[8月7日10:00.天候:晴 埼玉県さいたま市大宮区 自治医科大学附属さいたま医療センター]
稲生宗一郎:「すいません。わざわざ来て頂いちゃって……」
マリア:「とンでもないでス。むしろ、あれだけ心配していた師匠が、家でグースカ寝ていてすいませン」
マリアは流暢な日本語で答えた。
マリア:「師匠は『あと5分』ヲ1時間以上繰り返してやがりましたのデ、放っておきましタ」
宗一郎:「我が家で寛いで頂けて何よりです」
稲生佳子:「あなた、荷物はこれだけでいいの?」
宗一郎:「そうだな。緊急入院だから、そんなに荷物も持ち込んでいないはずだ」
佳子:「勇太は荷物持って。マリアさんに持たせないように」
稲生勇太:「マリアさんには持たせないよ。というか、父さんのPCとか、仕事道具すら持たせてもらえないし」
宗一郎:「当たり前だ。大事なデータが入ってるんだぞ」
勇太:「正面入口のタクシーに乗るの?」
宗一郎:「お前達はそうしろ。父さんは会社の車で帰る」
勇太:「ええっ!?まさか、もう出社?」
宗一郎:「イリーナ先生に御礼の昼食会はやるけど、その後で会社に行く。いつまでも休んでられんよ」
勇太:「重役なのに?」
宗一郎:「重役だからだよ。『重役出勤』っていつの時代の役員をイメージしてるんだ?」
マリア:「多分師匠はその時でモ起きないと思うのデ、別にいいデスよ?」
宗一郎:「いえいえ、そこはケジメをつけさせて頂きます」
勇太:「先生はお腹が空いたらすぐに起きますよ?」
マリア:「齢1000年以上の『魔法使いの婆さん』がねぇ……」
佳子が入院代を精算している間に、秘書の友部が迎えに来た。
友部:「専務!退院おめでとうございます!」
宗一郎:「ああ。社長には午後から出勤すると伝えておいて」
友部:「はい!奥様と御子息は乗られますか?」
宗一郎:「それだと息子の彼女が乗れないだろう。勇太、お前はマリアさんと一緒にタクシーで帰ってきなさい」
車には友部の他、運転手が別にいる為。
勇太:「あ、はい」
勇太は宗一郎から5000円札を受け取った。
明らかに余る額である。
お釣りは小遣いとして取っておけという事だ。
宗一郎:「今日は家で昼食を取るから、12時までには帰ってくるように」
勇太:「もちろん」
精算を終えた佳子がエントランスにやってくる。
宗一郎:「領収証は取っといて。後で保険会社に請求するから」
佳子:「はいはい」
友部:「それでは御自宅まで参りましょう」
勇太の両親は先に黒塗りの高級車に乗って帰って行った。
この時点で既に宗一郎は手持ちのスマホでどこかに電話していたから、会社かどこかと連絡をしていたと思われる。
勇太:「慌ただしいなぁ。あれじゃ“魔の者”じゃなくても、また倒れそうだよ」
マリア:「日本人は『働き方』を知らないんじゃなく、『休み方』を知らないんじゃないかな。だから、『働き方改革』よりも『休み方改革』をした方がいいような気がする」
勇太:「それ、先生から自民党に圧掛けてくれることは?」
マリア:「あの師匠が自分の得にならないことをすると思う?誰かが金払って頼んでくるならやると思うけど?」
勇太:「あちゃあ……」
[同日17:30.天候:晴 JR大宮駅]
大宮駅西口に1台のタクシーが到着する。
そこから降りて来るのはイリーナ組の面々。
勇太:「ここから予約した新幹線に乗って長野に行けば、白馬行きの最終バスに乗れます」
イリーナ:「今回はそのルートなのね」
勇太:「白馬のバスターミナルに迎えを頼んでありますので、それで帰れます」
イリーナ:「分かったわ。取りあえず、ディナーは駅弁ね」
勇太:「す、すいません」
イリーナ:「いいのよ。日本ならではだし」
