお寺が普通でっしゃろ。

沖縄では住宅の横や町の真ん中にもおますんや。

この亀甲墓は女性の子宮をイメージしたそうで
誰もが子宮から生まれて亡くなると沖縄では
子宮に戻るという風習が伝わっていたようでんな。

(これも亀甲墓)


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沖縄では代々が同じ廟に祀られるということで
大きな亀甲墓があちこちに見られますんや。

戦前までは洗骨という風習があって、亡くなると
土葬でここへ仮に葬るんだそうですわ。

1年~6年経ってから骨を取り出し真水で洗い
海水で洗い最後に沖縄のお酒泡盛で洗う。

それから決められた骨壷に納めるのがルールで
それも嫁が行うと決まっていたんだって。

だから、この洗骨が嫌で本土から来た嫁は
離婚することも多かったようでっせ。

(最近の 沖縄のお墓)


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流石に戦後は沖縄でも火葬の風習が広がって最近は
上の画像のような家型のお墓が自宅の横に設けたり
先祖の亀甲墓の手前に並べる事が多くなったとか。

現在でも沖縄では4月前半に「清明祭」とよばれる
一族が亀甲墓の前に集まって先祖を供養する際には
一族が飲めや歌えで賑やかにお祀りするんだそうな。

本土とは随分と違った習慣があるようですわ。

もう一つ沖縄の風景を貼り付けて置きまひょ。

(屋上に 高架タンク設置)


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本土ならマンションとかビルの屋上にしか高架タンクは
見られないのが普通やと考えてましたんや。

沖縄では大きな川が無いので昔から水不足でしたそうな。

個人の家でも殆んどの屋上に水のタンクが設置されてま。

平成になっても80日間も断水が続いた事もあったとか。

1トンか1.5トンぐらいの小さい高架タンクでっけど
本土とは違った風景が見られるんで写して見ました。

ここ15年ぐらいは断水もなくて新築の家では高架タンクを
置かない自宅が出来たんですが今後はどうなんでしょうな。

(国道58号線 那覇市内)


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この交差点が九州の福岡県や長崎県の道路を凌ぎ
車の通行量が九州・沖縄地区で一番なんだって。

(沖縄県庁 本庁舎)


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沖縄観光の目玉である国際通りへは観光バスなら
ここの横で乗客を下ろして会社へ戻るそうですわ。

時間が来たら再びここへ観光バスがやってきて
乗客を乗せ次の目的地へ向かうんが基本なんだって。

(国際通り 入口のシーサ)


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ここで3時間ぐらいのフリータイムになりましたんや。

まずは土産物を買ってから昼食もここでという事。

まずは沖縄の銘酒 泡盛を選んでおきまひょ。

(沖縄の珍酒 ハブ酒)


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いくら滋養強壮に良いと言われても腰が引けまっせ。

リキュール酒だそうですが鉄ちゃん爺やはパスしま。

沖縄の山間部に入るとこのハブが生息してるとか
でも最近は噛まれて亡くなる人は減ったんだそうな。

観光客が立ち寄る場所にはハブは居ないのでご安心を。

鉄ちゃん爺やが選んだ泡盛はこれでっせ。

(老麹=ひねこうじ 数量限定の泡盛)


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2本以上のお買い上げで送料が無料なんだって。

飲み仲間に1本進呈して私の自宅にも1本。

内の奥さんもカラオケ仲間へお土産を買ったし
次は目的地の牧志公設市場へ向かいまひょ。

(第一牧志公設市場)


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鉄ちゃん爺やが小学生の頃には大阪にも公設市場は
おましたけど、何時の間にか無くなりましたな。

ここは60年以上も続いているそうでご立派。

買わへんけど市場内を覗いて歩いてみまひょ。

(第一牧志公設市場)


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本土では見られないカラフルな色をしてまんな。

2階で調理してもらい食べることもできるんだって。

(チラガー=豚の顔)


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グロテスクでっしゃろ、でも沖縄では売れるんだって。

沖縄では豚は鳴き声の外は全て食べると言われますんや。

豚足なら本土にもおますけど、豚の顔はおまへんやろ。


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沖縄の庶民生活を知るのに都合が良いのか最近は
観光客が立ち寄ることが多くなったんだって。

この日はお昼頃から雨が降り出しましたんや。

沖縄三越で雨宿りしている間に撮影しました。

(沖縄三越にて 風呂敷かしら?)


