* 時々、忘れた頃にやって来る『徒然草』からの抜き書きです。今回は、とんでもないことが起こったらしいですよ。
現代の警察の役割をしてくれた検非違使(けびいし)の役所で起きたようです。昔は、貴族のみなさんは自家用の牛さんがいて、どこへ行くにも牛さんに引っ張ってもらって、移動したんでしょうね。
検非違使の役所の牛車を止めておくところ、引っ張らないでいい時には車から離してあげて、お水をあげたり、草をあげたりしたはずです。
その車止めにいるはずの牛が建物の中に入り、検非違使の長官の座席に寝そべってしまうという事件があったというのです。
それはもう、びっくりしたことでしょう。どこの牛だ。誰が管理してるんだ。生活に必要な生き物ではあるし、みんな大切に扱っていただろうけど、まさか勝手に建物の中に入り、あろうことか、長官の座席にのっかっていたなんて! 土も付くだろうし、草まみれにもなるでしょうか。フンはしなかったんだろうな。してたら、何だか気分悪いです。
さあ、どうなるんでしょう?
これは不吉なことであると心配する者たちが長官の運命にも関わるし、何かの陰謀ではないのかとか、いろんな憶測も飛ぶでしょう。宮中でも大騒ぎとなったはずです。
さて、当事者である検非違使庁の長官・藤原公孝さんのお父さんは何と言ったのでしょう?
父の相国(しょうこく)聞き給ひて、「牛に分別(ふんべつ)なし。足あればいづくへかのぼらざらん。わう弱の官人、たまたま出仕(しゅっし)の徴牛(ちょうぎゅう)をとらるべきやうなし。」
父の相国・藤原実基さまがお聞きになって「牛には思慮や分別などないものなのだ。足があるから、どこへでも昇らないことがあろうか。薄給貧弱な役人が思いがけないことで出仕(通勤)に用いるやせ牛を取り上げられるという法はない。」
とて、牛をば主に返して、ふしたりける畳をばかへられにけり。
あへて( 事)なかりけるとなん。
ということで、牛を飼い主に返して、牛が寝そべっていた畳を取り替えなさったそうです。そして、全然、不吉なことはなかったということです。
「あやしみを見てあやしまざる時は、あやしみかへりて破る」といへり。
「奇妙なことを見て奇怪なことだと思わない時は、奇怪なことは逆に消滅する」と言っている。〈206段〉
★ 空欄に「不吉な」という意味の漢字一字をどうぞ! おみくじでおなじみですね!
☆ ことばを見てみます。
「検非違使」……京都市内の犯罪取締りや秩序の維持にあたった役所。ここの長官であれば、現在の警視総監に相当します。
「わう弱の官人」……給料の少ない貧弱な役人という意味。「わう」という文字が出せなくて、仕方なしにひらがなで打っています。
☆ 検非違使の長官の藤原公孝(きみたか)さんは、1305年に没だそうです。兼好さんより少し年上の世代の人です。そのお父さんの「相国」は、藤原 実基(さねとも)という人で、「相国」は、太政大臣の唐名でした。南北朝のあれこれの時に、いろんな出来事もあったんですね。
☆ こんなふうに正正堂堂と生きていけたら、どんなにいいでしょうね。人は人、牛は牛、当事者には当事者の思いがある。それをまわりがとやかく言ことはあまり意味はない。当事者がさっさと処理していけばいいということでしょうか。簡単そうに見えて、そんなに簡単なことではないですね。
大統領選挙のゴタゴタを見ていても、とにかく当事者って、ジタバタするし、まわりの人はお祭り騒ぎなんだろうな。
余計な作為、ご丁寧すぎる配慮などやめて、あるがままに生きる! いいですね。127段では、「あらためて益なきことは、あらためぬをよしとするなり(改善するとかいいながら、意味のないことであるなら、改めない方がいい。時間の無駄だし、当事者がそんをします。でも、まわりはあれこれ変えたがる。教育だって、憲法だって……)。」というのもあります。
私たちもこんなふうにシンプルに生きていきたいと思うのです。それよりも、国の財政赤字、多すぎる議員、選挙区制度の見直し、原発開発、こういうのを改めてほしいけど、これらは絶対に押し進められます。赤字は増えて、議員はあぐらをかき、原発は推進です。地震が起ころうが、たくさんの人たちが被害を被ろうが、そんなの知らない。ああ、何とかならないかなあ。
★ 答えは、「凶」でした。