小学校の低学年のころ、うちにテープレコーダーがやってきました。珍しくそんなものを買ったんですね。電話代も高かったから、声のやりとりなんかもしたと思うのですが、どういうわけか、父が率先して買ったような気がします。
オーディオなんかには興味はなかったけれど、時々はこういう買い物もしたんですね。誰かの影響があったのかもしれません。センパイか同僚が買っていて、父もついつい買ってみたくなった、のかもしれない。
そのころから、電化製品はS社の製品を選ぶ傾向がありました。世界のS社とかなんとか、そんなことばに踊らされて、よくここの製品を買いました。いつごろからか、ここの製品を買うと、融通はきかないし、アフターサービスはイマイチだし、すぐ製品をつくらなくなってしまうし、信用できない会社へと私の中では変わっていきました。
でも、この夏、カシオのデジカメが全く動かなくなって、あわてて一万以下で買ったものは、S社になりました。もうどうでもいいやという気分だったのかな。まさか、山形まで来て、デジカメを買い、まさか裏切られることもないだろうと、買いましたっけ。
とにかく、うちに不似合いのテープレコーダーなるものが登場しました。
テレビ、ラジオ、音楽、そういうものが録りたいわけではありませんでした。ただ、自分たちの声を録音したかったのです。とても無邪気な衝動でした。
さっそく私は指名を受けました。何か言え、何かしゃべれ。しゃべるのがイヤなら、本を読んでみろと指示されて、コクゴの教科書を読むことになりました。
かぐやひめ、でした。竹取のオキナがいて、おじいさんが竹林にでかけて、光る竹を見つけます。あのかぐやひめの小学校版のダイジェストです。
おっかなびっくりで読んでた私は、再生してもらって、自分の声がこんなにクリアーではなく、スットンキョーで、頼りなく、何かものさびしげで、誰かに助けてもらいたいけど、誰も助けてくれないから、仕方なくボツボツ1人でやっていくよ、みたいな、心細い、甲高い声を聞きました。
自分の声ではないのですが、人にはこれが自分の声として聞こえているらしい。ああ、なんということだ。私は、こんな変な声で、人々の中で生きているのか、何だか世の中を欺いて、ウソの自分で生きているような、この声は本当の私ではない。この声でしゃべっているコイツは、偽物で、ほんとの私はここにいるんだけど、その声は絶対に相手に聞こえない。
そういう恐ろしい現実を知らされることになりました。
ほんとの私は、誰からも聞かれることはなく、私だけがほんとの私を知っているし、私だけがそれを聞き取れるなんて、なんとももどかしい話でした。
それから50年以上、私は偽物の声をしゃべる私と折り合いをつけながら、世の中で暮らしてきました。
奥さんは言います。「もっと声のいい人と結婚したかった」
そうか、やはり私の声は変な声なんだ。
そういえば、録音された自分の声を今でもたまに聞くときがあるけれど、ひどいもんです。この声を聞いただけで、誠実ではなくて、いつもヘラヘラしていて、はっきりと聞き取れない、モヤモヤした、ずるがしこそうで、中味がカラッポな人間の声が聞こえます。
目の前がまっくらになります。普段は忘れているので、現実に向き合わねばならないとき、愕然とするのでした。そうか、私はその程度の人間として扱われるような声で生活しているのだとつくづく思います。誰も真剣に私なんかに向き合ってくれないという暗澹たる気持ちです。
自分の言い訳はこのくらいにして、世の中のとんでもない声の人、ふりかえると、意外とたくさんいるなあと思います。
甲高くて語尾が聞き取りにくい、表層的なAさん。あの人が国のトップで5年もやれるなんて、声がよくない人々には希望が湧いてきます。あんな不誠実な人柄を声で出していても、とりあえずみんなが支持してくれている。よっぽどスタッフが優秀なんですね。たいしたもんだ。
民進党を飛び出たHさん。あの人も声がヒドイ。背は高く、顔は二枚目風なのに、あの声は、すべてを裏切るし、だれも信じてなんかいないよという、怖さを感じる声でした。髪の毛も真っ白に染めていた時期もあるそうで、いかにもあの人がやりそうな、見え見えのパフォーマンスですけど、どんなにごまかしても、声が中味をばらしている。数分彼の声を聞いたら、どんなにいいことをしゃべっていても、もう、あっちへ行って! と言いたくなるでしょう。事実、彼はだれともうまくやれなくて、孤立し、偉そうなことは言うかもしれないけど、中味はカラッポで、とてもザンネンな感じです。
トランプさんは、声がいい人なのかな。ヘアースタイルが見せかけだから、もう何を言ってもすべてウソというのはばれていますけどね。
さて、テレビで聞く声が世界一ひどい人は、それはダントツで、ひきがえるのようなあの人です。もう信じられないくらい、悪魔が地獄からふみつぶされながらしゃべっているみたいな、とんでもない声です。
あれは、国民がかわいそうで、まあ、彼は国民にも話しかけないだろうから、国民としてはしあわせかな。彼の声を生で聞いたら、そりゃ、みんなが革命を起こしたくなるかもしれないな。そうです。ぜひ何も語らず、サイレントで立派そうに見せていたらいいんだと思います。
以上、声のヒドイやつ列伝でした。いちばんひどいのは、Kです。その次くらいに私かな。いやAもウソっぽいぞ。そうだ。私もしゃべらないようにします。だまって黙々と仕事しよう。しゃべらなくていいように仕事します。