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雨の中を沖縄県庁まで歩くのはヤメにして
鉄ちゃん爺やはモノレールに乗ることにしました。

日本全国47都道府県の鉄道を全て走破する為にも
沖縄はこのモノレールしかおまへんのでね。

(沖縄都市モノレール 牧志駅舎)


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(沖縄都市モノレール 車内風景)


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(沖縄都市モノレール 県庁前駅舎)


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たった二駅の区間しか乗車できなかったけど
ツアー旅行としたら上出来と納得しましたで。

これで雨の中を那覇空港へ向かうことになりましたんや。

(沖縄の ビール)


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最後に沖縄ではオリオンビールが断トツのシエアなんだって。

本土のビール4社が束になってかかっても勝てないんだとか。

他にセブンイレブンも沖縄には1軒も存在しまへんな。

セメントも琉球セメントが圧倒的な強さだとか。

やはり本土とは随分と異なるのが沖縄の社会のようでっせ。

(那覇空港 搭乗検査口)


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雨の中を離陸しましたので道中は全て雲の中
往きは九州から奄美大島がみえてましたんやけど。

四国沖まで雲が広がりなんにも見えまへんがな。

(大阪伊丹空港行き 機内から撮影)


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雲が切れたと思ったらもう紀伊水道上空を飛んでますな。

関西空港を左手に見ながら我が家の上空を通過しましたで。

写真を撮りたかったけど客室乗務員さんの目が厳しいですわ。

上空500mぐらいで通過しましたんで
おそらくデジカメでも写せたのに残念でしたわ。

沖縄は雨でしたが大阪は晴れのお天気でした。

(大阪伊丹空港前 リムジンバス停から撮影)


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これで3泊4日の沖縄の旅が終了でおます。

7回にわたり私の拙いブログにお付き合い頂き
ありがとうございました。

これにてお仕舞いでおます  さいなら~








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鉄ちゃん爺や    沖縄の旅 パート6

2014-05-17 21:36:58 | 旅行
今回は沖縄観光で一番の人気スポットを紹介しまひょ。

沖縄本島の北部に東シナ海へ突き出た半島がおますんや。

本部半島(もとぶはんとう)と言いますんやけど。

昔は沖縄本島でも僻地でセメントを作る石灰岩の山ばかり
道路も満足にないようなところだったそうな。

それが1975年(昭和50年)に開催された
沖縄国際海洋博覧会で道路も作られ一変したんだとか。

沖縄に高速道路が出来たのもこの海洋博覧会に合せて
那覇市から名護市まで約59kmが部分開通したんだって。

高速道路から先は国道449号線を走ってまっせ。

(国道449号線の海岸線) (遠くに名護市が見えてます)


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(瀬底大橋 全長762m) (通行は無料だそうです)


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瀬底島(せそこじま)は周囲が約8kmほどの小さい島ですわ。

でも夕日が綺麗で白砂のビーチは地元の方の人気スポットだとか。

熱帯魚も見られる子供でも安心に楽しめるビーチなんだって。

中央にアーチ式の部分が見えてますやろ。

ここを鹿児島や奄美大島から来るフエリーが通過しますんや。

深い海峡で流れも早く泳いで渡れそうな距離でっけど
遊泳は禁止されているんだとか。

そろそろ沖縄海洋博公園が近づいてきましたな。

(沖縄 海洋博公園 駐車場)


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ここで添乗員さんとバスのドライバーさんの協力で約4時間も
見学の時間が取れるように変更をしてくれはりました。

たっぷりと楽しんできて下さいねとのこと。

(沖縄 海洋博公園 正面ゲート)


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まずは人気スポットの海水族館へ向かう人が多いですよ。

私はここの入場券がもらえるJTBドコモのポイント交換券を
1枚で2名だそうで、これを使うことにしましたんや。

(沖縄美ら海水族館 一般入場券) (大人1名 1800円)


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「美ら海=ちゅうらうみ」と読むんだっせ。

沖縄の方言で清らしい海を意味するんだって。

沖縄国際海洋博覧会に海洋生物園として出品された施設を利用し
スタートしたのが海水族館の始まりだったそうな。

施設が老朽化し2002年(平成14年)に沖縄返還30年周年を
期して世界一の設備で新しくオープンしたのが現在の海水族館で
毎年270万人~280万人が訪れる沖縄の人気スポットだとか。

(沖縄美ら海水族館 入口)


