報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“アンドロイドマスター” 「二面性」

2014-10-12 19:44:46 | アンドロイドマスターシリーズ
[10月10日12:00.東京都新宿区西新宿 財団本部 初音ミク、平賀太一、十条伝助]

 研究者達は会議室で仕出し弁当を食べていた。
 仕事から戻って来たミクが研究者達に歌を披露する。
 実験で危険ではないと判断された曲に限り、エミリーとシンディがピアノとフルートを使って演奏し、ミクが歌う。
 因みに敷島は鏡音リンとレンを連れて、別の現場に行ってしまった。
「それにしても、ボーカロイドの開発を打ち出したのも南里先生と十条先生でしたね?」
「うむ。マルチタイプが喋り、楽器を演奏するのを見て、歌でも歌えないかと思ってな。わしが冗談で言ったことを南里が本気にしおって、開発してしまった」
「それを横取りしたのがウィリーですか。全く。とんでもない話ですなぁ……」
「どこまで行けるか分からんが、敷島君がプロデューサーとして貴奴らの売り込みに辣腕を振るっているようじゃな。頼もしい限りじゃ」
「ええ。最初はナツがやっていましたが、あいつも研究者ですから、どうしてもその観点からの売り込みになってしまうんですよ。しかし、敷島さんは違いました。それが功を奏しているようです」
「うむ。やはり売り込みは企業に任せた方が良さそうじゃ……」
「まあ、敷島さんはもう企業側の人ではありませんが」
「分かっておる」
 歌い終わると、あとはしばらくエミリーがピアノの独奏を続けた。
 シンディが、歌い終わって体温の上昇したミクを部屋の外に連れ出している。
「ボーカロイドに対する面倒見の良さは、エミリー以上らしいの、平賀君?」
「壊したりしないか心配です」
 老博士の質問に、アラフォーの平賀が眉を潜めて答えた。
「ははははっ!今さら、それは無い」
「そう言いきれますか?」
「ならば、エミリーに対しても同じことが言えると思うが、どうかね?」
「エミリーは南里先生の所有でしたから」
「しかしシンディを所有していたウィリーはもうこの世にはおらんし、彼女に命令する人間もアリス君のみ。アリス君がボーカロイドの処分をシンディに命令すると思うかね?」
「あのウィリーの孫娘ですからね、計り知れませんよ?」
 平賀はスマホで電話しているアリスを見た。
「……何よ、そのクソ安いギャランティー!?初音ミクはボーカロイドの代表格よ!もっと高く請求しなさい!」
{「このやろ!プロデューサーは俺だぞ!」}
 どうやら、旦那と電話しているようだ。
「……少なくとも、初音ミクが稼いでいる間は、間違っても破壊命令は出さんと思うが、どうかね?」
「は、はあ……」

[同日同時刻 東京都区内とあるラジオ局 敷島孝夫&鏡音リン・レン]

「このやろ!プロデューサーは俺だぞ!」
 アリスの無理難題に憤慨して言い返す敷島。
 固定電話だったらガチャンと受話器を叩きつけるくらいだっただろうが、スマホではそうも行かない。
「あの、プロダクションの方、収録中なんでお静かに」
「あっ、すいません!」
 で、スタッフに注意されるのだった。
〔「……そういうわけで~、リンとレンの新曲、どうぞお楽しみに!」「よろしくお願いします!」「はい、ありがとうございます。では早速リスナーの皆様には、一足お先にお聴きして頂こうと思います。……」〕
 収録自体は順調だったが。

[同日同時刻 財団本部の小会議室 初音ミク&シンディ]

