[2月14日17:00.天候:曇 東京都江東区豊洲 敷島エージェンシー]
初音ミクが今一度、“オホーツク旅情歌”を歌う。
この歌詞の中に、大きな秘密が隠されているということだが……。
敷島達は会議室の中にいた。
白いスクリーンに映し出されているのは、北海道の地図である。
シンディ:「『宇登呂(ウトロ)の浜辺に旅人がきたよ』という意味ですが、これだけでは何の意味もありません」
敷島:「どういうことだ?」
シンディ:「2番の歌詞、『日暮れの沙留(さるる)に旅人がきたよ』という意味と対を成して初めて意味が通じるのです」
敷島:「? まだよく分からん」
シンディ:「こういうことです」
シンディは北海道の地図を動かした。
具体的には歌詞に登場した地名の部分、つまり道東部分を拡大した。
沙留と呼ばれた地名のある場所を点で光らせ、更に宇登呂と呼ばれた部分も点で光らせる。
そして、互いに沙留から東へ宇登呂から北へ線を走らす。
すると、その交点部分には……。
敷島:「海……みたいだな」
シンディ:「はい。この交点の底には、『初音ミク』が沈められています」
敷島:「……は?」
シンディ:「分かりませんか?ボーカロイドを開発したのは、エミリーを製造した南里博士なんですよ?ボーカロイドも、本来は兵器なんです。私達と同じように」
敷島:「エミリー、シンディの言ってることは本当か?」
エミリー:「本当です。どうしてそのヒントを音楽家が知っていたのか、どうしてそれを歌詞にしたのか、どうしてそれを最高顧問は御存知だったのかは存じません」
敷島:「あの海の底を……探せというのか?」
するとエミリーは首を横に振った。
エミリー:「探しても無駄です。何も見つかりません」
敷島:「どうしてそう言い切れる?部品だけでも……」
エミリー:「私が回収したからです」
敷島:「……っ!ますますワケが分からんぞ!?どういうことなんだ!?」
エミリー:「南里博士は……『聴けば人間の脳幹を停止させる』という恐ろしい兵器を開発してしまいました。それが初音ミクです。分かりませんか?ボーカロイドが、どうして人間のアイドルとはまた別に多くのファンを魅了するのか……。あの者達の歌唱機能には、脳幹を停止させるまでは無いにせよ、人間の心情に巧みに訴える効果があるからなんですよ。平賀博士が、『研究の余地はあるから、せめて危険ではない程度に改良し、稼働テストを行ってみては?』と進言したので、南里博士も乗ったんですよ。だけども、やはり危険であるという懸念は拭えなくて……。それで、私に破壊命令を出されたんです」
敷島:「それがあのフィールドテストだったのか!?」
エミリー:「社長が面白いまでに私の追跡をミクと一緒に交わしてくれたので、南里博士も面白がりましてね。それで急遽、初音ミクの稼働を許可したんですよ。私の製作者でもありますが、ほんと、変わった人でしたね」
敷島:「俺だけが知らなかったとは……!」
シンディ:「私はウィリアム博士から聞いてましたよ。今から思えば、確かに南里博士より狂っていたウィリアム博士の、初音ミク破壊命令も至極妥当だったんですね」
敷島:「今のミクは危険じゃないだろう!?」
エミリー&シンディ:「危険ですよ」
エミリー:「ただ、社長のおかげで安全に稼働できているんです。だからあなたは、究極にして至高のアンドロイドマスターなんです」
シンディ:「他の人間がミクのユーザーだったら、とっくに死人が出ていましたよ?」
敷島:「……!……!!」
シンディ:「前期型の私の動きを、たかが歌で止めるほどです。お気づきにならなかったのですか?」
敷島:「俺は……!」
エミリー:「シンディ、その言い方は失礼だぞ」
シンディ:「ゴメンなさーい」
敷島:「ミクには『鉄腕アトム』の歌は歌わせなければいいんだな?」
エミリー:「今のところは……。ただ、他にも歌わせれば危険な歌があるかもしれません」
敷島:「大丈夫だ。ミクは歌で人間の心を癒せる優秀なボーカロイドだ。絶対に稼働停止にはさせんぞ」
シンディ:「社長がお使いになっている間は大丈夫だと思いますが……」
敷島:「とにかく、話を戻そう。つまり、今の『オホーツク旅情歌』の歌詞は何の意味も持たないということだな?」
エミリー:「そういうことになります。実際にあの交点から回収した私が断言します」
敷島:「分かった。それじゃ……」
と、その時だった。