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2005年(平成17年)にアメリカのジョージア水族館が開館し
世界一の座は譲りましたが日本一の水族館の地位は守ってまんねんで。

それじゃ中へ入って見学することにしまひょ。

(沖縄美ら海水族館 一般水槽)


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これらの水族館なら大阪でも海遊館が有るし関東や名古屋でも
ザラに見れますんで別に珍しくもおまへんわな。

実はここの目玉は「黒潮の海」と称する巨大なアクリルガラスの
日本一の水槽にジンベイザメが三匹も泳いでますんや。

(黒潮の海 巨大なアクリルガラスの水槽)


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長さ35m X 幅27m x 高さ10m  厚み60cm

海水が7500トンも満たされている日本一の水槽でっせ。

アクリルガラスに反射してフラッシュを使うとダメでんな。

(ジンベイザメ) (フラッシュ無しで撮影)


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ジンベイザメは大阪の海遊館でも関東の八景園や名古屋でも
全国で7箇所ぐらい飼育されてますんやけどいずれも1匹だけ。

ここ沖縄美ら海水族館は三匹が同時に泳いでますんや。

(ナンヨウマンタが急接近)


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ジンベイザメが三匹並んだ処を撮影しようと考えたんですが
どうしても二匹しか画面に入って来ませんな。


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諦めて次のオキちゃん劇場の方へ移動しまひょ。

オキちゃん劇場とはイルカショーで見学は無料ですわ。

だから海水族館と違い海洋博公園へ入場した方なら
イルカショーを無料で見物できるのは有難いことでんな。

(オキちゃん劇場の ステージ)


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遠くに見えるのは伊江島(いえじま)で平和な島に見えまっけど
実は沖縄戦で多くの被害が出て、現在も大半が米軍基地ですわ。

本土ではニュースになりまへんけど普天間基地からオスプレイが
飛来して航空母艦を想定した離着陸の訓練をしてますんや。

低周波被害が問題になり沖縄では反対運動も出ているとか。

(オキちゃん劇場の 私が主役でっせ) (オキゴンドウクジラ)


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係員さんが餌の魚を1~2匹だけ与えると、ペッと吐き出します。

何回やっても吐き出して観客の笑いを誘う演技力は抜群の役者
だけど最後に両手で束にして魚を貰えると一気に飲み込みまっせ。

おまけに尻尾を振りながら愛嬌をみせると観客は拍手喝采ですわ。

(ドルフインジャンプ) 


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(バンドウイルカちゃんの演技)


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次は何処へ行こうかと内の奥さん尋ねたら希望は
熱帯ドリームセンターを観たいんだって。

海洋博公園は敷地が広いので歩くのは大変ですんや。

園内を遊覧車が15分間隔で運行されてるようだっせ。

(園内遊覧車 1日周遊券 200円)


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1回乗車が100円で、1日周遊券が200円だったら
誰でも往復を考えたら1日周遊券を買いますわな。

それじゃ出発 進行!

(熱帯ドリームセンター 正面玄関)


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入場料690円は鉄ちゃん爺やには高いように思いまんな。

でも内の奥さんは納得で今回の旅行で印象度が一番だって。

(胡蝶ランですわな)


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この胡蝶ランを買ったらいくらするんだろうな?

5万円や10万円では買えへんのと違いまっか。

貧乏人はこんな想像しかしまへん、ご免なさいでっせ。

(鉄ちゃん爺や ハートマークの花輪では似合いまへんな)


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(内の奥さんは 生花で出来たブーケで撮影)


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名前が分からないけど3~4枚だけ熱帯の花を貼り付けまひょ。

(熱帯ドリームセンターの花)


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ここは広いので後半の一部は時間が足らないのでパス
全部見て歩いたらここだけでも1時間では無理かな。

遊覧車時刻表と集合時間もあって折り返しましたんや。


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(4月上旬なのに 水蓮が咲いてまっせ)


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(熱帯ドリームセンター 屋外の風景)


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(政府出資 海浜公園との標識)


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遊覧車から「沖縄美ら海水族館」と総合案内所を下から撮影。

階段を登り切ったら中央ゲートに出るようですな。


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これでバスの駐車場へ到着したら集合時間の5分前でした。

今夜は有名なリゾートホテルの日航アリビラへ向かいますよ。

(ホテル日航アリビラ  庭園から本館を撮影)


