マリアテレジアの独り言

日々の生活の中で見つける・・
  小さな感動をつづります。

正月の残り物の夕食

2007-07-21 22:58:51 | 父の日。母の日。結婚記念日。
    「200gの贅沢いくら丼」 の、今日の夕食でした。

正月用に根室からのお取り寄せの、「いくら500g入り箱」が、冷凍庫に残っていました
嬉しい忘れ物は、宝物を見つけたような、喜びでした。
一人、200gずつのせて、「贅沢いくら丼」 です。 正月から、7ヶ月ぶりの、「いくら丼」となりました。 

思いもかけない,「いくら丼」 を頂きながら、この7ヶ月の間に起こったいろいろのことを、一つずつ思い出しながら、おしゃべりするという、思いもかけぬ、思い出話のおしゃべりの夕食になりました。

7ヶ月は、振り返れば、長いものですね。いろいろあるものです。
変化の少ない()老人家族の我が家にも、子供家族のお陰で、嬉しいことが沢山ありました・・・
娘家族に、家族が一人増える、嬉しい大事件がありました。
「残る半年弱をも、大事に過ごしたいね~~。」って、話しながらの、思いもかけない「正月残り物夕食」となりました。
とりあえず、明日の昼食には、残りの100gのいくらで、美味しい「いくら冷製パスタ」を作ることで、
一日を大事に過ごすことに致しましょう!!

『母の記念の指輪』

2007-07-21 21:09:41 | 父の日。母の日。結婚記念日。
イエスは、最後の晩餐の夜に、パンを取り、感謝の祈りを唱えて、それを裂き、使徒達に与えて言われた。
『これは、あなた方のために与えられる私の体である。私の記念である。
母は指輪を取り、涙を流しながら、私を抱きしめて、私に与えて言いました。
「これを、私の記念として、受けとってね。私は、これでいつもあなたの側にいれるわ。

母は91才で、長兄と住んでいます。
母は、私が会いに行き、私の顔を見ると喜びの涙を流し、二人で抱き合います。
年老いた母を見ると、私は、愛おしさと感謝で、胸が張り裂けそうな感じで一杯になります。

この度の訪問の時、母は、自分がいつもはめていた、結婚指輪と尊敬していた昭和天皇の金婚式の時に発売された菊の御紋章のついた金の指輪を、私に譲りたがりました。
「どうしても、今、受けとってほしいの。 私が死んだ後の形見分けとかいうのではなく、私がはずすことのなかったこの指輪を、あなたがはめてくれるのを見ておけば、私はあなたと何時までも、ず~と一緒にいると思えて、安心して死ねるわ。 私は、あなたが本当に大事で、ず~と、守ってあげたいし、別れたくないの。でも、私が先に死ぬでしょうから、私が私の身から離すことのなかったこの指輪を、私の記念として、今受けとってね。」 と、言いました。

母の気持ちを聞いた時、キリストが、『最後の晩餐』で、弟子達に、御自分の記念として、『聖体』を、残されたのも、全く同じ気持ちだったのでしょうと思いました。
母もキリストも、大好きな人と、死を境にして別れなければならないと分かった時に、ご自分の一番大切なものを、記念として残したいと思ったのでしょう。
『私はは、いつもあなたと共にいる』 という気持ちを、形に表したかったのでしょう。
「母の指輪」は、私にとって、「母そのもの」です。 
そして今、良く分かりました。・・・『御聖体』 は、『キリストそのもの』であるということが。
「母の指輪」は、母の希望どうりに、私の手から離れることなく、母が元気な今から、私と一緒です。
母の私への愛・・・私の娘への愛・・・娘のメグへの愛・・・・「海より深く!空より高く!」 です