報恩坊の怪しい偽作家!

 自作の小説がメインのブログです。
 尚、ブログ内全ての作品がフィクションです。
 実際のものとは異なります。

“大魔道師の弟子” 「魔界の不思議な旅 〜アルカディアメトロ(魔界高速電鉄)〜」

2016-10-25 10:21:02 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[10月22日19:40.天候:雪 アルカディア王国・王都アルカディアシティ10番街駅]

 稲生:「アルカディア王国って、常春の国ですよね!?毎月の平均気温が20度から25度くらいの!何か寒いなと思ったら、どうして雪!?」

 建物から通りに出た稲生は驚いた。
 降り始めたばかりなので、まだ路面に雪は積もっていない。
 さすがに寒いので、稲生は似合わないと自分で思っている魔道師のローブを羽織った。
 防弾・防刃の他に、防寒・防熱も兼ね備えている魔法の装備である。

 イリーナ:「うーん……。王宮で何かあったかねぇ……?」
 マリア:「その割には、町は静かですけど?」

 市街地は繁華街を除いて街灯が少なく、夜は暗い。
 マリア曰く、ロンドンを舞台にしたホラー映画みたいとのことだ。
 しんしんと降ってくる雪、人通りの少ない街路が、確かにそんな雰囲気を醸し出している。
 どこからか、弱い主人公を追った強い追跡者が現れるかのようである。
 が、恐らくそんな者が例え近くにいたとしても、稲生達を襲って来ることはあるまい。
 ゲームに出て来るような追跡者程度の力であれば、イリーナやマリアがあっという間に地獄に送ることとなるからだ。
 どちらかというと、ここにいる魔道師達の方が追跡者側なくらいだ。

 イリーナ:「ま、とにかく寒いから地下鉄の中に入ろう」
 稲生:「そうですね。駅なら少しは温かいでしょう」

 稲生達はアルカディアメトロ10番街駅の階段に向かった。
 正式名称は魔界高速電鉄なのだが、愛称としてアルカディアメトロ(更に略称AM)が使用されている。
 これは、日本の東京地下鉄株式会社がその愛称を東京メトロとしているのと同じだ。

 街中が薄暗ければ、駅構内も薄暗い。
 だが、確かに地上と比べれば温かいものだった。

 稲生:「1号線直通、デビル・ピーターズ・バーグ行きに乗ると乗り換え無しで1番街に行けますね」
 イリーナ:「よし、そうしよう」
 マリア:「こっちの地下鉄、来る度に複雑になってくるなぁ……」

 メトロの運賃は定額制。
 チケットではなく、トークンと呼ばれるコインを買う。
 このコインを自動改札機の投入口に入れると、遊園地の入口辺りにあるゲートの如く、バーが回って中に入れるというものだ。

 稲生:「えー、直通電車は次の次に来るみたいですね」

 コンコース内にある発車票を見ると、英語と日本語で案内が出ている。
 今時流行りのLED表示ではなく、反転フラップ方式(いわゆる、『パタパタ』)だ。
 ホームに下りてみると、そこは2面2線の対向式になっている。
 反対方向の電車が発車していく所だった。
 アルカディアメトロは人間界での古い車両を使っていることが多く、発車していった電車は、かつてドイツのベルリンで使用されていた車両である。
 因みにこの車両、人間界でもまだ使われており、それは北朝鮮の平壌地下鉄である。
 地上の路面電車も日本製ではなく、外国車両が多いことから、そういうのを見る度、外国に来たなぁと思うのである。
 とはいえ、パスポートは必要無い。
 本来は存在しない世界ということになっているからだ。
 そうしているうちに、見送る予定の電車がやってきた。
 古い車両は、なかなか行き先表示が掲げられていないことが多い。
 先ほどの平壌地下鉄ベルリン地下鉄も、フロントの上の部分に掲げているだけである。
 今度は開業当時の地下鉄銀座線1000形がやってきたが、こちらはもっと表示板が無い。
 そこでフロント部分の運転台が無い部分に後付けで表示板を設けて、それでやっと案内しているのである。
 因みに、駅構内放送はある駅と無い駅がある。
 この10番街駅は、放送が無い駅のようだ。
 ホームドアも無い為、視覚障碍者になったらあっという間に利用不可の地下鉄なわけだ。
 地下鉄はワンマン運転。
 おおよそ6両編成で運転されている。
 電車が駅に到着すると、運転士は運転席横のドアを開ける。
 別にホームに降りて、安全確認をするわけではないようだ。
 ハンガリーのブダペスト地下鉄でも同じことをしているところを見ると、何かしら意味があってやっているのだろう。
 かつての営団地下鉄時代に流れていた発車ブザーがホームに流れる。
 ホームに駅員が立っているわけではないが、これまた面白いところがある。
 ブザーが鳴り終わった後、もう1回、1秒だけ同じブザーが鳴る。
 運転士をそれを合図にドアスイッチを操作しているらしい。
 その1秒ブザーが客終合図なのだろう。
 これは日本においても、名鉄名古屋駅のホームで同じようなことが行われている。
 今でも路面電車で聞ける釣り掛け駆動のモーター音を響かせて、黄色い車体の電車が発車していった。
 運転士は小柄な少年のような姿をしていたが、魔族で確かそういうのがいたから、体付きは少年でも実際は成人なのだろう。
 アルカディアメトロは人間だろうが魔族だろうが、順法精神があって、電車の運転ができる知識や技術を持ち合わせていれば、分け隔てなく採用している。
 電車が発車して行くと、ホームの発車票がパタパタと表示を変える。
 今度は『1号線直通(1番街経由)、デビル・ピーターズ・バーグ』という表示に変わった。
 因みに稲生がやってくる電車に鼻息荒くして見ているのに対し、魔道師師弟はベンチに座って、次の電車を待っていた。
 反対側のホームにやってきた次の電車は、大阪市地下鉄御堂筋線の開業当時の車両。
 尚、このように地下鉄線では世界中の旧型車両ばかりがやってくるが、地上の高架鉄道線では、日本の旧国鉄などの車両が多く走っていたりする。