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館内は全体的にスペイン風に造られているそうです。

沖縄でも高級な部類に入るリゾートホテルですな。

ここに1泊するので新デラックスツアーなんて名前が付けられて
普通のツアーコースより1万円ぐらい高かったかもしれません。

(ホテル日航アリビラ エレベーターホールにて撮影)


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(ホテルの部屋のテラスから 東シナ海を撮影)


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(ホテル専用の ビーチ)


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今日はこれでお仕舞いにしまひょ。

次回はサトウキビから黒糖を作るところと他を紹介しまひょ。

ほんなら、さいなら~♪
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鉄ちゃん爺や    沖縄の旅 パート5

2014-05-10 13:52:50 | 旅行
今回は沖縄の玉泉洞と琉球村を紹介しまひょ。

まずは、玉泉洞はひめゆりの塔から車で15分
ここは南城市玉城という所でおます。

(玉泉洞の入口にて)


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戦後の1967年(昭和42年)に愛媛大学の
探検隊が発見した物で、同大学を中心に調査がされ
全長が約5kmあり鍾乳石が約100万本あるんだとか。

鍾乳石の数だけなら日本一を誇ってるんだって。

現在はその内で890mだけが一般公開されてますんや。

残りは研究用に保存されているんだって。

(玉泉洞の内部)


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30万年の年月を経て出来上がった大自然の造形美。

現在は沖縄県では知らぬ人がいないほどの
有名な観光地になっているんだって。


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この日の鉄ちゃん爺やは半袖の服装でしたんや。

洞窟の中は寒いのと違うやろかと想像してましたがな
処が実際は反対で湿気も多くて蒸し暑い感じでしたわ。

沖縄本島は地熱がやはり高いのかしら?

早足で見物して地上に戻ることにしましたんや。

(おきなわ ワールド) (沖縄県 南城市玉城)


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玉泉洞は一方通行で出口から地上に上がると
おきなわ・ワールドと言うテーマパークになってまんねん。

嫌でも色んなテーマパークを歩くことになりますんや。

沖縄の盆踊りにあたるエイサショーの会場ですわ。

(おきなわ・ワールド エイサーショー会場)


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何故か厳重に写真撮影が禁止となってますんや。

中国人がカメラを向けたら注意されてましたで。

エイサー踊りを観光用にアレンジしたような感じ。

激しい動きに迫力満点なんですが撮影禁止じゃ
画像で紹介できないのが残念ですわ。

観光用のパンフレットでも貼り付けておきまひょ。

(エイサー踊りの パンフレット)


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ここのテーマパークは半日ぐらい掛けて見学できたら
色んな体験や沖縄の文化が楽しめまっせ。

ここで昼食を済ませるようにとのガイドさんの説明。

「沖縄そば」と看板がある「なんと屋」へ入りまひょ。

(ソーキそば)


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「ソーキ」とは沖縄では豚肉の骨付きのアバラ肉だって。

「そば」と書かれているけど沖縄では蕎麦粉は使いまへん
小麦粉を使ったうどんかラーメンに近い感じでんな。

(沖縄そば)


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こちらは豚バラの三枚肉で柔らかで口の中でとろける感じ。

紅生姜が薬味に使われているけど、定番なのかしら?

内の奥さんは蕎麦だと思ったのに小麦粉なのでご不満
口直しだと言ってソフトクリームを注文ですわ。

(紫いも & バニラ ミックス)


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本当はここで「沖縄のハブ」とマングースのショーを
見たかっんだけど時間が足りなくて断念しましたんや。

この辺がツアー旅行と気楽な一人旅との違いでっかな。

(おきなわ・ワールド内 琉球王国)


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赤瓦の築100年以上の古い民家を移設し
ここは沖縄の「琉球藍染」が体験できるコーナー

神秘的な深いブルーが特徴の染物のようですわ。

次に同じような琉球村へ向かいますんで
画像はこれぐらいにしておきまひょ。

(南風原町=はえばるちょう 県道を走行中)


photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット

沖縄本島は北半分は低いですが山間部になってますんや
高くても500mぐらいで主に石灰岩の山ですわ。

だから殆どが山なので畑などがほとんど見られません。

逆に南部は平坦で低い丘ぐらいしかなくて
サトウキビなどの農地が広がってますんや。

沖縄旅行中に水田が見られたのは名護市近くで
一回だけで、お米はほとんど作れない感じ。

沖縄名物の「泡盛」はタイ産のお米を使用し
食べるお米は殆どが本土から取り寄せるんだとか。

豚肉は美味しかったけど高級ホテルでもご飯は今一。

(琉球村)  (沖縄県中頭郡 恩納村)


