うちからクルマでしばらく走ったら、製薬会社さんが作ったフィギュア博物館というのがあります。ここのコレクションは、社長さんが集めたもので、いわゆるオモチャやアニメなど、いろんなものがあるそうです。
私は、そういうのがあるというのは知ってましたが、過去にはショッピングセンターだったところで、その時には何度か買い物に行かせてもらいましたけど、博物館にリフォームされてからは、全く近づいたことがありませんでした。
ものすごいコレクションと、広い展示場ですから、壮観であるのは確かです。でも、動かないフィギュアを延々と見せられて、そんなにうれしいとも思えなくて、ぜひ見たいという気持ちになれません。
私の中では、特撮もののオモチャは、すべてうちの子の担当で、私は完全に心は切れています。うちの子が欲しいものがあれば、それは本人が手に入れたらいいわけですが、うちの子も、もうオモチャには興味はないようです。
うちの子は、何があったらうれしいんだろう。マンガ本かな? どんなものが好きなのか、近ごろは秘密主義になってしまって、教えてもらえなくなりました。小さい頃は、簡単に何が欲しいのか分ったのに、もういい年だから、わかるわけがないですね。親に秘密もなければ、大人としてはやってられないもんね。
私はカメラが欲しかったけれど、もう小遣い三か月分をふりしぼり買いました。あとは、欲しいものはなくて、ただどこかに行きたいだけです。クルマも要らないし、お金もそんなに欲しくないし、今まで出会ったことのない本とか、今まで見たことがない絵とか、知らないものを少しでも知りたいくらいで、具体的な物欲はありません。
郷土玩具は、興味がありますけど、手に入れたとしても、飾るところがないしなあ。実家にあった木彫りのクマだって、ゴミの日に出して清々したくらいだから、郷土玩具熱もあやしいです。もう、何も欲しいものはない、と言ってもいいのかもしれない。
いや、イイカッコシイかな? 欲はあるはずなんだけど、無理して手に入れたいものはない、タナボタなら、適当にもらおう、そういうスタンスかなあ。欲望があるのかないのか、よくわからないです。
少しはあるんだろうな。
高価なものは要らない。ただ、そこに至るまでの思い出は大事にしたい。鉄人28号なんて、小さい頃に見たけれど、何も憶えていないのです。ただ、正太郎君と署長さんが、現場に出かけて、鉄人を操作して事件を解決するわけで、どの物語も記憶のかけらもないのです。でも、朦朧とした昔をしのぶものとして、正太郎くんと署長さんのオマケは数百円でゲットしました。
その程度です。一つのオモチャにも講釈や思い出がなければ、私が持っている意味はないのです。そして、これをどこかに売りに出したとしても、何の値打ちもつかないでしょう。そういうものを少しだけ持ってればいいのです。
美術コレクションを作るには、元手と情熱が必要です。私には、どちらもありません。ただ、気になったら見せてもらうだけです。
タナボタで見せてもらえる部分だけで喜んでいようと思います。
昨日は、少しだけ、近所にできたという新しい美術館を見てきました。これはちゃんと情熱をもって見せてもらいました。ただ、私の理解力がイマイチで、また見に行かなくちゃいけない、というのは昨日実感したことでした。
一度見ただけで、何もかもわかるなんて、私には無理な話で、気楽に、気長に、画家さんの話を聞いていきたいです。
そう、ラジオで、ジュディ・ガーランドさんが生誕100年というのを聞きました。でも、彼女は47歳で亡くなってるから、いなくなって53年も経過しています。なのに私は、「オズの魔法使い」は知ってるけど、「スタア誕生」だって見ていない。ほらね、知らないことばっかり、ザルのように、いろんな知らないことをスルーしている。
少しだけ、興味を持ったんですけど、どれくらい出会えるやら……。出会いを大事にして、日々を過ごします!(ミュージカル映画も好きだったのに、近ごろサッパリ見ていないです。ああ、何をやってんだか……)。