[9月30日20:30.天候:晴 東京都中央区銀座 とある高級レストラン前]
四季エンタープライズの代表取締役社長である敷島の伯父が帰ることになった。
懇親会は終了し、参加者も三々五々帰宅の途に就いている。
敷島(伯父):「じゃあな。お前の会社は四季ホールディングスの中でも成長企業なんだから、あまり危険な仕事にハマるなよ?」
敷島孝夫:「はい。気をつけます」
敷島(伯父):「じゃあ、頑張れよ」
敷島の伯父は役員車である黒塗りのセンチュリーに乗り込むと、自分でリアシートのドアを閉めようとした。
敷島孝夫:「伯父さん……いや、社長!お気をつけて!」
敷島がペコッと大きくお辞儀をするのと、伯父がドアを閉めるのは同時だった。
次の瞬間、鈍い音が響く。
敷島孝夫:「ぎゃん!?」
敷島(伯父):「おい、ドアに近づき過ぎだ。気をつけろ」
伯父がすぐにドアを開けたから良いものの、危うく敷島は伯父の閉める車のドアに頭を挟まれるところだった。
敷島孝夫:「た……大変ごもっともで……。あてててて……」
敷島の伯父を乗せた役員車は、銀座中央通りへと向かって行った。
他の見送り者に混じり、シンディも深々と頭を下げる。
そこは敷島の秘書といったところか。
敷島:「あー、死ぬかと思った……」
アリス:「大丈夫?どっかケガしてない?」
敷島:「ああ。大丈夫だ」
平賀:「フツー、何針か縫うケガをしそうなものですが……。さすがは『不死身の敷島』さんですね」
敷島:「大変光栄です」
アリス:「そろそろアタシ達も帰ろう。お腹いっぱいになったし、眠くなったし疲れたし」
敷島:「お前なぁ……。まあ、いいや。お前達も着替えてこい」
シンディ:「はい」
エミリー:「イエス」
[同日21:01.天候:晴 東京メトロ銀座駅]
敷島:「平賀先生、そう言えば越州大学の村上教授って、昔は財団にいた方でしたっけ?」
平賀:「そうですね。森須氏が支部長にならなければ、あの人が支部長になっていたと言われています。もっとも、あまり人の上に立つようなガラでは無いですけどね」
敷島:「そうなんですか?」
平賀:「教授だろうが助教だろうが、自分の研究ができればそれで良いと考えている人ですよ」
敷島:「ふーん……」
〔お待たせ致しました。まもなく2番線に、浅草行きが到着します。危険ですから、白線の内側までお下がりください〕
その時、コンコンと白い杖を付いた視覚障がい者が敷島達の前を通過して行った。
平賀:(盲導犬もロボット化して、実用化できれば……)
平賀はその様子を見てそう思った。
実は大学での実験は成功しているのだが、自分が外部役員として所属しているDCJではまだ採用されていない。
平賀:(メイドロイドが肩を貸してあげて、誘導するというのもあるな。まあ、盲導犬ロボットよりは高くなるか……)
と、その時、ホームがざわついた。
乗客:「人が線路に落ちたぞ!!」
アリス:「What!?」
敷島:「さっきの視覚障碍者だ!電車が来るぞ!!」
敷島は急いで非常停止ボタンを探した。
しかし、トンネルの向こうからは既に電車の轟音とヘッドライトの明かりが接近している。
そこへ、エミリーとシンディが線路に飛び下りた。
同時に、電車がホームにやってくる。
それと同時に敷島が非常停止ボタンを押したが、これでは間に合わない!