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沖縄の各地から古い民家を集めて観光用に展示。

ここのは全てが国の登録有形文化財なんだって。

(琉球村の敷地内にて 自分撮りです)


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(旧 仲宗根家) (沖縄県 読谷村=よみたんそん から移設)


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沖縄戦でアメリカ軍が上陸した読谷村に在った旧家で
幸いに戦火にも合わず沖縄本島でも数少ない古い民家。

(旧 花城家) (沖縄県 久米島から移設)


photo by kuroda0729 from フォトフレンド for マイポケット


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(旧 比嘉家) (沖縄県 南城市玉城から移設)


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先程、立寄った おきなわ・ワールドの近くに在った
古い民家をここまで移設して復元したようだね。

ここには沖縄のお酒「泡盛の古酒」が展示されてました。

(泡盛の古酒)


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(古い民家内で 沖縄民謡の実演)


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沖縄では三味線を「三線=さんしん」と呼ぶそうな。

ヘビ柄の独特ですよね、でも沖縄民謡には此れがないとね。

わても含めて観光客が古い民家の縁側に腰掛けて
皆が聞いたことのあるのを演じてくれはりましたわ。

「安里屋ユンタ」「てぃんさぐぬ花」「十九の春」

「島唄」「ハイサイおじさん」 他

島唄は元々は奄美地方の歌だったはずが、最近は
沖縄でも良く歌われるようになったとか。

雰囲気は沖縄でも奄美でも本土の我々だったら
同じように感じる風土なんでしょうな。

 
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(琉球村の敷地内の ガジュマルの木)


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根が盛り上がって幹か根か分からないぐらいに成長
独特の育ち方をする沖縄にはお似合いの樹木ですかな。

(オスとメス 一対で置かれたシーサー)


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二つで45万円と書かれているようでっせ。

沖縄では同じシーサーはほとんどなくて
それぞれの家が工夫して作るんだって。


(珊瑚で作られた 珍しい照明器具)


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数万円ほどしますかな、でも見るだけならタダですわ。

余程、良いお部屋でないと飾っても似合わないかな。

(サトウキビを搾る機械)


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私も買って帰ったけど黒糖が沖縄の特産品でっせ。

サトウキビは荒れた土地にでも育つそうで
沖縄本島でも中部から南部によく植えられてますわ。

特に南部は畑の土が固くて根が張った雑草ですら
除草が困難なためサトウキビしか育たないとかの話。


(琉球村 写真撮影用)


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大阪へ戻ってからBSのテレビでこの場面に遭遇
直ぐに、琉球村だと気がつきましたね。

今日はこれぐらいでお仕舞い。

次回は最近の沖縄観光のベスト1と称される

「沖縄美ら海水族館」を紹介しまひょ。

ほな~ さいなら~




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鉄ちゃん爺や    沖縄の旅 パート4

2014-05-03 21:28:18 | 旅行
今回は有名な「ひめゆりの塔」を紹介しまひょ。


8月15日  終戦の日   (本土)

6月23日  終戦の日   (沖縄県)


沖縄県では毎年6月23日が終戦の日として
官公庁や企業はお休みになりまんねんで。

この日は沖縄戦で指揮を取った第32軍の司令官
牛島満中将と 長参謀長が自決した日だそうです。

沖縄が組織的な抵抗を止めてアメリカ軍に負けた日。

6月23日は毎年ながら日本の総理大臣も参列し
沖縄本島の南端になる「摩文仁の丘」に在る
平和祈念塔で盛大な慰霊祭が行われますんや。

「摩文仁の丘」は沖縄戦最後の激戦地でアメリカ軍の
戦車に日本兵が爆雷を持って体当たりした場所です。

牛島中将の最後の司令部はここに置かれていました。

(平和祈念公園への標識) (南風原北IC出口付近)


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現在の沖縄自動車道の南風原北(はえばるきた)ICの
西側の小高い丘に横穴を掘って陸軍病院が造られました。

画像の右手ぐらいになりますんやろな。

1945年(昭和20年)3月に「ひめゆり学徒隊」は
ここ南風原(はえばる)の陸軍病院へ送り込まれたそうな。

当時、県立第一高等女学校と併設されていた師範学校の
女子部の生徒222名と教員18名だったとか。

元々は両校の「乙姫」「白百合」という高友誌から採用し
「白百合学徒隊」と言うのが当時の名前だったそうですわ。

(1945年4月1日) (アメリカ軍上陸地点)