 稲生:「やっと来ました」

 トンネルの向こうから風を切る音と、旧型車両ならではのモーターの轟音が響いてくる。
 確かにまあ、放送など要らないくらいの勢いだが、あって当然の日本の地下鉄においては何か足りなさを感じる。

 稲生:「これは……?ニューヨークの地下鉄かな?」

 開業当時のものなのかは不明だが、かなり古めかしいのがやってきた。
 ドアが開くと、照明も白熱電球のもので薄暗い。
 ドアの横は2人掛けの横向きシートがあるが、その隣には背中合わせのクロスシートもある。
 乗り込むと、すぐにブザーの発車合図の後で発車した。
 車内は空いていて、稲生とマリアは横向きの座席に座り、イリーナは進行方向向きの座席に座った。

〔「次は12番街25丁目、12番街25丁目。軌道線10系統、15系統、16系統、19系統はお乗り換えです」〕

 アルカディアシティの区画番号については、稲生もサッパリ分からない。
 一応、車内には路線図が掲げられている。
 運転系統ごとに線引きされていて、それに沿って辿れば良い。
 実は行き先表示板が色分けされていて、この電車の場合、オレンジ色に黒抜き表示だったので、オレンジと黒の線を辿れば良い。
 すると確かに1番街駅を通り、最後にはデビル・ピーターズ・バーグ駅に着けるというのが分かる。

 稲生:「着いたら連絡した方がいいのでしょうか?」
 イリーナ:「いや、大丈夫でしょう。アタシ達が今、地下鉄で向かっていることくらい、向こうはお見通しよ」
 稲生:「えっ?」
 マリア:「なるほど。ポーリン先生が宮廷魔導師じゃ、水晶球で見てますか」
 イリーナ:「ま、そんな所だね」
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“大魔道師の弟子” 「魔界の不思議な旅 〜ワンスターホテル〜

2016-10-24 20:51:57 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[10月22日19:10.天候:晴 東京都江東区森下 ワンスターホテル]

 都営地下鉄を森下駅で降りた魔道師3人は、その足ですぐにワンスターホテルに向かった。
 ホテルは新大橋通りを菊川方向に向かった途中、路地に入った所にある。

 イリーナ:「はい、到着ぅ〜」
 マリア:「まだ中継時点ですよ」
 稲生:「ハハハ……」
 オーナー:「いらっしゃいませ。只今、エレーナがご用意しておりますので……」
 イリーナ:「どうも、お手数掛けますねぇ」

 稲生が待っている間、ロビーの自動販売機で飲み物を買っていた。
 因みにチョコレートなどのお茶菓子も置いてあるので、小腹空きはそれで誤魔化す。
 オーナーが内線でエレーナに、稲生達の到着を知らせたようだ。

