甘い生活 since2013

俳句や短歌などを書きます! 詩が書けたらいいんですけど……。

写真や絵などを貼り付けて、二次元の旅をしています。

光あるうちに光の中を歩め! 中歴-13

2014年03月19日 21時24分35秒 | 中国の歴史とことば
21【天道(てんどう)(  )か非(ひ)か】……善を行って禍(わざわい)を得たり、悪を行って福を得ることがある天道は、果たして正しいのか正しくないのか。 
22【(   )人】……①正義をかたく守る人。忠義な人。 ②すぐれた人物。
   ★ 21・22の空欄に適切な漢字一字を答えてください。
23【驥尾に付す】……他人の業績を見習ったり尻馬に乗ったりして、何かをすること。
   ★ 「驥尾」は何とよむ?

 司馬遷の書いた「史記」の列伝には、漢代までの歴史上の重要人物たちのことが書かれています。その一番最初に取り上げた人はというと、ヒーローでもなく、大学者でもありません。もちろん王様たちではありません。社会的に地位の高い人たちは別のところに書き込んでいます。
 取り上げた人は、世の中の流れからはずれ、山の中で餓え死にした伯夷(はくい)と叔斉(しゅくせい)という孤独な兄弟でした。そこから、なぜこの二人が取り上げられたのか? という疑問が起こるのです。

 司馬遷は言います。 
 「天道にはわたくし(えこひいきのこと!)がなく、常に善人に与(くみ)する」と言う人がいる。だが、それなら、伯夷と叔斉は善人だったのだろうか? 天の神様は二人を見捨てたはずである。何といっても、二人は飢え死にするようなみじめな最期だったのだから。
 また、孔子の弟子の中で、「随一の学を好む努力家である」と評価の高かったった顔淵という人がいて、立派な性格で、一を聞いて十を知るような、賢さと真面目さを持っていた。それにもかかわらず、彼はまともな食事をとることができず、いつも貧乏で、やがて若死にをしてしまった。
 こんなことがざらにあるわけだから、「天の神様は必ず見ている」という考え方は成立しない。世の中は不公平で矛盾ばかりである。

 逆に、盗賊の親方の盗跖(とうせき)という人は、日々に罪なき者を殺し、人の肝をなますとして食い、やりたい放題の悪事をはたらいたというのに、天寿を全うした例がある。こういう例を目の当たりにすると、21のような気持ちになるではないか! ……と。

 昔も今も、不公平であったり、天の神様の無神経さに憤りを感じることはよくあります。どんなに正直に生きても、「努力は報われる」というコトバ(信仰?)はあるものの、現実はそうではないではないか! そんな感想を持つ時があります。

 でも、いくら悲しんでも仕方がないので、「自分の努力が足りなかったのだ。またいつか、報われるときまで頑張ろうじゃないか」と、たいていの人は切り替えるのです。でも、それができる人はいいですが、そうした逆転するチャンスも与えられずに死んでしまったら、やはり無力感が残ってしまいます。そうです。世の中は不公平にできている、というのが事実なのだと思います。

 歴史を眺めるということは、人生の光だけではなくて、影の部分も自然に浮かび上がらせる作業があります。そういう影の部分は、あえて見て見ぬふりをする歴史家はいると思います。影の部分をいくら言い立てても、何にもならない、だれもそんな話は聞きたくないだろうと考えるのは、自然なことでしよう。たいていの人は、歴史上のあわれなヤツの話なんか興味がないのです。

 司馬遷は、あえてそういう人たちを列伝のトップに据えました。そこに何かの意図があったからです。歴史の中に埋没しそうな影の部分こそ大事なのだ。真実は細部に宿るのだと、その理念を実証するため、中国各地を旅をして、歴史の舞台を歩きました。その土地の人の話を聞き、熱心に取材しました。

 ここが彼のステキなところです。本の寄せ集めで歴史を書いたのではなく、足で稼いだ歴史なのです。それが今から二千以上前に行われたなんて! だから、私はちくま文庫を7冊買いました。2巻は買ってませんけど、これから何年かかけて全部読みたいと思います。それくらい尊敬してしまいます。



 22は、太公望のコトバとして記載されています。周の武王をいさめた伯夷と叔斉を、まわりの者たちは殺そうとしました。それくらい戦争直前で殺気だっていたのでしょう。それをクールな太公望は、「二人は○人だから、殺してはいけない」と制したのです。

 23は、無名の人が歴史に名を残すにはきっかけというか、しかけが必要というのです。周建国時の伯夷と叔斉、孔子さんの弟子ナンバーワンの顔回、ともに名前が今に伝わっているのは、すべて孔子さんという大きな存在がいたおかげなのだというのです。その立派な存在のシッポにすがっていって、名前が残されることってあるのだよと、司馬遷さんは言っています。《史記・伯夷列伝》

答え 21・是(ぜ)  22・義  23・きび


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