NHKの夕方の人形劇「新・八犬伝」、語りを担当していたのは坂本九ちゃんでした。時々は黒子の衣装を着て、姿を現わしたり、コメントしてみたり、70年代の九ちゃんらしい仕事をしていました。シンガーというよりも、司会・進行役・時々歌う・物語を上手にまわしていく、そういう役回りでした。
テーマソングも歌っていて、♬夕やけの空を君は見てるか……胸を開け、心開いて……、などという歌が聞こえてきたら、今日の放送分はもう終わりで、今から塾に行かなきゃ、とか思ってたでしょうか。
私のそういう時代のドラマであり、歌でした。60年代に大活躍した九ちゃんは、歌い手ではなくて、演者・役者みたいな仕事が多かった。まあ、喜勇ちゃんが出ていたら、私たちは何となく安心してみていられたのだから、とても貴重なキャラでした。
80年代もお仕事されてたみたいだけど、私にはなかなか接するチャンスはありませんでした。そして、知らない間に自民党の選挙の応援をするような仕事まで引き受ける人になっていたようです。
そして、夕方のジャンポジェットに乗ってしまった。ジャズピアニストの世良譲さんが、彼とスタジオかどこかで会ったとかで、永六輔さんの仲間たちでは世良さんが九ちゃんと会った最後の人だったそうです。特に変わったところはなく、淡々とお仕事をされてる様子で、その日の夜には九ちゃんはいなくなってしまいます。
私たちは、本当に何にも感知できないところがあって、もっともっといろいろと敏感に気づけばいいのに、ぼんやりと見送ってしまうのでした。
私だって、全く何も知らないうちに九ちゃんがいなくなったのを知りました。あまりに突然だし、ボンヤリしていただけでした。
たぶん、自分の結婚が動き出して、早く彼女とあれこれ話をしたいとか、自分のことばかり考えていたでしょう。
1985年は、阪神タイガースが唯一の日本一になった年でもあったし、割と浮き足立ってはいたんでした。私も世の中も?
♬ひとりぼっちじゃないんだ。まだ、知らないだけなんだ。
もっと自分から進んで、いろんな人たちのところへ分け入っていけば、新たな友だちも生まれるし、心開かれた関係ができちゃうぞ。里見の八犬士たちもそんな風にして自分の運命を切り開き、仲間を見つけ、お互いに助け合っていったぞ!
そういう物語を味わえたのは幸せでした。
この夏、鳥取の倉吉というところを歩いたことがありました。里見忠義の墓と殉死した八人の武士たちのお墓があるということでした。
まさか、千葉県の南の安房の国から追放されたか、幽閉されたんだろうか、と悲しい気持ちで立札を見ましたけれど、追放ではなくて、転封されたということなんだそうです。
江戸のある関東圏から、かなり遠い鳥取に移転させられてしまった。八犬伝の時代の室町末期から百年を経ています。八犬士たちは里見義実を支えて生きた、それから九代のちの里見忠義さんが、鳥取の倉吉に移転させられた。お家お取り潰しではないから、いいようなものの、でも、少しずつ領地を減らされて、最後はそこで果ててしまうので、徳川幕府によるやんわりとした取り潰し作戦の一つだったのでしょう。古いお家は少しずつなくしていくし、徳川にとって大事なところは少しずつ天領にしていくし、260年をかけた幕府の枠組み作成につぶされた里見家というものがあったようです。
ほぼ50年ぶりに「八犬伝」(平岩弓枝版)を読んでいますので、少し里見家を思い出してたんですね。