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今、ふりかえってみて、私は誰のために生きているのか、と問われれば、家族のためと答えます。自分のためが一番というのもつけ加えつつ。
ということは、私は自らのために自らの生を齷齪(あくせく)しているということです。そんなに努力もしていないし、早起きもできなくなっているし、何となくやる気がないようによその人には見えているはずです。もともと脱力系ですからね。でも、私なりにはどんなふうに時間を過ごすか、どれだけ有効に生きていけるか、考えているんです。
近ごろはこらえ性がなくなって、すぐ飽きてしまうし、ずっと何かをやり続けるということができなくなっています。私は人生においても安定して暮らしていると言えるのかどうか。不安ながらも日々を何となく過ごしている。
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若いときは、今と違っていたのかどうか。あまり変わっていないような気もします。でも、世の中において、自らはどうあるべきか、自らをどこに置くことができるのか、模索していました。とはいっても、簡単には見つからないから、おもしろおかしく毎日を過ごせられたらいいや程度の心構えでしたか。
そんな気構えだから、私の社会の中での位置というのはなかなか決まりませんでしたけど、とりあえず自らの位置を探していました。
(私はなかなか自己というのが確立できてないと思っていました。そんなの簡単にできるわけはないし、それよりももっと自分の能力を開発する努力が必要でしたね)
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社会はどんなだったでしょう。80年代の初めの頃、実は世の中は景気が良かったということでした。あまり実感はありませんでした。それでも、世の中に不満を持つ人たちはいっぱいいたでしょう。ただ何となく右肩上がりの感覚をみんなが持てていた。落ちこぼれた私は、あえいでいたけれど、世の中は何となく進んでいた。
アメリカはずっとベトナム戦争を引きずっていた。いろんなところでずっと反省しているし、たくさんの心を病んだ人たちがいました。表面的には明るいのに、世界の新興勢力をどんなふうにかわすのか(てなずけるのか)、アメリカの模索は続いていました。
いろんな技術でアメリカ以外の国々の力が上がっていた頃でした。でも、アメリカの次なる戦略はしっかり練られていたんでしょう。技術はとにかく発展させねばならない。でも、それらを生産するのは国外にこだわらないし、国内の産業においても、よその国の会社であっても、国内で生産するのであれば、それは積極的に支援しようと、多国籍企業を受け入れ、大量生産は下請けに回す、そんなことで自国のアイデアは大事にして守った。アイデアと人の力が世界をリードしていく力になるという信念があった。(日本は、浮かれてたんでしょうね。大儲けできたら、それが永遠に続く、アメリカなんか怖くないなんて思ってたかも……)
中国は世界に追いつけ追い越せと国全体を工業化に邁進し、その前の時代の文化大革命という負の遺産から抜け出そうとしていた。ソ連・東欧は追い詰められていた。そして、暴発するまでのカウントダウンが進んでいた。
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そんな世界情勢とは全く関係なく、自分の進路のことで溺れていた私は、結婚・子どもの誕生と、人生のピークと呼ばれる節目を過ごしていましたけど、世の中への目なんて持てていたのかどうか。自分のことで精一杯でした。
90年代に入り、世の中は変わりました。すべてが不景気の風に吹かれたせいか、信じられるものがあまりなく、組織も個人も自分のカラに閉じこもる気配がありました。
東欧もソ連もパンクして、新しい世界が生まれたのかと思っていたら、21世紀に入ると、アルカイダのテロから始まって、世界はずっと混乱しつづけています。アフガニスタンや中国、ロシア、中東、すべてが定まったのかと思われてたものが、ずっと変動しつづけることになりました。今も、それらの地域は変動しつづけています。イスラエルもずっと国境の書き換えばかりしている。
世界は、みんな自分の拡大へと向かっています。欲望を爆発させ、環境に配慮しながら、永遠に繁栄するのだという感じです。
自分のしあわせがあって、他人のしあわせは何も考えなくなっています。
そんなんじゃないんだと思うんです。困っている人はたくさんいるし、人間なんて、簡単に誰かのお世話にならないと生きていけないということ、たくさん、たくさんあるのに、みんな自分さえよければいいで突き進んでいる。
いろんなところでストップをかけてるんだけど、なかなか暴走は止まりません。改めて、市民レベルで、みんながみんなのために生きるんだ、というのを確認し合いたいです。
私も、明日から、口先だけじゃなくて、何か実践したいです。