「伊達直人」の贈り物
全国の児童施設などに、漫画タイガーマスクの主人公「伊達直人」を名乗る人物からの贈り物が相次いでいる。とニュースは伝える。
「伊達直人」の贈り物 の連鎖をテレビで見ながら、思い出しました。
『人間の本性は「贈与」にある』
勉強の予習のために読んだ「寝ながら学べる構造主義」に述べられていたことを。
ちょっと詳しく思い出したのは・・こおいうことです。
クロード・レヴィ=ストロース(フランスの思想家)が、「人間とは何か」という根本的な問いに答えます。
人間が、他者と共生していくためには、時代と場所を問わず、あらゆる集団に妥当するルールがある。二つのルール。
①「人間社会は同じ状態にあり続けることはできない」
②「私達が欲するものは、まず他者に与えなければならない」という二つのルール。
これはちょっと考えると不思議なルールです。
①私達は人間の本性は同一のところにとどまること。だと思っています。
②物を手に入れる最も合理的名方法は自分で独占して、誰にも与えないこと。だと思っています。
しかし、人間社会は、そおいう静止的、利己的な生き方を許容しません。
仲間たちと共同的に生きていきたいと望むなら、このルールを守らなければなりません。
①社会システムは「変化」を必須としているが、それは、「絶えず新しい状態を作り出す」ことだけを意味しているのではなく、単にいくつかの状態が『ぐるぐる循環する』だけでも十分に「変化」といえる。と考えました。
②贈与の効果の一つは、社会を同一状態に保たないことです。
贈与を受けた者は、心理的な負債感を持ち、「お返し」をしないと気が済まないという気分に動機づけられた行為をとる。「反対給付」の義務感。
贈与された者は返礼することによっていったんは不均衡を解消しますが、返礼を受けた者は再びそれを負い目に感じ、その負債感は、返礼に対してさらに返礼するまでは癒されません。
ですから、最初の贈与が行われたあとは、贈与と返礼の往還が論理的には無限に続くことになります。
贈与によって、社会に不可欠な、①『ぐるぐる循環する』状態が作られる。ということです。
それら二つが、これまで存在してきたすべての社会集団に共通する暗黙のルールなのです。
このルールを守らなかった集団は、おそらく、『歴史」が書かれるよりはるか以前に滅亡してしまったでしょう。
さらに、レヴィ=ストロースは述べています・・・。
そこで・・『伊達直人の贈り物』が始まるわけです。
贈与された者は、贈与をした者に、必ずしも、返礼できるものではない。
愛を与えてくれた親に返礼したくても親はすでに死んでいる。
傷ついた心を癒してくれる音楽の作曲家のシューベルトに返礼したくとも・・無理。てこと。
②贈与してくれた人に返礼が出来ない場合には・・他者に与えられた贈与を与えることによって『返礼』をする。
その結果・・
①『ぐるぐる循環する』状態が発生して・・人間社会は変化し存続し続けるわけです。
レヴィ=ストロースの復習・羅列になってしまいました。失礼いたしました
何はともあれ・・・
『伊達直人運動』万歳万歳
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私に洗礼を授けてくれたカンガス神父が、2001年に始めた『バッタンバン友の会』
アフリカ・カンボジアを支援する会です。
送られてきました、2010年3月まで一年間の会計報告。
収入総額・・19,020,201円(2千万近い)。大金です。全額(預金利息1678円を除いて)が善意の、賛同者の寄付金です。
毎年の会計報告を読みながら・・・
「人の心は暖かいな。素敵だな!」 毎年、感動に涙出る思いで会計報告を読む私です。
人は、いろいろの方法で、どの時代にも、伊達直人運動をしてきている。てこと。
だからこそ・・世界は保たれてる。ってことでしょうか