〔ファンフォン♪ファンフォン♪ファンフォン♪ こちらは、防災センターです。ただいま、地下2階で火災警報が作動しました。係員が確認しておりますので、しばらくお待ちください〕
敷島:「な、何だ?火事か!?」
シンディ:「地下2階と言いますと、地下駐車場のあるフロアですね」
エミリー:「あと地下商店街です」
防災センターは地下1階にある。
敷島:「何だか物騒だな。いつでも避難できるように準備しておくか」
エミリー:「はい」
〔ビューッ♪ビューッ♪ビューッ♪ 火災発生、火災発生。こちらは、防災センターです。只今の警報は、地下2階で火災が発生したものです。1階から地下階の皆様は、お近くの階段から、落ち着いて避難してください。それ以外のフロアの皆様は、避難指示が出るまで、その場でしばらくお待ちください。尚、エレベーターは使用しないでください。避難に際して、介助を御希望の方は……〕
敷島:「おいおいおい!何があったんだ!?」
シンディ:「何がって、火事ですわね」
敷島達は会議室を出た。
井辺:「社長、どうやら地下駐車場に止めてあった車が炎上したらしいです」
敷島:「うちで借りてるリース車じゃないだろうな!?」
井辺:「いえ、業務用駐車場に止められていた工事業者の車だそうで……」
敷島:「地下駐車場だから高層階のここまで火の手が来るとは思えないが、一応避難できる準備はしておこう。事務所にいるボーカロイドを非常階段の近くに誘導してくれ」
井辺:「はい!」
敷島:「ミクもだ!イザとなったら俺達と一緒に避難するぞ!」
初音ミク:「はい」
無人となった会議室。
その時、どういうわけだかプロジェクターが勝手に動いた。
線と点が移動したのだ。
それまではオホーツク海を指していたのだが、その反対側に移動したのだ。
具体的には沙留から東へ伸びていた線が南へ移動し、宇登呂から北へ伸びていた線が西へ移動した。
そして、北海道内にそれら2つの線が交差する。
そこにできた交点が点滅し、吹き出しが現れる。
その吹き出しには、こう記されていた。
『マルチタイプ0号機、隠避地点』と。
だが、火災が車1台の全焼だけで済んだことで避難せずに済み、再び敷島達が会議室に戻ってきた時は、その表示は消えて無くなっていたのである。
初音ミクが今一度、“オホーツク旅情歌”を歌う。
この歌詞の中に、大きな秘密が隠されているということだが……。
敷島達は会議室の中にいた。
白いスクリーンに映し出されているのは、北海道の地図である。
シンディ:「『宇登呂(ウトロ)の浜辺に旅人がきたよ』という意味ですが、これだけでは何の意味もありません」
敷島:「どういうことだ?」
シンディ:「2番の歌詞、『日暮れの沙留(さるる)に旅人がきたよ』という意味と対を成して初めて意味が通じるのです」
敷島:「? まだよく分からん」
シンディ:「こういうことです」
シンディは北海道の地図を動かした。
具体的には歌詞に登場した地名の部分、つまり道東部分を拡大した。
沙留と呼ばれた地名のある場所を点で光らせ、更に宇登呂と呼ばれた部分も点で光らせる。
そして、互いに沙留から東へ宇登呂から北へ線を走らす。
すると、その交点部分には……。
敷島:「海……みたいだな」
シンディ:「はい。この交点の底には、『初音ミク』が沈められています」
敷島:「……は?」
シンディ:「分かりませんか?ボーカロイドを開発したのは、エミリーを製造した南里博士なんですよ?ボーカロイドも、本来は兵器なんです。私達と同じように」
敷島:「エミリー、シンディの言ってることは本当か?」
エミリー:「本当です。どうしてそのヒントを音楽家が知っていたのか、どうしてそれを歌詞にしたのか、どうしてそれを最高顧問は御存知だったのかは存じません」
敷島:「あの海の底を……探せというのか?」
するとエミリーは首を横に振った。
エミリー:「探しても無駄です。何も見つかりません」
敷島:「どうしてそう言い切れる?部品だけでも……」
エミリー:「私が回収したからです」
敷島:「……っ!ますますワケが分からんぞ!?どういうことなんだ!?」
