甘い生活 since2013

俳句や短歌などを書きます! 詩が書けたらいいんですけど……。

写真や絵などを貼り付けて、二次元の旅をしています。

健さんの「風」

2021年12月22日 21時16分17秒 | ことば見つけた!

 今から二十年前の五月に、高倉健さんにインタビューする番組があったそうです。NHKなのかな。ひょっとしてうちのハードディスクの一番上にある番組がそうなのか、一度見たのか、見ていないのか、見たまま残してあるのか、わからないですけど、そういうのはあったような気がします。

 インタビューワーは国谷裕子(くにやひろこ)さんで、長い間NHKの「クローズアップ現代」を担当されてたジャーリストでした。

 健さんは70歳を過ぎて、少しずつではあるけれど、自分のペースでやりたい仕事をされてた状況だったそうです。田中裕子さんと夫婦だったり、倍賞千恵子さんと夫婦だったり、いろんな女優さんと細々と生きてるけれど、そこにいろんなトラブルがやってきて、それに立ち向かうという役回りが多かったんでしょうか。

 そんな時期に、インタビューの番組を作ることになった。過去の作品、現在の心境、ご自身の生活、いろいろと聞きたいことはあったでしょう。でも、プライベートなことよりも、仕事のことを聞かなきゃいけないし、個人的なことは健さんは語らなかったでしょう。

 なかなか健さんは、国谷さんの願うとおりに話してはくれなくて、ポツリポツリだし、これだというものが引き出せていなかったそうです。カメラは回っています。沈黙は悪だし、何か時間を埋めなくてはいけませんでした。

 健さんはしばらく沈黙されたそうです。国谷さんはそれに質問をかぶせないで、しばらく待った。というか、何か引き出せる瞬間が見えたのかもしれません。

 「休みをとって世界中どこへでも行きたいと思えば行けて、いいホテルに泊まって、いいレストランで飯を食って、メニューの値段表を見なくても飯が食えるようにいつの間にかなってしまった。

 乗る飛行機はファーストクラス、泊まるホテルはスイートって、なんか自然のようになってますけど……(沈黙)。

 やっぱりこの仕事やってきてよかったと思えることは、そういうことではなくて、鳥肌が立つような感動をした時ですね、あ、よかったなって、自分で。」


 成功して、お金に不自由なく過ごすことなんて、そんなに大事ではなくなっていた。健さんは共演者の人たちみんなに気を使いながら、みんなで仕事をしているその現場が好きだった。健さんのおられた映画の現場では、何度か感動する時間があって、振り返るとそういう場面がとても大事だったし、とてもよかったということでした。

 さすが、いいお話をしてくれたんですね。健さんも、そんなことが自分から出てきたのは少し意外だったのかもしれません。

 国谷さんは、「これからはどういう作品に出たいと思いますか」と質問します。

 「まだ頭のなか、何にも考えてないですね。もう嫌でも封切りの日が来ますから、その日が一番辛くなる日なんですけど。でもどっかでいい風に吹かれたいというふうに思いますね。」

 この「いい風に吹かれたい」というのは、突っ込みどころのはずでした。国谷さんは当然訊ねます。

 「はい、いい風に吹かれていたいですね。あんまりきつい風に吹かれてると、人に優しくなれないですね。だからいい風に吹かれるためには、自分が意識して、いい風が吹きそうな所へ自分の身体とか心を持っていかないと。

 じっと待ってても吹いてきませんから。吹いてこないっていうのが、この頃わかってきましたね。」


 健さんはオンエアされた番組も見たあとで、あの沈黙してた場面、おおよそ17秒だったそうですが、よくぞそのまま流してくれたね。ありがとう。というメッセージを送ってくれたそうです。

 健さんにしてみても、漠然と何かを話したい気分は持っていたけれど、何を話すかというのは決まっていなかった。敏腕キャスターさんと向き合う中で、政府の要人、外国の偉い人などいろんな人と渡り合うことをしてきた国谷さんではあるけれど、性急ではなく、健さんの中に吹き出しそうな何かを見つけてくれた。そうしたら、健さんの中から風も出ただろうし、健さんもいい風を見つけたいんだよ、ということを番組の中で話すことができた。

 そういうことばが自分の中に見つけられたのも、うれしかったんでしょうね。これは国谷さんと向き合うことによって、ようやく引き出されてきた言葉でした。自分の中にモヤモヤとしたものがあって、そのモヤモヤに従って生きているんだけど、それが言葉になった瞬間だったんですね。


 ひとりでポツンとしていても、風は吹かないのだけれど、どこかいい風のある所に出かけてみたら、言葉も見つかるし、何かが見えるんですね!

(これらは国谷裕子さんの『キャスターという仕事』2017 という本にあるお話でした!)

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