新宿少数民族の声

国際ビジネスに長年携わった経験を活かして世相を論じる。

医療のIT化に思う

2023-07-02 07:53:36 | コラム
教授の頬の筋肉の触診は印象的で新鮮だった:

昨1日は天気予報を信じて折りたたみの傘をショルダーバッグに入れて、北千束の昭和大学歯学部病院に向かった。出発の8時半頃は未だ雨は降っていなかった。だが、9時過ぎに到着した洗足駅では既に降っていた。それだけでも気持ちが滅入ってしまう状態で、恐る恐る忌まわしき「顎関節症」を診察して頂こうと病院に向かった。面白い現象は「洗足駅」で降りると、そこが「北千束」だということ。

前日に「緊急ということにしておくから、いきなり外来に上がってくれば、担当の教授兼部長のS先生以外が診察する」という「予約無しの緊急という名の予約」をしてあったので、1分ほど待っただけで担当ではない医師の問診が始まった。だが、そこにS先生が入ってこられて電子カルテを一瞥された後で「触診」が始まったのだった。思い起こせば、最早どの診療科でも触診もなければ聴診器を使われることは殆どなくなっている。

2006年に心筋梗塞で国立国際医療研究センター病院に搬送されたのは、1960年に急性ビールス性肝炎で横浜の警友病院に入院して以来の46年振りのことだった。病状が安定して気が付いたことがあった。それは看護師さんたちが検温、心拍数測定、血圧測定、体重測定等々の後に手書きでメモを取っていたことと、病棟の主治医も医長先生も殆ど診察されずに「安定してきた」とか「回復に向かっている」と告げられることだった。

そこで、不審に思って看護師さんに尋ねると「ナースステーションにあるコンピュータに貴方のデータを入れてあるので、主治医がそれを毎日何度も見ておられるので、状態を把握できている」ということだった。「なるほど。それだから聴診器などは持っておられず、触診もないのか」と解ったような気がした。だが、看護師さんは聴診器を持っていて「胸の音を聞きます」とか「腸が動いているか確認します」と言って使っていた。

そこで「データで診断されているのか。医師による診察よりも検査の数値が基準になっているのか」と理解するようになった。2007年に皮膚癌であることを生検の結果で診断されて告知された際にも、皮膚科の主治医はクルリと卓上のコンピュータを回転させて私の方を向けて「ここに悪性腫瘍とあるでしょう」と告知されたが、結果は英語で表記されていた。だが、その専門語は知らなかったと思う。

その心筋梗塞による1回目(正しくは2回目だが)入院以降2015年までそれこそ「頻繁に入退院を繰り返してきた」が、外来だろうと病棟であろうと、触診と聴診器を使われた記憶は殆どない。看護師さんたちも体温等々を図った後ではカートに乗せてあるPCに入力するだけで、手書きによる転記は一切なくなっている。電子カルテが象徴するようなデータ化した診察に完全に移行したと思っている。

特にCOVIDの蔓延以降は外来ではマスクをしたままでの受診なのだが、外来の主治医の医長先生は表情から何かを見取られることなく、採血・採尿の数値と心電図を見ておられるだけだ。医長先生とは今年で12年のご縁だが、先生マスクは外さないでくれと言われる。不信感もなく疑問も感じない。何故ならば、今年まで生き長らえさせて頂いているのだから。何も言うことはない。

また、昨年11月の前立腺がんの告知も、X線写真、CT、MRI等の結果に基づいていた。さらに2015年にTという胃腸薬が何ヶ月か続いた下痢の原因だったとの診断も、胃カメラと大腸のカメラによる検査の結果で判定された。

だが、そういう診察を続けて頂いていたので、診察の方法が違うとは言え、昨日の顎関節症治療科での教授の触診は非常に印象的だったし、何かホッとするところもあったし、新鮮な感じがした。それは「クリック音」がする顎の辺りの筋肉を綿密に触診されたことなのだ。結果として「これなら問題ない。心配ない」と告知されて、本当に心から安心できた。教授に「有り難う御座いました」と心底から声に出したお礼を言って退出した。

そこでふと考えたことがあった。それは、もしかしてそう遠からぬ将来にAIなのかロボットなのか、予想などできないが、機械が触診も何も全て引き受けてそばにいる医師が表示されるデータを見て診断する時代が来るような気がしたのだ。なお、余計なことだが、robotの発音は正確に言えば「ロウバト」で、アメリカ式ならば「ロウバート」となるのだ。