グレチア・サレンティーナ(サレント地方のギリシア)
私は家でおこもりさんの日々です。でも、昨日は家のウラジロガシの先端を三本くらい切ったんですよ。あまりに伸びすぎていて、このままだとお隣のおうちの地盤を掘り上げそうだから、小さくしなくちゃと切りました。まだまだ伸びている枝があるんですが、葉を処理しきれないので、また違う日に切ることにしました。
今日も葉の処理をしなくてはいない。ウラジロガシの葉はお肌にいいからと、うちでは乾燥させて煮出してお風呂に入れているんですけど、あまり効果はないみたいです。少しずつ頭がハゲになるくらい。いや、ハゲは別次元ですか。
ぼんやりと六時半くらいに起きました。テレビをつけたら、そのまま見てしまうから、自分からはつけないようにしているのに、今日は私がスイッチオンしてしまった。反省しなくてはいけません。明日からも気を付けます。
チャンネルはNHK-BSになっていました。男の人と女の人が歩いていました。てっきり教育テレビの外国語講座かと見ていました。外国の女の人が日本語をしゃべっていたからです。
女の人が日本語で外国を案内しているのだと思いました。道を石垣で囲っています。古代の街道みたいな感じでした。女の人は日本語をしゃべっているけれど、顔を見たらイタリアの人かなと思いました。リュックをしょっている。靴はウォーキング用みたいです。地味な服装。穏やかな口調。優しいガイドさんみたいでした。男の人は日本人で、あとで調べたらNHKの人だったそうです。
野原の道を歩くと、向こうに町が見えてきました。女の人のふるさとだと紹介されました。カリメーラという七千人くらいの町だそうです。ここはどこなんでしょう。女の人の顔からするとイタリアかな、そうするとシチリア半島でも歩いているんだろうかと思いました。
町の中に入り、グリコ文化博物館というところを訪ねます。そこは案内をしてくれる女の人のお父さんが運営している博物館で、グリコ文化というのは、お菓子のグリコじゃなくて、ギリシア系の人々の文化の展示でした。グリコ語というのもあるらしい。
「グラッチェ(ありがとう)はグリコ語で何というんですか」と日本の人が質問しています。
ハハーン、ここはイタリアではあるらしい。それにしてもギリシア系の人々はイタリアのどこにいるの? あなたたちはどこを歩いているの? 結局五日間歩くみたいだけど、それはどこ? 最後は海の町に着き、港を見渡して終わりになりますが、やはりわからなかった。
……赤いフィアット! イタリアだ!
「昔はグリコ語をしゃべらないように言われた。しゃべってたら殴られたりした」
(なぐったのは親だったのか、先生だったのか……)
「どうしてなんです?」
「グリコ語は、貧しいギリシア系の象徴であり、差別されるからです」
(イタリアにも海を渡ってギリシア系の人たちが移り住んでいた!)
十六世紀半ばに生まれ、スペインで活躍した画家で、エル・グレコという人がいました。その名前の意味は、「ギリシア人」というもので、「グレコ」が「ギリシア」を表すというのは聞いたことがありました。「グリコ語」というのも、イタリア語から見たら、異質な言語であるギリシアのことばだったのですね。お菓子メーカーの名前ではなかった。
そうだ! エル・グレコは自分のふるさとではないところで、宗教画を描いた人だそうですが、ずっとふるさとの人々を描いていたのだと気づきました。イタリアでも、スペインでも、どこにいてもふるさとの人々の面影をベースに絵を描いていた。
大原美術館の「受胎告知」の天使もマリア様も、みんなギリシア系の人々の顔を受け継いでいるのだ。道理で、今見ているガイドをしてくれている女の人も、イタリアの人なんだけど、ギリシアの血統を受け継いで今に至っている人なのだと、東西交流のヨーロッパらしさを感じることができました。
オリーブ、草原、古代ローマにつながる道、東に歩いてやがてたどりつくアドリア海、サレント地方と言われるそこは、イタリアのどこなのか?
それで、ネットで調べてみましたが、ヤフーの地図を見てもサレント地方が見つけられず、サレント地方ってどこ? と訊ねて、やっとイタリアのブーツ型の地図のかかとの半島がサレント地方だというのを知ることができました。
一番ギリシアに近いイタリアで、ギリシアの人々は新生活を求めて移り住んだ。けれども、差別はあったので、なるべくギリシア色をなくした生活をしていた。でも、今ごろになってようやく自分たちの文化を忘れてはいけないと、グリコ文化・グリコ語を取り戻そうとしている。博物館の館長さんの娘さんは、さらに文化をつなげようと日本語を学び、日本の人たちとの懸け橋になろうとしている。
そんなこんな、ギリシア系の人々のたくましさと苦労を知り、私の狭い世界も少しだけ世界につながった気がしました。エル・グレコも改めて見たくなりました。イタリアにも行きたくなった。ああ、私は日常にしばられているけど、いつか奥さんを連れて行きたいです。早く行かないとね。