敷島:「エミリー!壁に近づくな!銀座線は第3軌条方式だから、壁側に電気が流れてるぞ!!」
エミリー:「イエス!」
もちろん電車の方も急ブレーキを掛けたが、間に合いそうもない。
エミリーが体当たりして、電車を受け止めた。
その間にシンディが、線路に落ちた乗客を担ぎ上げてホームに戻る。
ホームからは歓声が上がった。
平賀:「エミリー、大丈夫か?」
エミリー:「イエス」
電車のフロント部分はベッコリ凹んでいた。
電車からしてみれば、人型の車止めにぶつかった感じなのだろう。
シンディ:「全く。姉さんもムチャする」
シンディは呆れた顔をした。
[10月1日10:00.天候:晴 埼玉県さいたま市西区 DCJロボット未来科学館]
平賀はアルエットの点検を行っていた。
平賀:「うん。あの時のウィルスの影響はもう無くなっている。これでもう何も心配無いでしょう」
西山:「ありがとうございます」
アルエット:「ありがとうございます、博士!」
アルエットは椅子から立ち上がった。
そして、自分の展示ブースへと戻って行った。
西山:「それにしても、昨夜はマルチタイプ達が大活躍したそうですな?」
平賀:「人1人の命を救ったことは自分としても大きな誇りですが、電車のフロント部分が大きく凹んだことで、地下鉄会社から請求来ないかと冷や冷やしましたよ」
西山:「先生は盲導犬などの介助犬のロボットも開発したと聞きましたが……?」
平賀:「まだ、役員会で承認されていないんです。『メイドロイドに介助させたらいいだろう』なんて言う役員もいる始末で」
西山:「まあ、気持ちは分かりますけどね」
平賀:「メイドロイドは人間と同じサイズですから、場所も取るし、維持費用も掛かってしまう。それなら中型犬サイズ程度のロボット犬の方が安く上がるんです。ロイドより小さいですから、場所も取りませんしね」
西山:「うちの役員さん達も、結構頭が固いですからなぁ……」
西山も本社からの出向者であり、一時期は末席ながら常務執行役員も務めたことがあるという。
役員会に名前を連ねたことがある為、この会社のそれがどんなものなのかは平賀と同じく知っているのだろう。
西山:「うちの会社はむしろマルチタイプの方を売り込むみたいですよ。『現実の“鉄腕アトム”は美人ガイノイドだ!』ってね」
平賀:「超小型ジェットエンジンなら取り外してますし、武器もマシンガンとかそんなものですけどね」
かつてはエミリーやシンディも超小型ジェットエンジンを装着していたが、今は取り外されており、代わりにブースターを装着している。
これは“鉄腕アトム”ほど使い勝手は良くなく、緊急離脱用にしか使えない上、そもそもそんな機会がそうそうあるはずもなく、自重が無駄に重くなり、維持費用が掛かる為に実験データだけ取った形だ。
但し、保管はしている為、例えば公開実験や、こういう科学館でのイベントの際には臨時にまた取り付けて飛ぶというパフォーマンスはしている。
西山:「大昔はテロリズムや反乱分子粛清に使用されたマルチタイプが、今では人間を救う方に回っているのですからそれでいいじゃないですか」
平賀:「いやあ、私もそう思うんですけどねぇ……。私も時々怖くなることがあるんですよ。彼女達はただでさえ人間にかなり近づいているのに、更にもっと近づこうとしている。“鉄腕アトム”のようなことが、実際に起こるのではないかとね」
西山:「天馬博士には、誰がなりますか?」
平賀:「分かりません。それは自分達が生きている間には起こらないかもしれないし、むしろ自分が御茶ノ水博士の立場になれればいいかなと思っているんですよ」
平賀と西山は研究室エリアを出て、展示室エリアに向かった。
敷島:「あっ、西山館長!お約束通り、うちのMEGAbyteをチャリティイベントに参加させますので!」
西山:「ええ。よろしくお願いしますよ」
平賀:(敷島さんが、アトムを科学省から買い取ってサーカスでこき使う団長みたいな役回りにならなくて良かった……)
敷島は自分のスマホでどこからかの電話を受けていた。
敷島:「……だからダメですって!うちのボーカロイド達は非売品なんでねぇ!今稼働している物はお売りできませんよ!設計図なら1つ10億円でお譲りしますけども、DCJさんにそこは委託してますので、そちらに話を通してくださいよ」
平賀:(サーカス団の団長……並みの商売人だけど、大事にしているからいいか……)
エミリーとシンディは、相変わらずエントランスホールで来館者に愛想を振り撒いている。
平賀:(南里先生、自分達の進むべき方向性はアトムでよろしいのでしょうか?)
