甘い生活 since2013

俳句や短歌などを書きます! 詩が書けたらいいんですけど……。

写真や絵などを貼り付けて、二次元の旅をしています。

朝のススキの水つぶ

2022年05月20日 08時29分20秒 | あこがれ九州

 二十年ほど前、仕事で鹿児島に来ていた。前の日に飛行機でたどり着いて、せっかくだからと市内を歩いた。博物館やら西郷さんの墓地やらを初めて自分の足で歩いた。

 鹿児島の西郷さんは軍服姿。上野の西郷さんよりも硬質な感じがした。でも、まわりにはたくさんの花壇があって、鹿児島の人が西郷さんを花で飾っている気持ちを少しだけ受け止められた。いくら西郷さんを慕っても、西郷さんはどこまでも大きくそびえるだけで、私たちにはその姿を見ることはできない。西郷さんを見ようと思えば、目を閉じて心の目で見なくてならないんだろう。

 秋だというのに、セミが鳴いていた。さすが、カゴシマだ。南国は夏のようだったのだ。寒いかと心配していた自分が浅はかだった。

 ホテルはとらずに、指宿の父母の家から通うことにした。鹿児島市内までは電車で一時間余り、通勤できない距離ではなかった。父母はわざわざ息子のためにスケジュールを調整して、うちの指宿別邸をオープンしてくれていた。何日か前に前乗りして、そちらで生活してくれていた。

 そう、当時の私はビールくらいしか飲まなかったのだけれど、家にビールはなかった。仕方なく父が飲んでいる芋焼酎を初めて飲ませてもらった。



 芋焼酎は、なぜだか敬遠していた。匂いのせいだったのか、父が悪酔いする姿をごくたまに見せていたからか。いや、大人の飲み物というイメージもあったのかもしれない。まだ若かった私は、お酒もまだ未熟で、焼酎を口にしたこともなかったのだ。

 そして、ビールがないから仕方なしに飲んだ芋焼酎は、とてもおいしいものであった。どうしてそう感じだのか、それはわからない。

 父母が見守る中で、いただいたお酒は、仕事をしている息子の自分というのを感じられたのか。仕事人は、ビールであろうが、芋焼酎であろうが、一日の終わりにサッとお酒をいただいて、サッと切り上げて、明日に向かう。それが大人なんだろう。いつまでもクドクドお酒を飲んでいるのは、それは未熟者のすることなのだ。



 近いとはいえ、それなりに遠いから、早起きしてディーゼルカーに乗り込み、鹿児島をめざしたのだと思う。

 駅までの途中、家を出た少しのところで、水路の上までせり出したススキが見えた。前日はセミが鳴く夏の鹿児島であったのに、朝はヒンヤリしていた。母はオニギリを作ってくれて、私はお昼休みには近所の公園で食べたのだと思う。そして、昨日のセミは、同じところなのにもう聞こえなかった。どこか、他のところへ向かっていたのかもしれないな。



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