 オーナー:「あと5分から10分ほどお待ち頂けますか?」
 イリーナ:「いいですよ。急ぐ旅じゃあありませんで……」

 イリーナは稲生に買ってきてもらった紅茶を口にした。

 マリア:「私、ちょっとレストルーム(トイレ)に……」
 イリーナ:「いいよ。行っといでー」

 マリアは、大きな荷物の中からポーチだけを持ってロビーの奥の共用トイレに向かった。

 稲生:「ここからだと、魔界のどの辺に出るんですか?」
 イリーナ:「ピンポイントにここっては言えないけど、まあ、1番街に行くまでにメトロに1回は乗ることになるかもだね」
 稲生:「そうですか。なるほど……」

 マリアがトイレから戻ってくるのと、エレーナが地下から上がって来るのは同時だった。

 エレーナ:「お待たせしましたー!用意ができたんで、どうぞ!」
 イリーナ:「おおっ、元気がいいねー。彼氏できた?」
 エレーナ:「ま、まだです……」
 マリア:「早いとこ、処女卒業しなよ」
 エレーナ:「うっせ!オマエじゃあるまいし!」
 稲生:「まあまあ」

 エレベーターに乗り込んで、地下1階へ向かう。
 そこは普段は機械室や倉庫になっていて、関係者以外立ち入り禁止である。
 エレベーターも、普段は地下1階に行かないようにしてある。
 因みに倉庫の一部を改造した、エレーナの居室もそこにある。
 ちゃんとした個室になっていて、専用のシャワーや洗面台もあったりする。

 稲生:「準備って、何を準備していたの?」
 エレーナ:「そ、そりゃあもちろん、なるべくダイレクトに王宮に行けるように!」
 イリーナ:「んん?アタシは少し遠回りできる所って言ったはすだけどね?」
 エレーナ:「うええっ!?……えっと、そりゃあ……」
 マリア:「おおかた、汚部屋になっていたんで、慌てて片付けていたってところか」
 エレーナ:「うっさい!」

 エレベーターを降りると、薄暗い倉庫になっていたが、すぐにエレーナが照明を点ける。
 明らかに奥の方には後付けの部屋があって、そこがエレーナの部屋になっていた。

 エレーナ:「マリアンナ、そっちは見なくていいからっ!」
 マリア:「勇太、見た目で女を選ぶと後悔する光景があの部屋の中にあるぞ?見に行く?」
 稲生:「いや、遠慮しておきます。後が怖そうなんで」

 魔女同士のケンカに巻き込まれると大変な目に遭うことは、稲生も身を持って知っている。

 マリア:「別に遠慮しなくていいぞ?」
 エレーナ:「ちったぁ遠慮させろっ!」
 稲生:(ヘタなことをして、また面倒な事に巻き込まれるのは御免だ……)
 イリーナ:(若いっていいねぇ……)

 魔界の穴といっても、何かよく知らない穴がポッカリ開いているというわけではない。
 いや、発見した時は確かにただの穴だったのだが、魔道師が魔界の行き来用に使う際には、それを魔法陣に描いてそれに乗って行き来する。

 イリーナ:「パペ、サタン、パペ、サタン、アレッペ!魔界に通じる道よ、魔界の王都アルカディアまでの道のりを示せ」

 イリーナは呪文を唱えながら、魔法陣に水の入った瓶を振った。
 瓶の中には聖水が入っているのだが、水自体に効力があるのではなく、瓶に効力があるようだ。
 魔法瓶である。この中に水を入れると、水が魔力を帯びて色々と効力を発揮する。
 例えばこうして魔法陣を作動させて魔界と人間界への行き来に使ったり、或いは“魔の者”の眷属に掛ければ怯ませることができる。
 眷属の力にもよるが、熱湯を掛けられた感覚だったり、場合によっては濃硫酸を掛けられたくらいの効力を発揮することもあるらしい。
 魔法陣が紫色の光を放ち、中にいたイリーナ組の面々がその光に包まれた。

 エレーナ:「あっという間だねぇ……。っと、こんなことしてる場合じゃない!」

 残されたエレーナは急いでオーナーとフロント業務を代わるべく、エレベーターへと乗り込んだ。

[同日19:30.天候:曇 魔界アルカディア王国・王都アルカディアシティ10番街]

 イリーナ:「はい、到着ぅ!」
 稲生:「本当、宇宙空間のワープってこんな感じなのかなぁ……?」
 マリア:「ここ、どこ?」

 とある建物の屋上のようである。
 そこから通りを見ると、路面電車がヘッドライトを点けて走って行った。
 稲生は荷物の中から小型の双眼鏡を出して、路面電車の軌道を目で辿ってみた。
 すると途中に、地下鉄の乗り場を発見した。

