楚の国に「和氏の璧」が伝わりました。長い不遇の時代を経て、ようやく宝玉と認められ、世の中に伝わりました。二千数百年前の話でした。
そもそも宝玉ってどんなものでしょう。翡翠(ひすい)、瑪瑙(めのう)、水晶、滑石(かっせき)、琥珀(こはく)、鼈甲(べっこう)などが日本の古代のまが玉に使われたということですから、そういう系統の石なんでしょうか。
ダイヤモンドとか、オパールとか、ルビーとかが宝石とされるのはもう少し世界がつながってからなんでしょう。東アジアで、自然の中から突然転がって出てきた宝玉は古典的な、少し渋い石のようです。それをシンボリックな形に削って、宝物にしていた。ある程度の大きさが必要で、たたき割ろうとしたら割れてしまうもろさを持っていたようです。
それから四百年ほどが経過して、楚にあった宝玉は中国の真ん中の趙という国に流れていました。国と国との交渉の中でやったりとったりしているうちに、この国の宝物になっていました。
世界の宝物だから、王様は自分の権威の象徴としてぜひ手に入れたいと思うのは当たり前です。そして、強権的な国が、領土か宝かと、あれこれ交渉のネタに使うのはあり得ることです。
それがイヤなら、戦争の口実にもなります。何か大義名分があれば、喜んで攻め込んでいったでしょう。
秦の昭襄王(昭王)という王様は、隣国の宝物の「和氏の璧」か「十五の城」かという嫌がらせを思いついたそうです。スタッフがそういう話を聞きこんだのかもしれない。
「うちの国の十五の城と、お宅の国の宝である和氏の玉とを交換しよう。悪くない話だろ?」という提案を趙にしたそうです。
趙は恵文王という人がトップです。BC310~266の四十数年も王様だったみたいですが、お父さんの武霊王という人は戦上手だったそうですが、息子さんはそんなにイケイケの王様ではなかったそうです。
そこへ強国・秦からの嫌がらせ提案が来ました。
王様のそばにはいろんなスタッフがいます。宦官の繆賢(びゅうけん と読むのかな?)さんが抱える居候(食客)に藺相如(りんしょうじょ)という人がいました。
わりと正論をズバッと言うし、彼の提案をそのまま実行してみると、みんながその言葉通りに進んでしまいます。それくらい人のツボみたいなのを押さえられる人のようでした。
繆賢(びゅうけん)さんは藺相如さんにどうすればいいか訊いてみたら、私にアイデアがあります、ということでした。
王様の前に進み出て、藺相如さんは言います。
「秦は強く趙は弱い立場にあります。当然ながら、秦の提案を無視することはできません。けれども、そのまま向こうがまともな対応をするとは考えられません。ムチャクチャなことをするのが秦という国です。
けれども、一応その提案を受け入れた形にして、何かあった時には、非は向こうの国・秦にあるようにしなくてはなりません。私たちは非難されるべき口実をあの国に与えてはならないのです。」
まさにその通り、こちらにミスがあれば、向こうはそれ見たことかと攻撃をしかけてくるのです。みんなそれはわかっているんですよ。だから、それを打開したいと思っている。それなのにいいアイデアが浮かばない。どう見ても、向こうに宝玉は奪われ、お城が手に入らないのは見えている。秦という国は、そんな無茶をする国なのです。みんなが痛いほどそれを経験している。どうしたらいいのでしょう?
恵文王さんが言います。
「だが璧を奪われたまま、城を渡されなかったらどうするのだ。秦という国はそういうことをする国なのだ。璧を持っていけばそのまま奪われ、壁を持っていかなければ向こうから交渉決裂として攻め込まれるだろう。しかも、敵の渦中に入り込もうという勇気ある使者がいないではないか。だから、困っておるのだ。」
ここで藺相如さんは言ってしまいます。
「使者がいないのならば、私が秦に出向きます。城を受け取れなければ、璧をそのまま持って帰ります。どうぞ、私にお任せください。」
ああ、とうとう請け負ってしまった。こうなれば玉とともに散ってしまうのか、それとも交渉は成立するのか? とても厳しいミッションになりました。
王様、どこの馬の骨かわからないヤツに大切な宝玉を託していいのですか? そのままネコババするとか、持ち逃げするとか、向こうにプレゼントして秦の国でいいポストを見つける可能性もあるではないですか。信用しないのが普通ではないでしょうか?
でも、王様は、この藺相如さんにすべてを託してしまいます。
これが中国の英雄のデビューです。口だけではなく、行動でも見事ミッションをクリアしたら、将来が約束されます。
この藺相如さんは、今までどういう経歴を経てきた人なのか、それなりに苦労したり、勉強したりしてきたんでしょうけど、居候から大抜擢されて名前を上げてしまうんですから、たいしたものです。
秦での出来事は? また、明日でも書こうと思います。
★ もちろん、約束したことは実現できませんでした。すぐに他のことに気が行ってしまう、一つのことをとことんやれないダメな私の一面が出ました。どうしたら、一つのことをとことんやれるようになるのかなぁ。