11月15日付 読売新聞編集手帳
ものの本によれば、
紅葉が美しく色づくには三つの条件があるという。
昼間の日差し、
夜の冷気、
そして水分である。
悩みと苦しみ(冷気)に打ちひしがれ、
数かぎりない涙(水分)を流し、
周囲からの温かみ(日差し)に触れて、
人の心も赤く、
黄いろく色づく。
紅葉の原理は、
どこかしら人生というものを思わせぬでもない。
〈濃いも薄いも数ある中に…〉。
唱歌『紅葉』そのままの彩りが山すそを縁取る。
この週末、
所用で福島県郡山市を訪ねた行き帰り、
新幹線の車窓から眺める紅葉はいつもの秋にまして目にしみた。
東北の被災者は、
この8か月余りで一生分の冷気と水分を味わった人たちである。
復興に、
がれきの処理に、
除染に、
日本人一人ひとりが可能な限りの“日差し”を持ち寄らなくてどうする――と、
自戒をこめて思う。
紅葉は日本人に深く愛されて、
慣用句にも用いられてきた。
乳幼児のかわいらしい手のひらを「モミジのような手」と言い表し、
恥ずかしさなどで顔を赤らめることを「モミジを散らす」と表現する。
身を省みれば、
モミジを散らすこと、
なきにしもあらずの晩秋である。