 稲生:「10番街駅があります。あそこから王宮へ向かえそうですね」

 稲生がすぐに駅名を読めたのは、アルカディア王国の公用語は英語と日本語だからである。
 これは担ぎ上げられた女王ルーシーがアメリカ国籍を持っていて、それを支える魔界共和党の党首、安倍春明が日本人だからである。

 イリーナ:「よーし。そうと決まったら行くよ」

 3人の魔道師は建物の中を通って、通りに出た。
 因みに建物はアパートだったらしく、住民に気づかれないように出るのが大変だったが。

 イリーナ:「路面電車では、1番街まで行けないかい?」
 稲生:「10番街駅からは地下鉄の3号線で行けるので、逆に路面電車の直通は無いみたいですね」
 イリーナ:「そうかい。地下鉄は階段の乗り降りが大変なんだよねぇ……」
 マリア:「師匠が選択したルートじゃないですか」

 今更面倒臭がるイリーナに、直弟子のマリアは苦言を呈した。
 マスターになってからは、マリアのツッコミもより一層強いものになったか。
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“大魔道師の弟子” 「魔界の不思議な旅 〜都営地下鉄新宿線〜」

2016-10-23 22:47:43 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[10月22日18:29.天候:晴 JR中央線特急“あずさ”26号・8号車内]

〔♪♪(車内チャイム)♪♪。まもなく終点、新宿、新宿。お出口は、右側です。……〕

 稲生は恐らく寝ているであろうイリーナを起こす為に、普通席エリアからグリーン席エリアに移動した。
 結局終点までイリーナの隣の席に座る者はいなかったようだが、それを良いことに、イリーナは座席を深々倒してローブのフードを被り、案の定、爆睡していた。

 稲生:「先生、先生。もうすぐ到着ですよ」

 稲生は、『あと5分』を1時間以上繰り返そうとはしまいかと緊張した。

 イリーナ:「……ん?ああ、もうすぐ着くのね」
 稲生:「はい」

 意外と素直に起きた。

〔「……9番線に到着致します。お出口は、右側です。……」〕

 イリーナ:「人形達は元気だったかい?」
 稲生:「色々と大変でした……」
 イリーナ:「うんうん、だろうねぇ……。ま、それだけマリアの魔力も高まっているということだから、許してやってよ」
 稲生:「いえ、全然気にしてませんから」

 稲生はそう言って、再び自分の席に戻った。

 マリア:「師匠は起きた?」
 稲生:「ええ、起きました」
 マリア:「私の時は『あと5分』を1時間以上繰り返すんだ」
 稲生:「電車の中だからですかね?」
 イリーナ:「うん、そういうこと」
 稲生:「わっ?」
 マリア:「絶対、違う気がします」

 マリアは眉を潜めて言った。

[同日18:34.天候:晴 JR新宿駅→都営地下鉄新宿駅・新宿線乗り場(京王電鉄京王新線乗り場)]

 稲生達を乗せた特急列車は、ダイヤ通りに新宿駅の特急ホームに到着した。

〔しんじゅく〜、新宿〜。本日もJR東日本をご利用くださいまして、ありがとうございました。お忘れ物の無いよう、ご注意ください〕

 稲生達は荷物と一緒に電車を降りた。
 電車内で楽しく(?)過ごした人形達も、さすがに今はマリアのバッグの中に入っておとなしくしている。

 稲生:「都営新宿線に乗り換えますので、ついてきてください」
 イリーナ:「あいよ。こういう時、詳しい人がいると安心だねぇ」
 稲生:「ありがとうございます」
 イリーナ:「この前、50年ぶりにモスクワの地下鉄に乗ってみたら、路線がかなり増えていて迷子になったもんでねぇ……」
 稲生:「モスクワの地下鉄も、だいぶ路線数がありますからね。僕も、迷わずに乗れる自信が無いですよ」
 マリア:「勇太が?ニューヨークの地下鉄よりは、複雑ではないと思うけど……」
 稲生:「そもそも、ロシア語自体が分からないんで」
 マリア:「それはそうだ。私も分からない」
 イリーナ:「いきなり身も蓋も無いことを言う弟子達だねぇ……」

 稲生の先導のおかげで、直に都営地下鉄乗り場に到着できた3人。

〔「5番線、ご注意ください。18時44分発、当駅始発の各駅停車、本八幡行きの到着です。お下がりください。長い10両編成での到着です」〕

 入線してきた車両は新型の都営車両であったが、稲生達がホームから見た限りでは誰も乗っていなかった。

 稲生:「やった!当駅始発だ!」

 ドアが開くと、早速乗り込む3人。

〔「ご案内致します。この電車は18時44分発、都営新宿線、各駅停車の本八幡行きです。途中駅での急行の通過待ちはありません。発車までご乗車になり、お待ちください」〕