「素晴らしい歌だったね。さすがドクター南里や十条は凄いと思うわ」
「ありがとうございます」
 シンディはミクのツインテールを解くと、ブラシを取ってヘアメイクを手伝っていた。
 ミクはミクで、午後も都内で仕事がある。
 現場でもメイクはあるのだが、ここで先に軽くしておこうということになった。
「でも驚きました。ルカの歌まで危険だって判断されるなんて……。私達の歌は安全だって聞いたのに……」
「たまたまよ。作曲家がどんどんあなた達の新曲を作っているでしょう?中には、危険信号に触れるコードもあるということよ。それに……私達が演奏して危険なだけで、あなた達が歌う分には問題無いのよ」
「ええ……」
(多分、危険な理由は……いや、やめておこう。この予想解析度は54.25パーセント。この数字では断定とは言えない)

[同日15:00.財団本部・リフレッシュコーナー 敷島孝夫&アリス・シキシマ]

「明日と明後日は屋外イベントが開催できそうだけど、13日は台風の接近もあるから、中止の恐れもある」
「そう。せっかくのギャランティが損だわ」
「ああ……。まあ、そうなんだけど、お前が言うと何かな……」
「何よ?」
「いや、別に……。で、実験はどうだ?」
「まあ、だいたいこんなもんじゃない?あとは危険と判断された曲について、どのような信号というか波長が出ているのかを調査して……」
「今日中に終わるのかい、それ?平日の今日までしか来れない理事もいるんだろう?」
「それはそれ、これはこれ。十条先生がリーダーでやってるんだから、きっと大丈夫よ」
「時々ぶっ飛ぶ博士だからなぁ……」
「あいにくと、空は飛べんよ」
「おわっ!十条理事!」
「今日で実験は終了する。引き続き、わしらに任せてくれたまえ」
「任せるも何も、元々事務職の領域じゃないですから」
「それもそうじゃの。ところで敷島君、キミはマルチタイプが7機あったことは知っておるな?」
「はい」
「何故、7機なのか知っておるかね?」
「さあ……?予算の都合とかじゃないですか?」
「まあ、それもあろうが、本当の理由は“7つの大罪”に掛けたのじゃよ」
「キリスト教の7つの大罪ですか。確か、『憤怒』『嫉妬』『傲慢』『色欲』『悪食』『強欲』『怠惰』でしたね」
「『悪食』ではなく、『暴食』な」
「ああっ!リン・レンが主役と準主役のミュージカルがあったもんで……」
「良い良い。そのうち、エミリーは『色欲』で、シンディは『傲慢』じゃ」
「時々エミリーが色気を出すのは、そのせいですか」
「てか、ロボットが『怠惰』って、そんな役立たず要らないじゃない」
「フフフ。あくまでもモチーフであって、その通りにしているわけではないぞ。どちらかというと、それに即する悪魔がモチーフじゃの」
「確かにまあ、シンディは小悪魔なところがありますが……。それが、どうかなさったんですか?」
「悪魔は……1柱でも十分なのじゃが、マックスで2柱といったところかな」
「キールだって、マルチタイプがモチーフじゃない?」
「あくまでも、5号機のキールをモチーフにしただけのこと。種類はあくまで、執事ロボットじゃよ」

[同日18:00.東京・秋葉原 ホテル・ドーミーイン秋葉原の客室 シンディ&エミリー]