マリア:「確かに。この国の駅弁は美味しい。というか多分、イギリスには無い」
欧米では本当の長距離列車が多いので、一食だけ確保しておけば良い駅弁文化が成り立たなかったのだろう。
列車内で何食もしなければならない為、食堂車が今でも元気に営業している。
エスカレーターを上がって、夕方ラッシュたけなわの駅構内に入る。
大宮駅には新幹線コンコースに直に入れる改札口が無い。
一度在来線の改札口に入って、それから新幹線の改札口に入る必要がある。
勇太:「先生、駅弁買って来ますよ。どれがいいですか?」
イリーナ:「車内販売はあるの?」
勇太:「いえ、恐らく“あさま”号には無いと思います」
イリーナ:「そう。それじゃ肉関係の物にしてもらって、ついでに赤ワインも買って来てもらえる?」
勇太:「分かりました」
マリア:「私も行く」
2人で駅弁を買いに行く。
勇太:「まあ、東京駅や上野駅と売っているものは大体同じなんですがね」
マリア:「ワインは?」
勇太:「缶入りのヤツが売っていたりします。ま、僕はお茶でいいですけどね」
マリア:「私も紅茶でいい。さすがに移動中、アルコールはね」
駅弁と飲み物を買うと、その足でホームへと向かった。
[同日17:57.天候:晴 JR大宮駅・新幹線ホーム→北陸新幹線623E列車11号車内]
〔18番線に、17時58分発、“あさま”623号、長野行きが12両編成で参ります。この電車は熊谷、高崎、安中榛名、軽井沢、佐久平、上田、終点長野に止まります。グランクラスは12号車、グリーン車は11号車、自由席は1号車から5号車です。まもなく18番線に、“あさま”623号、長野行きが参ります。黄色いブロックまで、お下がりください〕
列車を待っていると、ようやく接近放送が響いて来た。
〔「18番線、ご注意ください。17時58分発、北陸新幹線“あさま”623号、長野行きが到着致します。お下がりください」〕
E7系と呼ばれる北陸新幹線用の車両が入線してくる。
尚、北陸新幹線専用車両として運転はされているが、東北新幹線内でも試験運用で入線の実績はある。
〔「大宮、大宮です。18番線に到着の電車は北陸新幹線“あさま”623号、長野行きです。金沢までは参りませんのでご注意ください。自由席は1号車から5号車です」〕
3人は11号車に乗り込んだ。
東北新幹線のE5系と違い、青を基調した座席が目に映る。
勇太:「ここですね」
イリーナ:「あいよ」
イリーナはマリアと勇太の前の席に座った。
予約した当初はまだ窓側席も空いていたのだが、現段階では通路側しか空いていないようである。
これが金沢行きだったら、例えグリーン車でも繁忙期の今は満席になっていたのだろう。
マリアが人形達を入れたバッグを網棚に置き、勇太が弁当を置く為にテーブルを出したりしているうちに、外から発車ベルの音が聞こえてきた。
大宮駅で唯一、新幹線ホームだけが発車ベルである。
〔18番線から、“あさま”623号、長野行きが発車致します。次は、熊谷に止まります。黄色い線まで、お下がりください〕
微かに客終合図の甲高いブザーも聞こえて来た。
それほどまでに、グリーン車内は静かということだ。
勇太が弁当に箸を付ける前に、列車が走り出した。
勇太:「ダイヤ通りですね。屋敷には夜に着くことになります」
マリア:「日付さえ変わらなければいいよ。しかも、公共交通機関の遅れなんて、普通に理由になるし」
勇太:「はは、そうですか」
マリア:「勇太のダディが無事で良かったよ」
勇太:「退院後はあっけらかんとしていて、何だかウソみたいでしたね」
マリア:「それでいいんだよ」
そんな他愛も無い話をしながら、駅弁を楽しむ魔道士達。