 固い座席に座ると、稲生が切り出した。

 稲生:「どうして、わざわざ東京経由で向かうんですか?」
 イリーナ:「私もね、勇太君の“献血”に大賛成というわけでは無いんだわ。こうして少し遠回りすることで、プチ抗議してるわけね」
 稲生:「い、いいんですか?」
 マリア:「効いてるかどうかは怪しいですね」
 イリーナ:「いいのいいの。どうやって、勇太君の血の味を知ったか知らないけど、おおかたバァルと決戦した時辺りでしょ」
 稲生:「本当に大丈夫なんでしょうか?」
 イリーナ:「心配は無いよ。赤十字に献血するつもりでいて」
 稲生:「はあ……」

 そうこうしているうちに、電車は3打点チャイムのドアを閉めて走り出した。
 最近のJR車両のそれに似ているが、それもそのはず。
 都営新宿線の新型車両は、JR電車の設計図を参考にしているからである。
 もちろん、ハンドルの形状や安全装置などのソフト面においては、乗り入れ先の京王線に合わせている。

〔毎度、都営地下鉄をご利用頂きまして、ありがとうございます。この電車は各駅停車、本八幡行きです。次は新宿三丁目、新宿三丁目。丸ノ内線、副都心線はお乗り換えです。お出口は、右側です〕

 因みに行き先の読み方は『ほんはちまん』ではなく、『もとやわた』である。
 都営地下鉄でありながら、終点は千葉県市川市にあるという不思議。
 千葉では八幡という漢字を『やわた』と呼ぶことが多いようだ。
 埼玉では『はちまん』、九州では『やはた』か?

 稲生:「何だか、お腹が空きましたね。森下に着いたら、何か食べますか?」
 イリーナ:「いや、少し我慢して」
 稲生:「えっ?」
 イリーナ:「美味しい血を作り出す為にって、遅めの夕食会でもやってくれると思うから」
 稲生:「そうなんですか?」
 イリーナ:「マリアは聞いたことない?」
 マリア:「かつて、『王宮見学会』が行われていたことは聞いてます。女王に献血をする国民を無作為に選び、彼らを誘って晩さん会が催されたと……」

 但し、そのやり方が騙し討ち的なものだったのと、魔王軍の女性武官で大佐の地位にあるレナフィール・ハリシャルマンの猛反発により、『王宮見学会』は中止となった。
 参加者の中にレナの身内が含まれており、勝手に含まされていたことに対する怒りからである。
 レナは安倍春明のかつての冒険者仲間であり、安倍が『勇者』で、レナが『戦士』であった。
 本来なら大佐ではなく、大将や元帥になっていても良いのだが、レナの、
「将軍になりたくて戦ったわけじゃない」
 という固辞から、将軍ではないが、しかし武官としては高位の大佐に任命されている。
 かつてはビキニアーマーの女戦士だったことから、同じような戦士達の憧れの的となっている。

 イリーナ:「向こうの政府関係者もあなたと会うから、安倍首相の他にレナフィール大佐も現れるかもしれないね」
 稲生:「うあー……。何かいきなりVIPの人達と会うのは……緊張しますね」
 マリア:「何を今さら……。首相も大佐も初対面じゃ無いじゃないか」

 マリアはフフッと笑った。
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“大魔道師の弟子” 「魔界の不思議な旅 〜特急あずさ26号〜」

2016-10-22 22:14:50 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[10月22日14:37.天候:晴 JR白馬駅1番線]

〔「1番線、ご注意ください。14時37分発、中央本線直通、特急“あずさ”26号、新宿行きが到着致します。自由席は3号車から5号車、グリーン車は8号車の後ろ半分です。停車駅は信濃大町、穂高、豊科、松本、塩尻、岡谷、下諏訪、上諏訪、茅野、小淵沢、韮崎、甲府、八王子、立川、終点新宿の順に止まります」〕

 3号車を先頭車にした9両編成の特急列車が入って来る。
 1号車と2号車が欠番である理由は、この2両は付属編成で、この列車の場合は途中の松本から連結となるからである。