「姉さん、ちょっと話があるんだけど、いい?」
「なに?」
「今回の実験で気になったこと、無い?」
「気になったこと?……特に・無い」
「ボーカロイドの曲を演奏した時、“混線”しなかった?」
「混線……」
「ボーカロイドの曲は安全だと、研究者達は断言したはず。だけど、巡音ルカのあの曲だけ危険信号が出た」
「偶然だろう?」
「多分、巡音ルカのあの歌が危険なんじゃなく、たまたまどこからか信号が飛んできて、たまたま混線してそうなったんだと思う」
「場所柄、多くの・電波が・飛び交っている。そういう・偶然も・あるだろう」
「姉さんはお気楽ね。防音室に入ってまで実験をしたのに、そうそう混線が偶然起きるわけないでしょう」
「しかし……」
「平賀の坊ちゃんにすら知らされていない何かがありそうよ」
「それは・それで・いいだろう」
「え?」
「私達が・詮索すること・ではない」
「あのね……」
「私達は・ただ・黙って・ドクター達の・指示に・従っていれば・いい」
「それじゃバージョン達と同じじゃないの。まあ、マリオとルイージはまた違うけど。とにかく、私達は自分で考えて行動できる人工知能が搭載されてるんだから、もっと危機意識を持つべきよ」
「何を・恐れている?」
「何も恐れてはいないわ。ただ、もう2度と後悔したくないだけ。せっかく後期型として復活したんですもの。前期型と同じ轍は歩みたくないだけよ。幸い、財団もそれを望んでる。だけど、同じ財団内で違う動きがあるような気がしてしょうがないの」
「考え過ぎ・だ。この・実験だって、お前の言う・後悔を・招かない為の・ものだ」
「どうだかね……。解析率がおよそ54パーセントじゃ、何とも言えないか」

 台風は何も、南方から迫って来るものだけではないようだ。
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“ユタと愉快な仲間たち” 「人形達の夜」

2014-10-12 15:32:01 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[10月11日05:35.臨時快速“ムーンライト信州”81号の6号車内 稲生ユウタ&威吹邪甲]

 ユタは洗面台で洗面と歯磨きをしていた。
「念入りだな、ユタ」
 威吹は苦笑い。
「フフフ……」
 洗面台からユタは歯ブラシを口に突っ込んだ形で、答えるだけだった。
 そういう威吹は、髪を束ね直したが。

〔♪♪(車内チャイム。長野県歌“信濃の国”?)♪♪。「長らくのご乗車、大変お疲れさまでした。まもなく終点、白馬、白馬に到着致します。3番線に入ります。お出口は、左側です。白馬から先、普通列車の南小谷(みなみおたり)行きは1番線から6時56分の発車です。……」〕

 電車は山岳地形の区間を走っていたと思ったら、今度は牧歌的な風景の中を走っている。
 この辺りを冬に撮影したと思われる写真を見たことがあったが、豪雪地帯を行くといった感じだった。
 今は紅葉であるが……。
「連合会の北信州地区があるんだそうだ」
「法華講……じゃないか。藤谷班長のこれの人のか……」
 ユタは右手の小指を出した。
「長野県は広いから、南北に分けているのかな?」
「どうだかねぇ……」
「氷奈さんは信州では無く、東海だよ」
 温暖な沿岸部ではなく、大石寺のある富士山側に拠点を持つ。
 区分が鉄道路線や県境に沿っているのは、雪女の全国組織が1990年代という新しい時期に結成されたからだろう。
(↑いいや、むしろ作者の所属寺院の地区分けだと思う)

[同日05:40.JR白馬駅 ユタ&威吹]

 電車はゆっくりとした速度で、副本線たる白馬駅3番線ホームに入線した。
「おおっ、ひんやりしてるね」
 電車を降りると、正に冷涼な風がユタ達を包み込んだ。
「武州より涼しいか」
「まあ、そうだろうね」
 沖浦さんちはどこだろう?2人は跨線橋を上り下りして、改札口へ。
 この辺はまだSuicaの地域ではないため、ユタ達は久しぶりに紙のキップで乗っていた。
「で、迎えはどこだ?」
 威吹が辺りを見回した。
 駅舎を出ると、“ベタなローカル駅の法則”が広がる。
 ロータリーがあって、タクシーが数台客待ちをしていた。
 すると、どこからともなく、1台の黒塗りセダンがユタ達の前に急いでやってきた。
 恐らく高級車なのだろうが、物凄く古めかしい。
 ワックスがよく効いて、ピカピカではあるのだが……。
 運転席の窓が開いてそこから顔を覗かせたのは、70歳前後と思われる男性運転手。
 バスの運転手みたいに上下黒のスーツを着て、同じ色の帽子を被り、サングラスを掛けていた。
 手袋だけは白い。
「稲生ユウタさんと、威吹邪甲さんですね。お迎えに上がりました」
「ど、どうも……」
「あの魔女、いつの間に運転手を雇ったんだ?」

