イチローの年俸の契約には「ホームラン王を取った場合に」との条項が入っている:
1990年代に入っていたと記憶するが、日本の市場で最も後発ながら大いなる成長の可能性を秘めた取引先があった。そこで、副社長と「数量値引き(=volume discountという)」というインセンティブになる条件を提示して、速やかな成長を促進させようと企画した。この計画には輸入窓口になっている商社も賛成していた。
この取引先は急成長を遂げてきたが、年間の原紙の輸入量は1万トンに満たず、日本全体の6%程度の市場占有率だった。そこで、私は伸びしろの限度一杯だと思う15,000トンを上限にしたらと副社長に提案した。ところが「それでは駄目」と一蹴したのだった。彼は「上限を30,000トンに設定せよ」と言うのだった。「それは余りに非現実的では」と反論した。
しかし、副社長は全く聞く耳を持たずに、「仮に来年度中に何らかの条件が整って、3万トンに達することがあるかも知れない。その場合に、その時の割引率を設定してなかったのでデイスカウント無しであるとでも言うのか」と決めつけた。その場で「成る程。アメリカ人は契約条件の設定をこのように考えているのか」との教訓を得た。3万トンが非現実的であるかないかよりも、そうなった場合のことに配慮して条件を設定すべきなのだ。
後刻、この経験を同僚たちに語ってみた。殆ど全員が「そんな話の何処か珍しいのか。ごくありきたりの話だ」と笑ったのだった。中の1人が言うには「あのイチローの毎年の年俸の契約には『もし、ホームラン王のタイトルを取ったら何%増額するか』との条項が入っている。それは、彼がホームラン王のタイトルを取る可能性がないとは言えないからだ」と教えてくれた。アメリカのビジネスマンたちは「契約をこのように考えている」という貴重なレッスンだった。