夕日が雲間から顔を出す中、列車はグングン加速していった。
稲生宗一郎:「すいません。わざわざ来て頂いちゃって……」
マリア:「とンでもないでス。むしろ、あれだけ心配していた師匠が、家でグースカ寝ていてすいませン」
マリアは流暢な日本語で答えた。
マリア:「師匠は『あと5分』ヲ1時間以上繰り返してやがりましたのデ、放っておきましタ」
宗一郎:「我が家で寛いで頂けて何よりです」
稲生佳子:「あなた、荷物はこれだけでいいの?」
宗一郎:「そうだな。緊急入院だから、そんなに荷物も持ち込んでいないはずだ」
佳子:「勇太は荷物持って。マリアさんに持たせないように」
稲生勇太:「マリアさんには持たせないよ。というか、父さんのPCとか、仕事道具すら持たせてもらえないし」
宗一郎:「当たり前だ。大事なデータが入ってるんだぞ」
勇太:「正面入口のタクシーに乗るの?」
宗一郎:「お前達はそうしろ。父さんは会社の車で帰る」
勇太:「ええっ!?まさか、もう出社?」
宗一郎:「イリーナ先生に御礼の昼食会はやるけど、その後で会社に行く。いつまでも休んでられんよ」
勇太:「重役なのに?」
宗一郎:「重役だからだよ。『重役出勤』っていつの時代の役員をイメージしてるんだ?」
マリア:「多分師匠はその時でモ起きないと思うのデ、別にいいデスよ?」
宗一郎:「いえいえ、そこはケジメをつけさせて頂きます」
勇太:「先生はお腹が空いたらすぐに起きますよ?」
マリア:「齢1000年以上の『魔法使いの婆さん』がねぇ……」
佳子が入院代を精算している間に、秘書の友部が迎えに来た。
友部:「専務!退院おめでとうございます!」
宗一郎:「ああ。社長には午後から出勤すると伝えておいて」
友部:「はい!奥様と御子息は乗られますか?」
宗一郎:「それだと息子の彼女が乗れないだろう。勇太、お前はマリアさんと一緒にタクシーで帰ってきなさい」
車には友部の他、運転手が別にいる為。
勇太:「あ、はい」
勇太は宗一郎から5000円札を受け取った。
明らかに余る額である。
お釣りは小遣いとして取っておけという事だ。
宗一郎:「今日は家で昼食を取るから、12時までには帰ってくるように」
勇太:「もちろん」
精算を終えた佳子がエントランスにやってくる。
宗一郎:「領収証は取っといて。後で保険会社に請求するから」
佳子:「はいはい」
友部:「それでは御自宅まで参りましょう」
勇太の両親は先に黒塗りの高級車に乗って帰って行った。
この時点で既に宗一郎は手持ちのスマホでどこかに電話していたから、会社かどこかと連絡をしていたと思われる。
勇太:「慌ただしいなぁ。あれじゃ“魔の者”じゃなくても、また倒れそうだよ」
マリア:「日本人は『働き方』を知らないんじゃなく、『休み方』を知らないんじゃないかな。だから、『働き方改革』よりも『休み方改革』をした方がいいような気がする」
勇太:「それ、先生から自民党に圧掛けてくれることは?」
マリア:「あの師匠が自分の得にならないことをすると思う?誰かが金払って頼んでくるならやると思うけど?」
勇太:「あちゃあ……」
[同日17:30.天候:晴 JR大宮駅]
大宮駅西口に1台のタクシーが到着する。
そこから降りて来るのはイリーナ組の面々。
勇太:「ここから予約した新幹線に乗って長野に行けば、白馬行きの最終バスに乗れます」
イリーナ:「今回はそのルートなのね」
勇太:「白馬のバスターミナルに迎えを頼んでありますので、それで帰れます」
イリーナ:「分かったわ。取りあえず、ディナーは駅弁ね」
勇太:「す、すいません」
イリーナ:「いいのよ。日本ならではだし」
マリア:「確かに。この国の駅弁は美味しい。というか多分、イギリスには無い」