[同日06:40.長野県内某所 ユタ&威吹]

 車は1963年に製造された日産・セドリック50型であった。
 戦後初の国産3ナンバー車であり、後にこの型は“プレジデント”へとモデルチェンジしていく。
 そんな車には不釣合いとも取れる狭窄道路を今、走行している。
 何しろ国道から県道、それから村道と走って、今は林道を走っているくらいだ。
 これ絶対、冬は通行止めだろうと思うくらいだ。
 老齢の運転手はそんなユタの気持ちを受け取ったのか、
「確かに、この道は冬期通行止めになります。ですが、大丈夫。それはそれで、別の道がありますから」
 とのこと。
「その別の道とやらは遠回りなのか?」
 と、威吹。
「ええ。それに、あの道はペンションへの道にもなっているので、他人の目に付きやすいんですよ。まあ、冬はその道しかありませんから、致し方ありませんがね」
「こんな山奥にペンションねぇ……」
 ユタは首を傾げた。
 と、車は丁字路を左に曲がった。
 唐突に現れたのは、1本のトンネル。
 これとて幅員は一車線分しか無く、しかも素掘りだ。
 当然、トンネルの名前が書かれた扁額も無ければ、洞内に照明も無い。
 そして何よりユタを震え上がらせたのは、
「この感じ……どこかで……。あ、あの!ここ通って大丈夫なんですか!?」
「ええ。このトンネルを抜ければ、マリアンナ様の御屋敷は目の前です」
 運転手は平然と答えた。
 さすがにトンネル内は真っ暗なので、4つある丸いヘッドライトを全て点灯させている。
 だが、サングラスは外していない。
「そ、そうだ!確かこれ、魔界に行く時に……!」
「おい、ヤツは魔界に引っ越したのか!?」
「確かに亜空間トンネルには魔界に行くものもありますが、これは単なるワープゾーンというものです。心配無いですよ」
 トンネルの出口が見えなかったのは、それだけ長いのかと思ったが、そうではなかった。
 洞内が緩い右カーブになっており、入口付近からは出口が死角になってて見えないだけだった。
 トンネル自体はそんなに長くなく、300~400メートルといったところか。
 東京や上野側から出る中距離電車のフル編成15両や、新幹線の16両編成くらいだとユタは自分に言い聞かせた。
 やはり闇は、ユタは苦手だった。

 ようやくトンネルを出ると、運転手の言う通り、屋敷が見えた。
 相変わらずの古い佇まいの洋館だ。
 横浜とかでは観光施設として稼働していそうだ。
 正面玄関の車寄せに、車は止まった。
「はい、到着です。お疲れさまでした」
「うむ……」
「あ、ありがとうございました」
 2人は車を降りた。
 トランクから荷物を降ろしていると、
「やあやあ。よく来てくれたねぇ……」
 と、ローブに身を包んだイリーナが出迎えた。
「あ、おはようございます」
「どういう趣向だ、これは?」
 威吹は車を指さした。
 そうしているうちに、運転手は車に乗り込み、どこかへと走り去って行った。
「魔力が高まると、色々と営業が来て大変なんだよぉ……」
「何だそれは?」
「ま、とにかく朝ご飯まだでしょ?中でマリアが待ってるよ」
「お邪魔します!」
 マリアの名前が出ると、ユタはピンッと背筋を伸ばし、急ぎ足でイリーナの後ろをついていった。
「ユタぁ……」
「だーいじょーぶだって。マリアは逃げも隠れもしないよ」
 威吹は半ば呆れ、イリーナはクスクスと笑った。
「それにしても、師匠に出迎えさせるとは、随分と偉くなったものだな、お前の弟子は……」
 威吹は皮肉を込めて言った。
「ふふふ……。こういうのはね、師匠がするのが魔道師の習慣なんだよ」
「それ、昔からのというより、今お前が決めたように見えるのは気のせいか?間違っても、お前の姉弟子はやらんだろ?」
「バレた?まあ、そうねぇ」
「ユタの惚れた女が、ここの女主人で良かったのかもしれんな」
「でしょ?でしょ?やっと分かってくれた?」
「少なくとも別の女妖怪だったり、お前の姉弟子の所と比べれば楽のような気がしてきた」
「(何か妖怪と同列に並べられるのが気になるけど)そう思ってくれれば、ありがたいねー」
 イリーナは目を細めた。
 もともと、細い目をしているのだが。
「今日は威吹君にも大事な話があるからね」
「ユタから手を引けという話だったら、そっくり返してやるがな」
「まあ、大丈夫。もっと大事な話だから」
「ああ?」
「あっ、ユウタ君。部屋はねぇ、2階の客室を使ってね」
「はーい!」
(一体、何の話だ?)
 威吹は訝し気な顔になった。
(ユタには申し訳無いから、この屋敷を全焼・全壊させるオチにならないといいが……)
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“アンドロイドマスター” 「ロボット三原則」