敷島:「……初音ミクですか?そうですねぇ……。向こう1ヶ月ほどはスケジュールがギッシリなんですが……はい」
敷島は電話を切った。
敷島:「平賀先生、我々は我々で正しいと思う道を行きましょう。私が彼女らを売り込むことで、少なくとも道は進めているんですから」
平賀:「そうですね」
四季エンタープライズの代表取締役社長である敷島の伯父が帰ることになった。
懇親会は終了し、参加者も三々五々帰宅の途に就いている。
敷島(伯父):「じゃあな。お前の会社は四季ホールディングスの中でも成長企業なんだから、あまり危険な仕事にハマるなよ?」
敷島孝夫:「はい。気をつけます」
敷島(伯父):「じゃあ、頑張れよ」
敷島の伯父は役員車である黒塗りのセンチュリーに乗り込むと、自分でリアシートのドアを閉めようとした。
敷島孝夫:「伯父さん……いや、社長!お気をつけて!」
敷島がペコッと大きくお辞儀をするのと、伯父がドアを閉めるのは同時だった。
次の瞬間、鈍い音が響く。
敷島孝夫:「ぎゃん!?」
敷島(伯父):「おい、ドアに近づき過ぎだ。気をつけろ」
伯父がすぐにドアを開けたから良いものの、危うく敷島は伯父の閉める車のドアに頭を挟まれるところだった。
敷島孝夫:「た……大変ごもっともで……。あてててて……」
敷島の伯父を乗せた役員車は、銀座中央通りへと向かって行った。
他の見送り者に混じり、シンディも深々と頭を下げる。
そこは敷島の秘書といったところか。
敷島:「あー、死ぬかと思った……」
アリス:「大丈夫?どっかケガしてない?」
敷島:「ああ。大丈夫だ」
平賀:「フツー、何針か縫うケガをしそうなものですが……。さすがは『不死身の敷島』さんですね」
敷島:「大変光栄です」
アリス:「そろそろアタシ達も帰ろう。お腹いっぱいになったし、眠くなったし疲れたし」
敷島:「お前なぁ……。まあ、いいや。お前達も着替えてこい」
シンディ:「はい」
エミリー:「イエス」
[同日21:01.天候:晴 東京メトロ銀座駅]
敷島:「平賀先生、そう言えば越州大学の村上教授って、昔は財団にいた方でしたっけ?」
平賀:「そうですね。森須氏が支部長にならなければ、あの人が支部長になっていたと言われています。もっとも、あまり人の上に立つようなガラでは無いですけどね」
敷島:「そうなんですか?」
平賀:「教授だろうが助教だろうが、自分の研究ができればそれで良いと考えている人ですよ」
敷島:「ふーん……」
〔お待たせ致しました。まもなく2番線に、浅草行きが到着します。危険ですから、白線の内側までお下がりください〕
その時、コンコンと白い杖を付いた視覚障がい者が敷島達の前を通過して行った。
平賀:(盲導犬もロボット化して、実用化できれば……)
平賀はその様子を見てそう思った。
実は大学での実験は成功しているのだが、自分が外部役員として所属しているDCJではまだ採用されていない。
平賀:(メイドロイドが肩を貸してあげて、誘導するというのもあるな。まあ、盲導犬ロボットよりは高くなるか……)
と、その時、ホームがざわついた。
乗客:「人が線路に落ちたぞ!!」
アリス:「What!?」
敷島:「さっきの視覚障碍者だ!電車が来るぞ!!」
敷島は急いで非常停止ボタンを探した。
しかし、トンネルの向こうからは既に電車の轟音とヘッドライトの明かりが接近している。
そこへ、エミリーとシンディが線路に飛び下りた。
同時に、電車がホームにやってくる。
それと同時に敷島が非常停止ボタンを押したが、これでは間に合わない!