欧米では本当の長距離列車が多いので、一食だけ確保しておけば良い駅弁文化が成り立たなかったのだろう。
列車内で何食もしなければならない為、食堂車が今でも元気に営業している。
エスカレーターを上がって、夕方ラッシュたけなわの駅構内に入る。
大宮駅には新幹線コンコースに直に入れる改札口が無い。
一度在来線の改札口に入って、それから新幹線の改札口に入る必要がある。
勇太:「先生、駅弁買って来ますよ。どれがいいですか?」
イリーナ:「車内販売はあるの?」
勇太:「いえ、恐らく“あさま”号には無いと思います」
イリーナ:「そう。それじゃ肉関係の物にしてもらって、ついでに赤ワインも買って来てもらえる?」
勇太:「分かりました」
マリア:「私も行く」
2人で駅弁を買いに行く。
勇太:「まあ、東京駅や上野駅と売っているものは大体同じなんですがね」
マリア:「ワインは?」
勇太:「缶入りのヤツが売っていたりします。ま、僕はお茶でいいですけどね」
マリア:「私も紅茶でいい。さすがに移動中、アルコールはね」
駅弁と飲み物を買うと、その足でホームへと向かった。
[同日17:57.天候:晴 JR大宮駅・新幹線ホーム→北陸新幹線623E列車11号車内]
〔18番線に、17時58分発、“あさま”623号、長野行きが12両編成で参ります。この電車は熊谷、高崎、安中榛名、軽井沢、佐久平、上田、終点長野に止まります。グランクラスは12号車、グリーン車は11号車、自由席は1号車から5号車です。まもなく18番線に、“あさま”623号、長野行きが参ります。黄色いブロックまで、お下がりください〕
列車を待っていると、ようやく接近放送が響いて来た。
〔「18番線、ご注意ください。17時58分発、北陸新幹線“あさま”623号、長野行きが到着致します。お下がりください」〕
E7系と呼ばれる北陸新幹線用の車両が入線してくる。
尚、北陸新幹線専用車両として運転はされているが、東北新幹線内でも試験運用で入線の実績はある。
〔「大宮、大宮です。18番線に到着の電車は北陸新幹線“あさま”623号、長野行きです。金沢までは参りませんのでご注意ください。自由席は1号車から5号車です」〕
3人は11号車に乗り込んだ。
東北新幹線のE5系と違い、青を基調した座席が目に映る。
勇太:「ここですね」
イリーナ:「あいよ」
イリーナはマリアと勇太の前の席に座った。
予約した当初はまだ窓側席も空いていたのだが、現段階では通路側しか空いていないようである。
これが金沢行きだったら、例えグリーン車でも繁忙期の今は満席になっていたのだろう。
マリアが人形達を入れたバッグを網棚に置き、勇太が弁当を置く為にテーブルを出したりしているうちに、外から発車ベルの音が聞こえてきた。
大宮駅で唯一、新幹線ホームだけが発車ベルである。
〔18番線から、“あさま”623号、長野行きが発車致します。次は、熊谷に止まります。黄色い線まで、お下がりください〕
微かに客終合図の甲高いブザーも聞こえて来た。
それほどまでに、グリーン車内は静かということだ。
勇太が弁当に箸を付ける前に、列車が走り出した。
勇太:「ダイヤ通りですね。屋敷には夜に着くことになります」
マリア:「日付さえ変わらなければいいよ。しかも、公共交通機関の遅れなんて、普通に理由になるし」
勇太:「はは、そうですか」
マリア:「勇太のダディが無事で良かったよ」
勇太:「退院後はあっけらかんとしていて、何だかウソみたいでしたね」
マリア:「それでいいんだよ」
そんな他愛も無い話をしながら、駅弁を楽しむ魔道士達。
夕日が雲間から顔を出す中、列車はグングン加速していった。