 稲生:「では先生、8号車の11A席へどうぞ。僕達は6Aと6Bですから」
 イリーナ:「別にあなた達もグリーン車で良かったのよ?どうせ交通費は全部、王宮に請求するからさ」
 マリア:「今回、勇太がルーシー女王に呼ばれた為の旅なんだから、師匠の言う通りだよ」
 稲生:「いえ。ここでケジメを付けませんと、また他の組に変な事を言われる恐れがあるので……」
 イリーナ:「アタシは気にしないし、あなたも気にする必要は無いんだよ。『イリーナ組はそういう方針だ』で突っぱねればいいのよ。ま、今回はしょうがないけどね」

 8号車だけ乗降ドアが車両の真ん中にある。
 ここを境に後ろ半分がグリーン車、前半分が普通車指定席となる。
 ドアが開くと、乗客達はそれぞれの車両に乗り込んだ。

 稲生:「それじゃ、新宿までお寛ぎください」
 イリーナ:「あいよ。着いたら起こしてね」
 稲生:「立川を出たら、起こしに行きます」

 稲生がマリアと共に普通車を選んだのは、何もイリーナやアルカディア王国に遠慮したからではない。
 交通費などの諸経費は、全て王宮で支給するとのお知らせが召喚令状に書かれていた。

 稲生:「じゃ、マリアさん、窓側へ」
 マリア:「うん」

 普通車の方がマリアと密着しやすかったからである。
 マリアはいつもの緑色のブレザーに、えんじ色のリボンタイ、白いブラウスにグレーのプリーツスカートをはいていた。
 その上から、フード付きのローブを着ているのだが、車内ではそれは脱いで窓際のコート掛けに掛けている。

〔次は、信濃大町です〕

 すぐに電車は発車して、シンプルな男声の自動放送が流れてきた。

 稲生:「まさか、先生があんなにゲームが強かったなんて……」

 稲生は座席を少しリクライニングして呟いた。

 マリア:「魔法を使わなくても、意外とゲームの強いヤツは結構いるから気をつけた方がいいよ」
 稲生:「エレーナが強いのは分かる気がするけど……」

 さすがにアナスタシア組との勝負の後、勤務中にテトリスやっていたことがバレて、オーナーに怒られたらしい。
 真夜中のフロント業務において、全く客のいない時に、眠気防止の為にやっていたとか何とか言っていたらしいが……。

 マリア:「私は興味が無かったから、全然役に立たなくて申し訳無かったけど」
 稲生:「いや、そんな……。まさか、アナスタシア先生がゲームで勝負してくるなんて思わなかったものですから……」
 マリア:「エレーナじゃないけど、契約書とか同意書とか渡されたら、とにかくよく読んだ方がいいからね」
 稲生:「分かりました」

 稲生は紺色のスーツに黒と白のストライプのネクタイを着けていた。
 ローブは持って来ているのだが、似合わないので普段は着ない。
 一応、荷物の中には入れてある。
 スーツを着ているのは、王国ではVIPと面会するからである。
 因みに荷棚の上に置いたマリアの荷物の中には、人形形態となったお供のフランス人形が2体ほど入っていた。
 それはミカエラ(ミク人形)とクラリス(ハク人形)なのだが、人間形態とは違い、デフォルメ形態でもある人形の状態だと、非常にコミカルな動きをする。
 自分でバッグのファスナーを開けると、中から顔を出して車内の様子を伺ったり、乗客達の目を盗んで荷棚の上に寝転がったりするのだ。
 スカートをパタパタさせたり、荷棚の上に腰掛けたり……。

 車掌:「ん?」

 車内改札に来た車掌が、ふと荷棚の上の方に目をやった。

 ミク人形:「…………」(←普通のフランス人形のフリをしている。微動だに動かない)
 ハク人形:「…………」(←同上)
 車掌:「(気のせいかな?)お客様のお人形さんですか?網棚から落ちないように、ご注意ください」
 稲生:「あ、すいません」

 車掌が行ってしまうと、また荷棚の上で遊ぶ人形達だった。

 稲生:「勝手に出て来ちゃダメだよ」
 ミク人形:(てへぺろ)
 ハク人形:(てへぺろ)

 稲生に注意されて、1度は鞄に戻される緑色のツインテールのミク人形と白いポニーテールのハク人形。
 しかし、しばらくしたらまた出てしまう。
 で、また網棚の上で寛ぐ。

 車販嬢:「お弁当にサンドイッチ、温かいお飲み物に冷たいお飲み物……きゃっ!?」

 車内販売がやって来ると、ミク人形がSuicaを出してアイスクリームを所望した。

 稲生:「すすす、すいません!ちょっとしたオモチャなんです!ほら、よくできてるでしょう!?」

 稲生、苦し紛れに手持ちのスマホの画面を適当にピッピッと押す。
 それに合わせて、ミク人形がロボットのようにカクッカクッと動いた。

 マリア:(バカ……)
 車販嬢:「こ、これは失礼しました!な、何になさいますか?」
 稲生:「えーと……僕はアイスコーヒーで。マリアさんは何にします?」
 マリア:「ホットティー」
 稲生:「か、かしこまりました」