敷島:「エミリー!壁に近づくな!銀座線は第3軌条方式だから、壁側に電気が流れてるぞ!!」
エミリー:「イエス!」
もちろん電車の方も急ブレーキを掛けたが、間に合いそうもない。
エミリーが体当たりして、電車を受け止めた。
その間にシンディが、線路に落ちた乗客を担ぎ上げてホームに戻る。
ホームからは歓声が上がった。
平賀:「エミリー、大丈夫か?」
エミリー:「イエス」
電車のフロント部分はベッコリ凹んでいた。
電車からしてみれば、人型の車止めにぶつかった感じなのだろう。
シンディ:「全く。姉さんもムチャする」
シンディは呆れた顔をした。
[10月1日10:00.天候:晴 埼玉県さいたま市西区 DCJロボット未来科学館]
平賀はアルエットの点検を行っていた。
平賀:「うん。あの時のウィルスの影響はもう無くなっている。これでもう何も心配無いでしょう」
西山:「ありがとうございます」
アルエット:「ありがとうございます、博士!」
アルエットは椅子から立ち上がった。
そして、自分の展示ブースへと戻って行った。
西山:「それにしても、昨夜はマルチタイプ達が大活躍したそうですな?」
平賀:「人1人の命を救ったことは自分としても大きな誇りですが、電車のフロント部分が大きく凹んだことで、地下鉄会社から請求来ないかと冷や冷やしましたよ」
西山:「先生は盲導犬などの介助犬のロボットも開発したと聞きましたが……?」
平賀:「まだ、役員会で承認されていないんです。『メイドロイドに介助させたらいいだろう』なんて言う役員もいる始末で」
西山:「まあ、気持ちは分かりますけどね」
平賀:「メイドロイドは人間と同じサイズですから、場所も取るし、維持費用も掛かってしまう。それなら中型犬サイズ程度のロボット犬の方が安く上がるんです。ロイドより小さいですから、場所も取りませんしね」
西山:「うちの役員さん達も、結構頭が固いですからなぁ……」
西山も本社からの出向者であり、一時期は末席ながら常務執行役員も務めたことがあるという。
役員会に名前を連ねたことがある為、この会社のそれがどんなものなのかは平賀と同じく知っているのだろう。
西山:「うちの会社はむしろマルチタイプの方を売り込むみたいですよ。『現実の“鉄腕アトム”は美人ガイノイドだ!』ってね」
平賀:「超小型ジェットエンジンなら取り外してますし、武器もマシンガンとかそんなものですけどね」
かつてはエミリーやシンディも超小型ジェットエンジンを装着していたが、今は取り外されており、代わりにブースターを装着している。
これは“鉄腕アトム”ほど使い勝手は良くなく、緊急離脱用にしか使えない上、そもそもそんな機会がそうそうあるはずもなく、自重が無駄に重くなり、維持費用が掛かる為に実験データだけ取った形だ。
但し、保管はしている為、例えば公開実験や、こういう科学館でのイベントの際には臨時にまた取り付けて飛ぶというパフォーマンスはしている。
西山:「大昔はテロリズムや反乱分子粛清に使用されたマルチタイプが、今では人間を救う方に回っているのですからそれでいいじゃないですか」
平賀:「いやあ、私もそう思うんですけどねぇ……。私も時々怖くなることがあるんですよ。彼女達はただでさえ人間にかなり近づいているのに、更にもっと近づこうとしている。“鉄腕アトム”のようなことが、実際に起こるのではないかとね」
西山:「天馬博士には、誰がなりますか?」
平賀:「分かりません。それは自分達が生きている間には起こらないかもしれないし、むしろ自分が御茶ノ水博士の立場になれればいいかなと思っているんですよ」
平賀と西山は研究室エリアを出て、展示室エリアに向かった。
敷島:「あっ、西山館長!お約束通り、うちのMEGAbyteをチャリティイベントに参加させますので!」
西山:「ええ。よろしくお願いしますよ」
平賀:(敷島さんが、アトムを科学省から買い取ってサーカスでこき使う団長みたいな役回りにならなくて良かった……)
敷島は自分のスマホでどこからかの電話を受けていた。
敷島:「……だからダメですって!うちのボーカロイド達は非売品なんでねぇ!今稼働している物はお売りできませんよ!設計図なら1つ10億円でお譲りしますけども、DCJさんにそこは委託してますので、そちらに話を通してくださいよ」
平賀:(サーカス団の団長……並みの商売人だけど、大事にしているからいいか……)
エミリーとシンディは、相変わらずエントランスホールで来館者に愛想を振り撒いている。
平賀:(南里先生、自分達の進むべき方向性はアトムでよろしいのでしょうか?)
敷島:「……初音ミクですか?そうですねぇ……。向こう1ヶ月ほどはスケジュールがギッシリなんですが……はい」
敷島は電話を切った。
敷島:「平賀先生、我々は我々で正しいと思う道を行きましょう。私が彼女らを売り込むことで、少なくとも道は進めているんですから」
平賀:「そうですね」