報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
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 実際のものとは異なります。

“大魔道師の弟子” 「“こだま”660号」

2019-08-15 19:07:21 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[8月5日15:40.天候:晴 静岡県富士市 JR新富士駅]

 バスは大石寺からの参道を下ると、国道139号線に入って南下した。
 途中、サーッと降って来た夕立に当たったのだが、それは西富士道路を抜けると雨は止んだ。
 そしてバスは富士駅前、終点新富士駅前と停車する。

〔「ご乗車ありがとうございました。終点、新富士駅、終点、新富士駅です。お忘れ物の無いよう、ご注意願います」〕

 バスが新富士駅のロータリーに到着する。
 ここでは前扉と後ろ扉の2つが開き、近いドアから降りることができる。
 もう既に運賃は払っているので、あとは降りるだけだ。

 稲生:「うわ、暑い……」
 マリア:「さっきの雨で少しは涼しくなったと思ったけど、余計湿度が上がっただけだったか」
 稲生:「とにかく、中に入りましょう」

 他の下山者と同じく、2人は駅構内へと入った。

 稲生:「夏休みのシーズンだけど、“こだま”は空いてるから自由席でいいでしょう。しかも今度の電車は名古屋始発なので」

 駅の中に入り、自動券売機で2人分のキップを買う。
 最終的な下車駅は大宮だ。

 マリア:「師匠の迎えの時はどうするの?」
 稲生:「“ONライナー”を予約しました。成田空港へはこれで行きます」

 “ONライナー”とは大宮と成田空港を結ぶリムジンバスの名前である。
 大宮のOと成田のNで。

 稲生:「問題はそこから大宮へ戻る方法なんですよねぇ。“成田エクスプレス”はあの時間帯、大宮まで行かないんですよ」

 イリーナはモスクワから航空便で入国する。
 それが到着するのが成田とのこと。

 マリア:「師匠は金持ってるから、タクシーでもいいと思うけどね」
 稲生:「成田から空港定額タクシーですか。羽田より遠いから、その分高いだろうなぁ……」
 マリア:「ロシアで儲けたらしいから、タクシー代くらい、師匠にとっては電車代並みの感覚だと思うよ?」
 稲生:「そうですかねぇ……」
 マリア:「大して稼いでいない私達はダメだろうけどね」
 稲生:「そりゃそうですよ。はい、マリアさんの分」
 マリア:「ありがとう」

 乗車券は大宮までなので、特急券と乗車券が別々に出て来た。
 2人分のせいなのか、何枚も券売機から出て来たが……。
 稲生はそれを何食わぬ顔をして取り出す。
 その新幹線特急券と乗車券を手に、自動改札機を通過した。

 稲生:「1番後ろの1号車にでも乗れば、きっと空いていますよ」
 マリア:「そう」

 コンコースからホームに移動した。

[同日16:04.天候:曇 同駅ホーム]

〔新幹線をご利用頂きまして、ありがとうございます。まもなく1番線に、“こだま”660号、東京行きが到着致します。安全柵の内側まで、お下がりください。この電車は、各駅に止まります。グリーン車は8号車、9号車、10号車。自由席は1号車から7号車までと、13号車から15号車です〕

 名古屋方向からN700系が接近してきた。
 本線からホームに接している副本線にポイントで転線し、稲生達の前を先頭車が時速70キロほどで通過していく。
 それが段々と速度を落としていき、やっと16両編成最後尾の1号車が止まる。
 “乙女の祈り”が流れながら開く安全柵は、東京駅と変わらない。

〔新富士、新富士です。新富士、新富士です。ご乗車、ありがとうございました〕

 予想通り、グリーン車と自由席の最後尾は空いていた。
 乗り込むと同時に、通過線を通過列車が最高速度で通過していく。
 空いている2人席に座った。

〔「16時9分発、“こだま”660号、東京行きです。通過列車待ち合わせの為、停車しております。発車までしばらくお待ちください」〕

 東北新幹線などは通過列車など1本程度だが、東海道新幹線ではそうとは限らない。
 “のぞみ”を一本、“ひかり”を一本待つということもざらだ。
 また、繁忙期の今は定期の“のぞみ”の通過を待った後、3分後に臨時の“のぞみ”が通過していくなんてこともある。
 “こだま”はそんな速達列車の間を縫うように走るのである。

 マリア:「今日は富士山がよく見えたから、写真を撮ったんだ」
 稲生:「マリアさん、カメラ持ってました?」
 マリア:「いや。大石寺の店で買った」
 稲生:「え?」

 マリアが差し出したのは使い捨てカメラ。

 稲生:(“写ルンです”……久しぶりに見た。てか、まだ売ってたんだ……)
 マリア:「ルーシーが来てた時はロクに富士山が見えなかったから、代わりに今日は一杯撮ってルーシーに送ってあげようかと思う」
 稲生:「それはいいアイディアですね。うん、いいアイディアだ。ついでにこの列車も撮影してみては?」
 マリア:「それはいいアイディアだ」
 稲生:「どうせ発車までまだ時間がありますし」
 マリア:「分かった」

 マリアはカメラ片手に席を立つと、ホームに降りて行った。

 稲生:(マリアさんにデジカメでも買ってあげるか……。ってか、魔道士でスマホ持ってる人って……エレーナ以外にいたっけ?)

 エレーナは魔女宅の仕事で必要な為、所持している(顧客との連絡の為)。
 あとはホウキ乗りの為、現在位置を知る為のGPSやナビの代わりだという。
 その為か、彼女もまた携帯型の水晶球は持っていない。
 常設用の水晶球だけ。
 そんなことを考えていると、また後続の列車がゴォッと風圧で“こだま”号を揺らしながら通過していった。

〔「お待たせ致しました。16時9分発、“こだま”660号、東京行き、まもなく発車致します」〕

 マリア:「勇太、勇太!」

 するとマリアが興奮冷めやらぬ様子で戻って来た。

 稲生:「何ですか?」
 マリア:「ちょうど今、この列車とさっきの通過列車同時に撮れたの!」
 稲生:「いいタイミングですね!この駅、線形がいいから最高速度で通過する所なんですよ。よく時速285キロで通過した列車と一緒に撮れましたね!」
 マリア:「早いとこ現像して、ルーシーに送ってあげよう」
 稲生:「きっと喜びますよ」

 そんなことを話していると、ホームから発車ベルの音が聞こえて来た。

〔1番線、“こだま”660号、東京行きが発車致します。ドアが閉まります。ご注意ください。お見送りのお客様は、安全柵の内側までお下がりください〕

 そして列車は定刻通りに発車し、先ほどの通過列車を追うように本線に躍り出た。
 が、ダイヤ上は再び次の三島駅で通過列車待ちを行うこととなる。
コメント (5)
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