菅義偉は総理の器ではない:
今朝の新聞に出た書店では買えない雑誌「THEMIS」の広告の冒頭にこうあった。因みに、THEMISとは広辞苑に「擬人神で法律、秩序、正義の女神」とある。それにしても「言いも言ったり」であり、余りにも剥き出しではないかと、やや驚かされた。この他にも、私程度のリテラシーでもネット上で知り得る菅首相への非難というか、批判は増えてくる感が濃厚だ。私でさえも既に「少し批判を」などと題して述べてきた。
だが、深く考えなくとも解る事は「我々国民の過半数が自民党を選び、その自民党の中で国会の場で我々を代表して選んだのが、菅義偉氏なのだ。中には「俺は自民党も公明党も選択していない」と主張する人もいるだろうが、良くも悪くも多数決制なのが民主主義なのである。COVID-19対策、経済を如何にして盛り上げるか、オリンピックをどうするのか、対中国問題とそこに付随してきた尖閣諸島の守り、台湾有事をあらしめないようにするには等々の難問が山積する最中に、自分たちが選んだ総理大臣を批判している場合かと言いたくなった。
バイデン大統領の施政方針演説(the Administrative Policy Speechと言うようで、年頭教書(the State of the Union Messageとは違うようだ)でも、中国に対する姿勢を明確にされたようだし、日・米・豪・印の結びつき(でも、NATOのような同盟ではないそうだ)にも強く言及された。だが、台湾有事はあらしめないようにするので、中国との対決ではないと言われた。バイデン大統領は習近平を“Autocracy”即ち「専制主義」と決めつけられた。そうであれば、我が方は如何にこのバイデン方式に付いていくかだ。
Autocracyを昨夜のPrime Newsでは古森義久氏は「独裁主義者と呼ばなかったのは、それなりの配慮があったのでは」と指摘。そこでOxfordを見れば、“a system of government of a country in which one person has complete power”とあった。ジーニアス英和には「独裁権;独裁[専制]政治、独裁[専制]主義国」とあった。それでは、バイデン大統領は習近平を独裁者だと指摘されたと解釈出来るのではないだろうか。尤も、記憶に誤りがなければトランプ政権では習近平には付けなかった“president”を付けていたのも印象的だった。
こういう時に際して、総理大臣を批判していても無意味だし、仕方がないとは思う。今こそ一丸となって難局に当たるべき時ではないか。だが、自分一人で決めて閣僚に降ろすだけとの批判がある事を、菅総理が十分に認識されて、側近なり周囲の知恵者の意見を採り入れられて、難局を乗り切る手立てをして頂きたいと願うだけだ。
今朝の新聞に出た書店では買えない雑誌「THEMIS」の広告の冒頭にこうあった。因みに、THEMISとは広辞苑に「擬人神で法律、秩序、正義の女神」とある。それにしても「言いも言ったり」であり、余りにも剥き出しではないかと、やや驚かされた。この他にも、私程度のリテラシーでもネット上で知り得る菅首相への非難というか、批判は増えてくる感が濃厚だ。私でさえも既に「少し批判を」などと題して述べてきた。
だが、深く考えなくとも解る事は「我々国民の過半数が自民党を選び、その自民党の中で国会の場で我々を代表して選んだのが、菅義偉氏なのだ。中には「俺は自民党も公明党も選択していない」と主張する人もいるだろうが、良くも悪くも多数決制なのが民主主義なのである。COVID-19対策、経済を如何にして盛り上げるか、オリンピックをどうするのか、対中国問題とそこに付随してきた尖閣諸島の守り、台湾有事をあらしめないようにするには等々の難問が山積する最中に、自分たちが選んだ総理大臣を批判している場合かと言いたくなった。
バイデン大統領の施政方針演説(the Administrative Policy Speechと言うようで、年頭教書(the State of the Union Messageとは違うようだ)でも、中国に対する姿勢を明確にされたようだし、日・米・豪・印の結びつき(でも、NATOのような同盟ではないそうだ)にも強く言及された。だが、台湾有事はあらしめないようにするので、中国との対決ではないと言われた。バイデン大統領は習近平を“Autocracy”即ち「専制主義」と決めつけられた。そうであれば、我が方は如何にこのバイデン方式に付いていくかだ。
Autocracyを昨夜のPrime Newsでは古森義久氏は「独裁主義者と呼ばなかったのは、それなりの配慮があったのでは」と指摘。そこでOxfordを見れば、“a system of government of a country in which one person has complete power”とあった。ジーニアス英和には「独裁権;独裁[専制]政治、独裁[専制]主義国」とあった。それでは、バイデン大統領は習近平を独裁者だと指摘されたと解釈出来るのではないだろうか。尤も、記憶に誤りがなければトランプ政権では習近平には付けなかった“president”を付けていたのも印象的だった。
こういう時に際して、総理大臣を批判していても無意味だし、仕方がないとは思う。今こそ一丸となって難局に当たるべき時ではないか。だが、自分一人で決めて閣僚に降ろすだけとの批判がある事を、菅総理が十分に認識されて、側近なり周囲の知恵者の意見を採り入れられて、難局を乗り切る手立てをして頂きたいと願うだけだ。