エミリー:「南里博士は……『聴けば人間の脳幹を停止させる』という恐ろしい兵器を開発してしまいました。それが初音ミクです。分かりませんか?ボーカロイドが、どうして人間のアイドルとはまた別に多くのファンを魅了するのか……。あの者達の歌唱機能には、脳幹を停止させるまでは無いにせよ、人間の心情に巧みに訴える効果があるからなんですよ。平賀博士が、『研究の余地はあるから、せめて危険ではない程度に改良し、稼働テストを行ってみては?』と進言したので、南里博士も乗ったんですよ。だけども、やはり危険であるという懸念は拭えなくて……。それで、私に破壊命令を出されたんです」
敷島:「それがあのフィールドテストだったのか!?」
エミリー:「社長が面白いまでに私の追跡をミクと一緒に交わしてくれたので、南里博士も面白がりましてね。それで急遽、初音ミクの稼働を許可したんですよ。私の製作者でもありますが、ほんと、変わった人でしたね」
敷島:「俺だけが知らなかったとは……!」
シンディ:「私はウィリアム博士から聞いてましたよ。今から思えば、確かに南里博士より狂っていたウィリアム博士の、初音ミク破壊命令も至極妥当だったんですね」
敷島:「今のミクは危険じゃないだろう!?」
エミリー&シンディ:「危険ですよ」
エミリー:「ただ、社長のおかげで安全に稼働できているんです。だからあなたは、究極にして至高のアンドロイドマスターなんです」
シンディ:「他の人間がミクのユーザーだったら、とっくに死人が出ていましたよ?」
敷島:「……!……!!」
シンディ:「前期型の私の動きを、たかが歌で止めるほどです。お気づきにならなかったのですか?」
敷島:「俺は……!」
エミリー:「シンディ、その言い方は失礼だぞ」
シンディ:「ゴメンなさーい」
敷島:「ミクには『鉄腕アトム』の歌は歌わせなければいいんだな?」
エミリー:「今のところは……。ただ、他にも歌わせれば危険な歌があるかもしれません」
敷島:「大丈夫だ。ミクは歌で人間の心を癒せる優秀なボーカロイドだ。絶対に稼働停止にはさせんぞ」
シンディ:「社長がお使いになっている間は大丈夫だと思いますが……」
敷島:「とにかく、話を戻そう。つまり、今の『オホーツク旅情歌』の歌詞は何の意味も持たないということだな?」
エミリー:「そういうことになります。実際にあの交点から回収した私が断言します」
敷島:「分かった。それじゃ……」
と、その時だった。
〔ファンフォン♪ファンフォン♪ファンフォン♪ こちらは、防災センターです。ただいま、地下2階で火災警報が作動しました。係員が確認しておりますので、しばらくお待ちください〕
敷島:「な、何だ?火事か!?」
シンディ:「地下2階と言いますと、地下駐車場のあるフロアですね」
エミリー:「あと地下商店街です」
防災センターは地下1階にある。
敷島:「何だか物騒だな。いつでも避難できるように準備しておくか」
エミリー:「はい」
〔ビューッ♪ビューッ♪ビューッ♪ 火災発生、火災発生。こちらは、防災センターです。只今の警報は、地下2階で火災が発生したものです。1階から地下階の皆様は、お近くの階段から、落ち着いて避難してください。それ以外のフロアの皆様は、避難指示が出るまで、その場でしばらくお待ちください。尚、エレベーターは使用しないでください。避難に際して、介助を御希望の方は……〕
敷島:「おいおいおい!何があったんだ!?」
シンディ:「何がって、火事ですわね」
敷島達は会議室を出た。
井辺:「社長、どうやら地下駐車場に止めてあった車が炎上したらしいです」
敷島:「うちで借りてるリース車じゃないだろうな!?」
井辺:「いえ、業務用駐車場に止められていた工事業者の車だそうで……」
敷島:「地下駐車場だから高層階のここまで火の手が来るとは思えないが、一応避難できる準備はしておこう。事務所にいるボーカロイドを非常階段の近くに誘導してくれ」
井辺:「はい!」
敷島:「ミクもだ!イザとなったら俺達と一緒に避難するぞ!」
初音ミク:「はい」
無人となった会議室。
その時、どういうわけだかプロジェクターが勝手に動いた。
線と点が移動したのだ。
それまではオホーツク海を指していたのだが、その反対側に移動したのだ。
具体的には沙留から東へ伸びていた線が南へ移動し、宇登呂から北へ伸びていた線が西へ移動した。
そして、北海道内にそれら2つの線が交差する。
そこにできた交点が点滅し、吹き出しが現れる。
その吹き出しには、こう記されていた。
『マルチタイプ0号機、隠避地点』と。
だが、火災が車1台の全焼だけで済んだことで避難せずに済み、再び敷島達が会議室に戻ってきた時は、その表示は消えて無くなっていたのである。