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(読谷村=よみたんそん 現在はホテル日航アリビラ付近)


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残波岬(ざんばみさき)を目標にアメリカ軍約16万人が
現在はリゾート海岸や高級ホテルが並んだこの海岸へ上陸。

お隣の嘉手納(かでな)村から北谷(ちゃたん)村に掛けて
展開し日本軍の司令部の在る首里城へ向かった訳でんな。

日本軍は水際で迎え撃っては被害が多いので少数の兵員しか
置いていなかった訳で、ほぼ無血上陸だったとの話。

(首里北方の 丘陵地帯) (沖縄県中城村=なかぐすくそん)


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現在、話題の多い普天間飛行場を見下ろす丘の付近から南へ
首里城まで日本軍は前方100mまでアメリカ軍が近づくのを
待つまで、一切の射撃をしないという作戦を考えたようでんな。

丘陵地帯に横穴を掘ってこの当時の日本軍には珍しいほどの
大砲を据え付けてアメリカ軍を待ち構えたようでっせ。

ここから首里城までは10km~20kmぐらいしかおまへん。

4月8日から日本軍の猛烈な反撃が始まりアメリカ軍は
この主要陣地を抜いて首里城を占領したのが、なんと
二ヶ月後の5月31日だったと記録されてますんや。

5月末になって首里城の司令部も南へ退却を初めたようで
「ひめゆり学徒隊」の女学生も歩ける負傷兵と共に
現在の糸満市伊原へ移動のやむなきに至ったとか。

動けない重傷者には青酸カリを渡されて自決をするように
命令がだされたとの事ですわ。

(ひめゆりの塔への入口)


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(沖縄陸軍病院第三外科壕)


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立派な石碑が立てられてまっけど、ようするに地元では
ガマと呼ばれる自然洞窟に逃げ込んだちゅうことでんな。

こんなガマが沖縄本島の南部には多く存在し沖縄戦の
後半には住民を追い出して軍人が占拠したようでんな。

または民間人と同じ洞窟に入り泣く赤児を絞め殺せと
母親に命令したり悲惨な状況が見られたようですわ。

ひめゆり学徒隊も分散しこの第三外科壕には45名と
負傷兵や軍医や民間人合せて80数名が潜んでいたとか。

(ひめゆりの塔 & 第三外科壕)


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6月18日になり陸軍はひめゆり学徒隊を含む
民間防衛隊に解散命令を出しますんや。

要は、もはや陸軍としては責任が持てないので
自由に行動せよとの無責任な話でんがな。

アメリカ軍は既に近くまで接近しているので
民間人が脱出できるような状況ではなかったはず。

(ひめゆり学徒隊他 75名死亡)


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6月18日の解散命令がでた翌日にアメリカ軍が
この地下壕を発見し、出てこい! と言ったが
出てこないので黄燐手榴弾を投入した。

ひめゆり学徒隊35名を含む75名がこの攻撃で
死亡し軍医1名とひめゆり学徒隊4名が奇跡的に
脱出し戦後まで5名しか生き延びれなかったんだって。

その他のひめゆり学徒隊もアメリカ軍に追われて
最南端の断崖から身を投げたり自決されたとか。

(ひめゆりの塔) (1946年の戦後に設置)


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有名な「ひめゆりの塔」は本来この地下壕の右手に
高さ30cmぐらいの画像の小さい石碑を言うんですよ。

この石碑は1946年(昭和21年)に遺族や関係者が
アメリカ軍に配慮して目立たないように小さい石碑を
ここに立てたのが沖縄での供養塔の最初だったとか。

(ひめゆり平和祈念資料館)


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戦後も10数年が経ち「ひめゆり学徒隊」の遺族や
関係者によって、彼女らの遺品や手紙などが集められ
ここに悲惨な最後を遂げた226名の女学生や教員の
真実を戦後の若い人に知ってもらう為に設立された。

10年前までは生き残りの女性のお話が聞けたそうですが
現在はご高齢で、映像だけが館内に映されていました。

このひめゆり平和祈念資料館の建物は
当時の沖縄師範学校と県立第一高等女学校の校舎を
模して建てられたと伝えられていますんや。

(ひめゆりの塔 説明書きの石碑)