2014-10-12 00:17:28 | アンドロイドマスターシリーズ
[10月10日07:00.東京・秋葉原 ホテル・ドーミーイン秋葉原 敷島孝夫、アリス・シキシマ、エミリー、シンディ、初音ミク、鏡音リン・レン]

「ロボット三原則、斉唱!」
 敷島がアンドロイド5体に言うと、彼女らは、
「『1つ!ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ぼしてはならない。2つ!ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。但し、与えられた命令が1つ目に反する場合は、この限りでない。3つ!ロボットは前掲第1および第2に反する恐れの無い限り、自己を守らなければならない』」
 と、答える。
「はい、OK。……シンディが言うと、物凄く違和感があるなぁ」
「何よ。そりゃあウィリアム博士の時は、こんなのクソ食らえだったけど」
 シンディは右手を腰にやって、敷島の発言に答えた。
「何でいきなりこんなの始めたワケ?」
 するとリンがいたずらっぽい顔になって言った。
「本当は毎朝やんないとダメなんだYo~」
「こ、こら!リン!余計なこと言うな!」
「なーるほど。本部に近いんで、慌てて今日は真面目にやってるわけね」
 シンディは半分納得、半分呆れと言った感じだった。
「うるさいな」
「タカオ、そろそろ朝ごはん食べよ」
 アリスが促してきた。
「おーう!……じゃ、俺らは飯食ってくる。今日は9時からまた実験だから」
「イエス。それまでに・出発の・準備を・しておきます」
 エミリーは微笑を浮かべてお辞儀した。
「ねぇ、プロデューサー」
「ん?」
 シンディに呼び止められる敷島。
「昨夜は博士とお楽しみだったの?」
「アホか!」

[同日08:45.財団本部内、会議室 十条伝助]

