BC323あたりの話です。たまたま楚に来ていた論客・陳軫(ちんしん)という人の話が残っています。『戦国策』の斉策に載っているようです。
陳軫さんは、張儀さんとともに秦の恵王(恵文王)に仕えたこともある遊説家でした。ブレインはたくさんいてもいいけれど、対立すると方向性を失うし、うまくコントロールするのが難しくなります。そして、論客同士の意見の対立もあるでしょう。できることならば、その話し合いの中から素晴らしいアイデアが生み出してほしいんです。でも、「言うは易し行うは難し」で、簡単に人の集団というのはまとまりません。
陳軫さんもライバルの張儀さんとのアピール合戦に敗れて、楚の国に仕えていたようです。
楚の将軍の昭陽さんが、魏の国を攻め、魏の将軍を倒し、八つの城を攻め落として、その勢いのままに斉の国を攻めようとしました。南から真ん中、真ん中から東北方向へ中国大陸を進んでいこうとしたようです。地理的な感覚がないのでピンとこないんですが、そこを強敵の秦にチャレンジするとかではなかったようです。やはり、秦という国は山々に守られているから、あえてそこに攻め入ろうとはならなかったようです。楚から魏、魏から斉というのが進みやすい方向だったようです。というか、軍っていうのは、中心へ向かうか、周辺に行くか、解放される方に向かうか、どちらかなんでしょうね。
陳軫さんは言います。
「楚の国の法では、敵軍を倒し敵将を殺した功績に対して与えられる官爵は何でしょうか。」
昭陽さんは、
「官は上柱国で、爵は上執珪だ。」
柱国は軍功のあった者に授けられる官名で、上柱国はその最上位、執珪は功臣に対する爵位で上執珪はもちろんその最上位です。
陳軫さん「それ以上の貴いものは何がありますか。」
昭陽さん「ただ令尹だけだ。」
令尹とはいわば総理大臣で、人臣の最高位です。
「楚の王は二人も令尹を置くわけにはいきません。」
そこまで追い込んでおいて、たとえ話をするようです。
さあ、みんなでヘビの絵を描こう、一番最初に描けた人にお酒を飲ませようと、大の大人たちがヘビ描き競争をします。
最初に描けた人が余裕なので、描けたヘビに足を描いてしまいました。それはヘビではなくなって、トカゲになってしまいます。どっちも爬虫類だけど、トカゲはあまりお話には取り上げられません。何だかアピール度が足りないんでしょうね。
最初にヘビを描けた人はお酒をもらえず、余計なことをしたという話でしたね。
かくして「蛇足」は、余計な付けたし、やらなくてもいいことをする、という意味になりました。ヘビの足だから、実在しないものという意味にはならなかった。
それで、昭陽さんは、斉を攻めても自分にプラスにならないと納得して、兵を引くことにしたという話でした。
戦国の世なのだから、自分が攻め取った国で自分が王様になる、ということもありじゃないの? と、現代の私たちなら思いますが、いくら自分の功績であろうとも、国家の経営となると、やはり秩序が必要だし、自らが王になろうとすると、大義名分が必要になるようです。
軍隊といえども、その軍団は功績を上げて、恩賞をもらうことに意味があるのであって、将軍様に仕えることに意味はないのです。将軍が有能で、どんどん勝たせてくれたら、それに乗っかって自分たちも得をする。無能であれば、自分たちも命を落とす。できることなら、いい将軍の下で、自分たちの欲望を達成したい、そういう集まりなのだと思われます。
将軍を慕って、この人を王様にしてあげたいなんて、誰も思っていない。だから、どんなに連戦連勝でも、国家は簡単には生まれないのですね。
国って、いつの間にかそこにあって、栄枯盛衰を繰り返し、たまたまそこに住んでる人は、その波に溺れないようにして、自分たちの生きていく道を探していく。自らが国家を打ち立てようなんて、そんなめんどくさいことは誰も思わないから、みんなそれぞれ、自分の生きる道を探していく。
誰も、自らの国家みたいなのは作りたがらない。すでにある枠組みの中で生きていくだけです。
「止(とどま)るを知らざる者は、身まさに死せんとし、爵(しゃく)まさに後に帰せんとす。なお蛇足を為すがごときなり。」
進むことばかりを考えてストップすることを知らない者は、いずれ自分の命を落とすことになりますし、爵位は後進に譲ることになる、それは蛇に余計な足を描くようなものなのです。余計なことをしてはいけません。
そういう教えでした。
陳軫さんの言葉は残りました。彼そのものの人生は、自分を認めてくれる国を求めて、ずっと止まらなかったでしょうか。彼自身は「止るを知らざる者」だったのかもしれません。
私は、止まるばっかりの者で、なかなか進まない人間でした。グータラですからね。
さて大晦日、今から大阪の実家に行ってきます。二日間お休みして、三日に戻ってきたら、お正月の報告でもしてみます。
みなさま、どうぞよいお年をお過ごしください。どうぞ、コロナにならないように、オミクロンなんて、今度は何が出てくるやら、でも、私たちは人間ですから、余計なことをしまくりでいきましょう。コロナには注意しつつ!