 稲生の肩をツンツンと突くミク人形。

 稲生:「こーらっ!大道芸やらない!」

 ハク人形、荷棚からぶら下がり、更にミクがそれにぶら下がって、稲生の肩をSuicaでツンツンと突いていた。
 そして稲生が振り向くと、車内販売のワゴンに積まれているアイスクリームの箱をピッと指さした。

 稲生:「分かった!分かったから!すいません、アイスクリームも2つください!」
 車販嬢:「かしこまりました……」(←もう何を見ても驚かないという決心をした)
 稲生:「支払いはSuicaで」
 車販嬢:「ありがとうございました……」

 車販嬢がグリーン車の方に行ってしまう。

 稲生:「マリアさん、人形達の電源切っておきましょうよ」
 マリア:「ロボットじゃない!」
 ミク人形:「♪」(荷棚の上に座り、アイスクリームを美味しそうに食べている)
 ハク人形:「♪」(同上)

 人形形態だとコミカルな動きをするマリアの人形達。
 そのバリエーションが豊富になればなるほど、それはマリアの魔法力の向上を意味するのだそうだ。
 まさか、アイスまで食べるようになるとは、稲生は想定外だったようだが……。
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“大魔道師の弟子” 「師弟対決」

2016-10-21 22:36:57 | ユタと愉快な仲間たちシリーズ
[10月16日10:30.天候:晴 長野県北部・マリアの屋敷]

 エレーナ:「お届け物でーっす!」

 ホウキに跨ったエレーナが、屋敷の玄関前に舞い降りた。

 イリーナ:「おー、エレーナ。久しぶりだねぇ……」
 エレーナ:「御無沙汰してます。えー、早速注文のアーケードゲームの筐体を持って来ました」
 イリーナ:「うんうん、ご苦労さんだねぇ」
 稲生:「どこにあるんだい?ホウキで持ってこれるかなぁと思ってたけど……」
 エレーナ:「ゲーム機本体を持って来れるわけないじゃないのよ。もちろん、魔法で小さくしてるさ」

 エレーナは肩から掛けているショルダーバッグを下ろすと、その中に入っている小箱を取り出した。
 それを床に置くと箱が開いて、中からゲームセンターにあるゲーム機の筐体が現れた。
 エレーナはそれをセッティングしながら、

 エレーナ:「なに?イリーナ組では、これも修行の1つにするんですか?」
 マリア:「いいから、黙ってセットしてくれ」
 イリーナ:「んー、まあ、色々とね……。やってみようかと思うのよ」
 エレーナ:「いいですねぇ……。うちの先生は宮廷魔導師になったものですから、なかなか私の修行を見てくれないんです」
 イリーナ:「そう言いなさんなって。あいつはツンデレだから、必ず魔界であなたの修行ぶりを見てるよー」
 マリア:「それ、ツンデレって言います?」
 エレーナ:「稲生氏、ルーシー女王から呼び出し食らったんだって?御愁傷様!」
 稲生:「御愁傷様なの、僕!?」
 マリア:「いいから黙ってセットしろっ!」

 そして、どうにかセッティングが終わる。

 イリーナ:「じゃあ、伝票にはアタシがサインしておいたよ」
 エレーナ:「ありがとうございます。じゃあ、私は他に配達があるんで」

 エレーナは玄関の外に出ると、再びホウキに跨って飛び立って行った。
 因みにホウキで空を飛ぶ能力を荷物運びに転用したアイディアは、やはり“魔女の宅急便”からの流用らしい。
 案外、ダンテ一門の魔道師達は、自分達の存在ぶりを示したメディアのチェックを欠かさないようである。

 イリーナ:「じゃあ、始めましょう」
 稲生:「いいんですか、先生?僕、かなりこのゲーム、自信がありますよ」
 イリーナ:「いいよ。勇太君が勝ったら、明日からマスター(免許皆伝)にしてあげるよ」
 稲生:「本当ですか!」

 一人前になれたら、晴れてマリアにプロポーズができると意気込んでいたユウタだったが……。

[10月16日13:00.天候:雨 マリアの屋敷]