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戦争を経験しなかった私たちが、とやかく言えないけれど
この悲惨な戦争の事実は伝えられるべきでしょうね。

独断と偏見ながら5月末の第32軍の首里城放棄の時点で
牛島中将以下が自決しておれば民間人の死亡はおそらく
半分以下で留まったと考えらえます。

南の端である「摩文仁の丘」まで退却しながら徹底的に
アメリカ軍に抵抗することを命令したのが悔やまれます。

6月18日になってから解散命令が出された結果が
その後の一週間で「ひめゆり学徒隊」の戦没者の
7割が死亡しているのは残念の極みですな。

もし5月末の時点で解散命令が出されておれば
沖縄本島の北側へ脱出も可能であり沖縄県民の
約9万人を超える戦没者の半数は生き延びれた
可能性が有ったと考えてしかるべきかもしれません。

(陸軍病院職員の碑  側に供えられた千羽鶴)


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確かに日本本土への侵攻を遅らせる為の遅延作戦は
大本営が考える以上にアメリカ軍に大きな損害を与え
死者12520名 負傷者72012名という数字。

加えてアメリカ軍上陸最高司令官である
サイモン・バックナー中将の戦死まで生み出しています。

それにしても日本軍人・軍属94136名に加えて
沖縄県民約94000名以上それに記録に残らない
朝鮮人等約1万人以上の戦死は大きな数字ですな。

(沖縄戦殉職医療人之碑)


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実は沖縄本島南部には「ひめゆりの塔」以外にも
多くの慰霊碑や祈念碑が立てられています。

でも映画化されて戦後有名ななった「ひめゆりの塔」の
他は訪れる観光客は殆ど居ないのが現状ですな。

県立第二高等女学校生で結成された「白梅学徒隊」

県立首里高等女学高生で結成された「瑞泉学徒隊」

沖縄の男子中学生で結成された「鉄血勤皇隊」

これらの多くの14歳~17歳までの若き男女が
1780名中で890名も戦死者をだしてますんや。

死亡率50%は軍隊でも珍しい比率だそうでっせ。

これらの慰霊塔も「ひめゆりの塔」から半径3km以内に
多くが存在するも観光用パンフレットも無視のようでんな。

(沖縄自動車道 沖縄戦の激戦地)


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知られていない、こんな逸話を書き込ませて頂きます。

1945年6月6日 全滅を目前にして海軍部隊の
最高指揮官であった大田実 海軍少将が 夜半に
東京の海軍次官に最後の電報を打っておられます。

「県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ 後世 特別ノ
  御高配ヲ賜ランコトヲ」

この民間人を巻き込んで大きな被害を出した
沖縄県に戦後は特別の配慮を求めた言葉ですね。

だが戦後になって左翼系の政党から軍部に対し
協力したことを極端に非難する言論に
大田少将の遺言は日本人に理解されなかった。

残念ながら今の日本本土の国民が沖縄県民が
先の大戦で受けた苦しみに答えていない
そんな感じを強く受けた鉄ちゃん爺やでした。、

(めんそ~れ)


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沖縄の方言で「ようこそ~ いらっしゃいました」

最後にバスガイドさんが教えて下さった逸話を
書き込ませて頂きます。

2012年に沖縄戦に参加されたアメリカ軍の少尉が
亡くなる際に持ち帰った「少将旗」を遺族を探し
返還するように伝えて亡くなられたそうですわ。

この旗が沖縄の豊見城付近で戦死された大田少将の
陣内に置かれていた海軍の少将を示すものだった。

大田少将の三男で海上自衛隊にも勤務されて中東の
湾岸戦争にも参加された「落合氏」が該当し
沖縄のアメリカ軍基地で返還がされたんだって。

「落合氏」は沖縄戦の数少ない海軍の資料として
現在は浦添市? に寄贈されて保管されているとか。

戦後60数年を経過し恩讐を超えて日米の遺族が
会見するという光景が見られたそうです。

地元を初め、ほとんどのマスコミは報道すら
しなかったという沖縄は今でも戦争のことは
記事にしたくないトラウマが存在するようです。

今でも沖縄本島の3割以上がアメリカ軍の基地や
施設に専有されている厳しい状態にありますね。

沖縄に対して本土の我々がもっと配慮をし過去の
痛みや傷跡を癒してあげる必要がありそうですよ。

本日はこれにてお仕舞い。

次回はおきなわワールドや琉球村などを紹介しまひょ。

それじゃ これで、さいなら~♪

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