 昨晩、体調の変化があったという十条。
 しかし今は、敷島達より先に本部に到着していた。
 そして、手持ちの私用スマホでどこかと電話していた。
「……私もそんなに老い先は長くない。自分の人生の引き際は、心得ているつもりだ。だがな、その前にケジメというものは付けなくてはならん。本来、この時代にマルチタイプは必要の無い物だ。そこは南里の愛弟子、平賀太一君の考えが1番理に適っている。私はそう考えている」
{「十条!では、何故エミリーの肩を持つ!?貴様のその発言をそのまま受け止めれば、エミリーも不用品ということになるぞ!?」}
「……だけではない。彼女にはシンディとはまた違った価値があるさ。ボディの交換が不用のまま、あと何年稼動できるかの耐久実験という重大な使命だ」
{「お前は、やはりマッド・サイエンティストだ!この私が今、どんな状態でいるのか分かっているのか!?」}
「もちろんだとも。キミはキミで、重大な任務を背負っていることぐらい、百も承知だよ」
「おはよう・ございます」
「……ドクター十条」
 先にマルチタイプの姉妹が入って来た。
 エミリーは深々と頭を下げるも、シンディは訝しげな顔をした。
 十条は顔と体を一瞬2人に向け、軽く右手を挙げた。
 そして、また背中を向ける。
「こちらの計画は順調且つ完璧だ。何も問題は無い」
{「貴様ーっ!」}
 十条は電話を切った。
 と、同時に、
「おはようございまーす」
 敷島夫妻が入って来た。
「おお、来たかね」
「十条先生。お体の方は大丈夫なんですか?」
 敷島は意外そうな顔をした。
「ああ、うむ。季節の変わり目じゃしな、ちょっと咳き込んだだけで、キールのヤツが騒いだだけじゃわい」
 十条は笑いながら答えた。
「あとは平賀君が来れば、実験開始じゃな」
「十条先生、先生から平賀副理事に、シンディのことを口添えしてもらえませんか?」
 と、アリスが言った。
「心配要らん。彼には彼の言い分がある。それを踏まえた上で……わしの目が黒いうちは勝手なマネはできんよ。何しろわしは、彼の師の旧友じゃからの。財団でも学会でも、わしと彼の立場は違うことぐらい知っておるじゃろう?」
「それはまあ……」
「『我が門に入らんとする汝、一切の望みを捨てよ』」
「どうしたんです?いきなりダンテの引用なんて……」
「懐かしい・です。ドクター南里も・よく・引用されて・ました」
 エミリーが微笑を浮かべた。
「そういえば、ウィリアム博士も」
 シンディも続いた。

[同日09:30.財団本部 敷島&初音ミク]

「新しい服♪着替えて♪出かけよう♪」
 実験室から漏れ聞こえる曲に、ミクはつい口ずさむ。
「やっぱり、何かあるのはクラシックだけみたいだな。今のところ判明したのは、“アヴェ・マリア”と“グリーン・スリーブス”、それに“恋は水色”に“ポルシカ・ポーレ”か。何か、まだありそうだな」
 敷島は鞄に書類をしまった。
「じゃあミク、出掛けるか」
「はいっ!」
「今日は週刊誌のインタビューと、ファッション雑誌のモデルの仕事だ」
「分かりました」
「リンとレンはその後だから、ここで待機しててくれ」
「ブ・ラジャー!」
 双子の姉弟は笑って同時に頷いた。

[同日10:30.都区内某所 敷島&ミク]

 記者からの一問一答という形でインタビューに応じるミク。
「初音ミクさんの人気の1つに、その長い緑色の髪の毛があると思うのですが、何でできているのですか?」
「はい。これはより一層、人間の髪に見えるようにする為、最近のウィッグ技術を応用した……」
 といった感じ。
「今では何種類ものボーカロイドが売り出し中ですが、そのような中において、ファンの中では真っ先に初音ミクさんがイメージされるとのアンケート結果が出ています。これについて、どう思われますか?」
「はい。まず素直に嬉しいのと、それだけファンの皆さんの期待を背負っているということをメモリーに刻んで、必ずお応えしたいと思います」
「ボーカロイド……というか、実にアンドロイドらしい答えですが、それでは……」
 インタビューは順調だった。
 立会いをしている敷島は安心していたが、ここでスマホにメールがあった。
 相手はアリス。
(何だろう?)
 そこには、新たに危険な曲が検出されたとの内容だった。
 しかもそれは、ボカロ曲の曲目リストに入っているものだという。
 その曲はどういうわけだか、巡音ルカの持ち歌である“トエト”とのこと。
 ボカロ曲は大丈夫だという感じだっただけに、敷島が目を丸くしたのは言うまでも無い。
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