そういえば、昔、
エレベーターから降りる私を、
しなやかな腕でエスコートしてくれた、
異国の青年を思い出した。
見ず知らずの青い瞳の男性に、
私は思い切り、背伸びをして言ったんだ。
「てんきゅー」と。
彼は微笑みながら、
「どういたしまして」と
流暢な日本語で答えてくれたっけ。
おはようございます。
私の通勤手段は自家用車だ。
そのために、
住んでいるマンションから少し離れた駐車場を借りているのだ。
先日、いつも通り駐車場に車を止めて降りると、
私の目の前に、また異国の青年が立っていた。
今度は、浅黒い健康的な肌を持つ、
漆黒の大きな瞳を輝かせた異国の青年だ。
その青年が、人懐こい笑顔で私に話しかけてきた。
流暢な日本語ではなく、かなり片言の日本語だ。
かなり片言だが、懸命に何かを伝えようとする青年に
私も答えようと必死だ。
互いの声とジェスチャーが飛び交う中、
ようやく、
工事の予定があり、その日は、駐車できなくなるという、
お知らせをキャッチすることが出来た。
言葉じゃなく、心でキャッチしたのだ。
それだけでも、ゆうに5分は経過していた。
私と青年の心が、国境を超えるには、充分な時間だった。
だから、彼の次の言葉など、言わずとも解っていた。
青年よ、日程が決まったら、そのお知らせをポストに入れたいのだろう?
では、言おう。
私はパビリオンに住む者です。とハッキリ伝えると、
青年は、
ん?と首を傾げた。
パビリオン。ともう一度伝えると、
青年は、またもや
ん?と。
ここで、私はピーンと閃いた。
そうか、カタカナ英語では聞き取れないのか?
ネイティブな発音を求められているのか?
では言おう。
パビーリオン!
パビリーオン?
だめか・・・
パビーウィオン?
パビーウィエン?
どう?だめ?
パビーウィオン、ユーノウ?
リの発音が、完全に消えてもうとるやないかと思いながらも、
私は必死に、私なりのネイティブ発音を繰り返した。
あそこをね、ちょっとストウェートに行くとあるの。
パビーウィオンが。
パ・ビー・ウィ・オン!
パ・ビー・ウィ・オン!
パ・ビー・ウィ・オン !
ネイティブイングリッシュは、もう何がしかのスローガンと化し、
私は、前へと指を指したまま、それを一心に唱え続けた。
その時だ。
私の背後から救いの声が。
「あ、あの、住所とお名前を紙に書いて頂ければ・・・」
オオ!ウェルカム・ジャパニーズ上司!!
一瞬にして日本人に戻った私は、反射的に、
たまたま社から持ち帰った便箋と筆ペンに
マンション名と名前を書いて手渡した。
たまたま持っていた、
「吉本新喜劇」便箋に。
こんな時に限って、こんなふざけた便箋に名前を記してしまった。
そして、私は今、お知らせが届く事を願いながら、
不安に苛まれている。
まさか、あの勢いで、
「パビーウィオン」と書いてやしないか、おかっぱよ?と。
おい、おたま!
ちょっとだけ舶来の香りが漂う、おたまよ!
おたま「僕は和式を 勉強中だぞ」
おたま「おぉ これぞ 和式か」
おたま「すげー かっくいいぞ あや姉ちゃん」
おたま「さすが クール ジャペン!」