 イリーナ:「アタシゃ、何もランチ抜きって指示を出した覚えは無いんだけどね」
 マリア:「勝負が終わってから、いきなり雨が降ってきましたよ」
 イリーナ:「うーん……。そんなにショックだったかい。アタシにボロ負けしたことが……」

 屋敷の東エリアにも応接室はあるのだが、そこに筐体をセッティングしてもらっていた。
 で、いつまでもその筐体に座って茫然としている稲生の姿があった。

 イリーナ:「あー、勇太君。お昼ご飯食べてないけど、いいの?」
 稲生:「…………」
 マリア:「どうしてアナスタシア師が、直接師匠に決闘を申し込まなかったか、理解してなかったのか?つまり、そういうことなんだ」
 イリーナ:「まあ、1000年生きてるからねぇ……。それに、エレーナと同じく、暇さえあれば“テトリス”やっていた時期もあったからさぁ……」
 稲生:「…………」
 イリーナ:「別に、負けたから破門にするとかそんなことは無いから。とにかく、これで魔界行きの方は納得してほしいわけ。もちろん、あなた1人で行く必要は無いよ。アタシもそろそろ王宮に顔を出しとこうと思っていたから、ついでにアタシも行くよ」
 マリア:「あ、あの、私……私も……」
 イリーナ:「んー?あなたはこの屋敷の管理者なんだから、お留守番してなさい」
 マリア:「ええっ!?そんなぁっ!」
 稲生:「先生。マリアさんと一緒に行くなら、僕も行きます」
 イリーナ:「んー、まあ、しょうがないねぇ。王宮に社会科見学に行くのもいいかねぇ……」
 マリア:「師匠、バァル大帝最終決戦の際に、王宮には全員行ってますが……」
 イリーナ:「そうだっけ?いや〜、最近物忘れが激しくてねぇ……」
 マリア:(歳だな)
 稲生:(歳か……。見た目は30代なのに……)
 イリーナ:「まあいいや。じゃあ、勇太君、夕食までに一っ走りお使い行ってきてくれない?」
 稲生:「お使いですか?」
 イリーナ:「魔界の穴はここのじゃなくて、エレーナのホテルの方を使うから。そこまでの交通手段を確保してきて。アタシのカード使っていいから」
 稲生:「分かりました」

 稲生は出掛ける準備の為、一先ず自分の部屋に戻った。
 いつの間にか雨は止み、雲間から太陽の光が差し込んでいた。

[同日15:00.天候:晴 屋敷の外の公道、アルピコ交通バス『峠道』バス停]

 稲生:「ちょうどバスが出る頃なんで……」

 屋敷を出て、森の中の小道を抜けて、ようやく公道に出る。
 そこをバスが1日に3便だけ走っているような状態。
 それでも、まだ交通の便は良い方なのだという。
 欧州に行けば、遠くから魔女の家は見えるのにそこに辿り着けないだとか(そこに辿り着くには禅問答のような謎解きが必要)、地図上では駅前に立地しているのに、鉄道自体が廃線になっていたり、駅が廃止になっていたりと様々(冥界鉄道公社の列車のみ、その線路の上を走行し、その駅に停車する)。
 本数は極僅かでも、バスに乗れば普通に辿り着けるマリアの屋敷は易しい方なのである。
 もっとも、イギリスのスコットランド地方に在住する魔道師の家は、もっと交通の便が良いので、マリアの家が1番易しいわけではないとのこと。

 稲生:「ダニエラさんも来てくれるとは……」
 ダニエラ:「…………」(←無言で、しかしニヤリと笑う)

 ダニエラはマリアの製作したメイド人形のうちの1体であるが、どうも稲生を気に入ったのか、今では稲生専属メイドとなっている。
 マリア自身、稲生が1人で屋敷の外に出た際、護衛として連れて歩く分には良いと思っている。
 ダニエラは金管楽器でも入っていそうなケースを手にしているが、実際に中に入っているのは銃火器だったりするので、職質を受けないようにしなければならない。
 かつて、メイド人形達の武器はスピアやレイピア、サーベルだったのに、今ではショットガンやマシンガン、ライフルにバージョンアップしており、それだけマリアの魔法力が上がったとも言えるのだが、何とも物騒である。

 稲生:「おっ、バス来た」

 稲生達は殆ど乗客のいないバスに乗り込んだ。
 これで白馬駅まで行って、そこで行きの特急券でも買うつもりである。
 稲生1人やマリアと一緒なら高速バスでも良いのだが、さすがに大魔道師たるイリーナにそれは無いだろうと思い、昼間の特急のグリーン車を狙うことにした由。
 バスは再び山道を走り出した。
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